小人族
森に分け入っていくと、獣道をふさぐように倒れている大きな古木を見つけた。
「この木肌……桜じゃないかしら? 桜チップの燻製材になりそうね」
珠美は状態のよさそうな部分だけ『収納倉庫』にしまうと、後の崩れかけているところは『粉砕』して森の土に返しておいた。
キュコキュコキュコと鳥が鳴いている。湿った森の空気が珠美の鼻腔をしっとりと満たしていく。
木漏れ日がやっと届いているような暗い森がどこまでも続いていた。
足元にはびっしりと緑の苔が生えている。
「おっとっと、危なかったぁ」
丸い木の根を覆うように生えている苔で、ズルリと滑って転びそうになってしまった。
珠美は周りを見渡して、ちょうど良さそうな折れた枝を拾うと、それを杖にして歩くことにした。
ペロルはだいぶ先まで歩いて行っていたので、立ち止まってこちらを振り返ると、心配そうにクゥ~ンと鳴いた。
「大丈夫よ、転ばなかったから。もう少し開けた場所に出たら、そこで休憩にしよう」
「わかった」
それからもだいぶ歩いたのだが、足が怠くなってきた頃に、やっと木漏れ日の光が強くなってきた。ようやく休憩できると思った珠美が、勇んで木々の間を通り抜けると、ふいに明るいお日様のもとへ飛び出してしまった。
森が終わった所には、低木が規則正しい列になって何段も下っていくように階段状に植えられていた。
これって、どこかで見たような風景だな。
「茶畑?」
「こんなところに、人の手が入ってるような畑があるのはおかしいね」
「もしかして、セレンに聞いた小人族の畑かしら?」
「ピンポンパンポン、正解です!」
「?!!」
後ろから聞こえた声に振り返ると、そこには誰もいなかった。
「ここここ! 足元だよ」
そう言われて下を見ると、手のひらぐらいの大きさの男の子が珠美に向かって手を振っていた。
「一寸法師?」
「そんなわけないだろ。一寸っていうのは空豆ぐらいの大きさだよ」
この子は空豆でいうと縦に七個分はありそうだから、彼の言い分からすると身長は七寸あるということになる。
「失礼しました。私は珠美といいます。エルフのセレンに頼まれて、トルーサ山を管理することになりました。よろしくお願いします」
珠美がしゃがんで男の子に挨拶すると、その子は頭をボリボリと掻きながら、照れくさそうに軽くお辞儀をしてくれた。
「俺は重人っていいます。セレンから巨人族のタマミの話は聞いてるよ。寛治さんに会わせるからついて来てくれる?」
「ええ、それはいいけど……でもカンジさんって、どなた?」
「寛治さんはうちの村長なんだ。タマミが来るのをずっと待ってたんだよ」
シゲトが話してくれたのだが、ここはやっぱりお茶の木の畑だという。いびつな形の臼状になっていて、大昔の噴火口跡を階段状の畑にしているそうだ。
臼の上の縁の部分を森に沿ってぐるりと回ると、まばらな樹々の中に小人族の集落があった。
家の屋根は昔懐かしい藁ぶき屋根のように見えたが、近くにくると白川郷にみられるように長い葦で屋根が葺かれているのがわかった。
冬が豪雪地帯になるのかもしれない。屋根の形も急こう配になっていて、てっぺんが尖っている。
家自体は木造建築で、外側に木組みの形が見えるようになっているところはアルプスの山にあるような建物に似ていた。
50軒以上はありそうな大きな集落だったが、なにせ小人が住んでいる村なので、珠美が上から見下ろすと腰