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神様に借りた農場  作者: 秋野 木星
第一章 四月
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納品とアルバイト

牧場でエルフのセレンに会えるかと思っていたが、何日か前から泊りがけで西部地方の首都に行っているらしい。


「じゃあ、管理を頼まれた山に行ってきましたと、セレンに伝えてくださいますか?」


「管理? あ、はい。そう伝えればセレンはわかるんですね」


「ええ、お願いします」



サミーさんに頼んでおいたので、セレンに山仕事をやってきたことが伝わるだろう。


牧場を出る頃には朝もやも薄れてきていて、珠美は危なげなく船に乗ることができた。


そういえば小人族のお茶を売らなければいけないんだった。

これも買ってくれるかどうか、バーバラに聞くのを忘れないようにしなくちゃ。



エルフの船がリザンの町に着いた頃には、朝もやはすっかり晴れ、春の薄水色の空が町全体を見下ろしていた。

船着き場から町まで出ている定期便の馬車に一人で乗るのは少し緊張したが、隣の席に乗ってきた上品な初老のご夫人と話をしていたら、あっという間に町に着いてしまった。

このご婦人はこれから古なじみの家を訪ねるらしく、町役場のレンガ造りの建物の角で別れることになった。


「ありがとう、タマミ。おかげで道中が楽しかったわ。店が開店したら必ず『ポコット』に行くからね」


「ええ、よろしくお願いします。私はいつも店にはいませんが、素敵な商品を用意しておきますから」


「買い物をするのが楽しみよ。ペロルくんもバイバイ」


「クゥーン、ワンワン」


婦人はペロルの頭をポンポンと撫でて、にっこりと笑うと、旅の疲れを感じさせないすらりとした美しい姿勢で歩いて行った。


やっぱり中身が同年代の人と話をすると、いくらでも話題が出てくるな。

珠美はそんなことを思いながら、ペロルと一緒にブラブラと店の方へ歩いて行った。


このご婦人、実は西部地方の地方局局長の奥さんで、名前はダニエラ・エイブンザークという。学生時代の親友がリザンの町長の所へ嫁いでいたので、何十年ぶりかに訪ねてきたのだ。

地方局の局長というのは、大国の大統領のようなものだ。つまりダニエラは、地球でいうとアメリカの大統領夫人といったところだろうか。


そんな人物と仲良くなったということなんて、珠美はまったく気づいていない。

この出会いが、後にどんな意味を持ってくるのか、今はまだ誰にもわからないことだった。



店に着くと、バーバラが両手を広げて珠美を迎え入れてくれた。


「いらっしゃい、タマミ! 待ってたのよ。今日は朝もやがすごかったから、来るのはもっと遅くなるかと思ってたわ」


バーバラにギュッと抱きしめられた珠美は目を白黒させてしまった。

うぉー、ビックリした。

これが世にいうハグというやつね。


「お、おはようございます。今日はよろしくお願いします」


バーバラのやわらかい背中をぎこちなく抱き返しながら、珠美は小さな声で挨拶をした。

バーバラは緑色の目をいたずらっぽくくるりと回すと、珠美の戸惑った顔を楽しそうに見ていた。そして、昔のことを思い出したような顔をして、クスリと微笑んだ。


「タマミはやっぱり日本人なのね~ 反応が聡たちにそっくり」


「日本では挨拶の時はお辞儀をするんですよ。こういうハグをするのは、なんだか照れちゃいます」


「ふんふん、お辞儀って、こういうやつでしょ?」


バーバラがそう言って日本式のお辞儀をしてくれたのだが、頭だけをぴょこんと下げた格好は、お辞儀に慣れていない駆け出しの若者のように見えた。

文化が異なるというのは、挨拶一つとってもこんなに違うことなのね。


バーバラも聡も、よく長いこと夫婦をやってるな。

こういう違いを楽しめないと結婚生活は続けられないんだろうな。




珠美が作ってきた木工製品をスタッフルームのテーブルの上に出していくたびに、バーバラは大きな声をあげて喜んでくれた。


「積み木、パズル、鳩笛、木馬、小人の家、それにおままごとセットに、眼鏡スタンド、ブックスタンドもある。どれも素敵よ! それにこれは何?」


カチカチカチ

バーバラが手に取って振ると、こけしのおもちゃが甲高い木の音を鳴らした。


「あ、これは知ってる! コマでしょ。アルクが生まれた時にヘイスケにもらったわ」


次から次へ、それこそ子どものような顔をして、バーバラはおもちゃに触っていった。

珠美がけん玉の遊び方を教えると、バーバラは夢中になってしまった。


「なにこれ、ぜんぜん玉がのっからない。悔しい~、エイッ、もう少し……やったー! ほら見て、タマミ! 玉がのっかったわよーーー!!」


「うまいうまい。ちょっとやっただけで、ここまでできるなんてたいしたものですよ」



珠美が褒めると、バーバラは胸を張り、自慢げに顎を上げてドヤ顔をしてくれた。


「これはいいわ。出してくれた商品を全部5つずつは欲しいけど、このケンダマは30個ね」


どうやら自分が子ども達の分も欲しかったので、お客さんも同じように思うと考えたらしい。

子ども用の机や椅子、服かけや本箱も歓迎された。


「こういう大きな家具だと店には一セットしか置けないわねぇ。でも注文生産にしてもいいかもしれないわ。ねぇタマミ、お客さんに頼まれたら何日ぐらいでできるかしら?」


「急げば翌日にはできるけど、農業や山の管理の仕事もあるし……そうねぇ、一週間以内に届けるというのはどう?」


「そんなに早くできるの?! それなら注文生産で充分ね」


この後、小人族の寛治(かんじ)村長に頼まれていた紅茶や緑茶を出すと、バーバラが目をむいて驚いた。


「タマミ、あなたって何者? これ、トルーサ茶じゃないの! まがい物じゃないわよね」


バーバラは手前にあった紅茶の袋をそっと開けると、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。


「トルーサ茶と言われてるんですね。最近、トルーサ山の管理を任されたので、そのお茶は昨日、小人族の村長から売って欲しいと言付かってきたんです。ここで売ってもらえますか?」


「いい匂い~ 間違いないわ、ずっと前に聡が連れて行ってくれたレストランで飲んだ紅茶の匂いよ。もう、タマミったら! こんな奥の手まで持ってたのね。聡がタマミに出会えたのは、本当に、奇跡ね……」


なんだかバーバラは一気に虚脱状態に(おちい)ってしまったようだ。どこか一点を見つめて、ぼんやりとしている。


「あの、お茶は無理なのかな?」


「何言ってんのよ! 売るに決まってるじゃない! 都会に行ってもなかなか手に入らない幻のお茶よ! これがリザン町で手に入るなんて知られたら、お客さんが殺到しちゃう」


わわ、そんな珍しいお茶だったんだ。

バーバラがそのお茶につけた値段を見て、今度は珠美が驚いてしまった。

スパポーン雑貨店で売っているお茶の五倍の値段がする。


「タマミはびっくりしてるみたいだけど、これでも安いのよ。都会のお茶の愛好家の人たちは、もっと出すと思うわ。でも田舎の町だとあんまり高くても売れないから。たぶんそれで、このお茶はこっちの方では手に入らなくなっちゃったのね」


なるほど。

小人が作るお茶の量は、私たちにとっては少ない。けれど繊細な仕事をしているので、味はいいのだろう。それで都会のお金持ちの人たちが買い占めてしまって、なかなか皆が飲めなくなったのね。




朝、取得してきた『念力』魔法を使って、バーバラとああでもないこうでもないと言い合いながら、見栄えのするレイアウトを模索していく。だいたいの置き場が決まった後で、たくさんの商品をあちこちに陳列していたら、あっという間に時間が経っていった。


店の裏手で、ゴトゴトと音がしている。

誰か来たのかな?


裏口の扉が開いたと思ったら、満面の笑顔で、聡が店内に入って来た。


「聡?! どうしたの? まだお昼前でしょ」


バーバラが驚いていたので、予定していなかったことなのだろう。


「ただいま、バーヴ。今日は出先からそのまま直帰していいことになったんだ。珠美に貴金属の原材料を持ってきたんだよ」


「私にですか? ああ、前に言ってたアクセサリーのことですね」


「うん。うちの営業部の人間が面白がってね、在庫であるだけの何種類もの金属を少しずつ持たせてくれたよ。珠美が必要なところへ使いたいだけ使ってくれたらいいからね。清算は月ごとにこっちでやるから」


「融通が利くんですね。わかりました、試作品を作ってみます」


「あ、一応グーラミ辺りの値段表を渡しとくから、なるべく安めに作ってみてくれる?」


聡の申し訳なさそうな顔を見て、珠美は苦笑してしまった。店が軌道に乗るまでは、資金繰りも苦しいのだろう。

それに聡に口頭で聞いたのではっきりした量はわからないが、グーラミというのが地球でいうグラムの単位と同じで、少量の値として使われているようだ。


「わかってます。安い材料で高く売れそうなものを作ってみます」


「ありがとう、助かるよ」



重たいダンボール箱をお腹の『収納倉庫』に入れた珠美は、店のアルバイトを午前中だけにして帰ることにした。

聡がいるのなら、珠美がいなくてもいいだろう。


思わぬことに時間が空いたので、帰りにデルム村のスパポーン雑貨店に寄ることにしたのだが、裏の駐車場で遊んでいたはずのペロルがどこにもいない。


「ペロル! 帰るよ! どこにいるの?」


以前、魔法で草を刈った駐車場の奥まで歩いていって、木々の間を探していたら、どこかの庭の垣根の側に座っているペロルの姿が見えた。

もう、あんなとこまで行ってる。


「ペロール!!」


珠美に呼ばれていることにやっと気づいたのか、ペロルがこちらを向いて走ってきた。


「もう昼ご飯?」


「うん、それもあるけど、午前中に仕事が終わったからもう帰れるよ。何をしてたの?」


珠美に聞かれると、ペロルは目をおどおどと揺らして知らん顔をした。


「べっつに。ちょっと探検してただけ」


「ふーん、そう。可愛い子でもいた?」


「う、ゴホッゴホッ」


ふふふ、ペロルったら子犬のくせに色気づいちゃって。

帰り道では、ついつい詮索したくなる気持ちを抑えるのに苦労した。

これって娘たちに彼氏ができた時の気持ちに似てる。


珠美はニマニマしながら、前をスタスタ歩いて行くペロルの背中を見ていた。

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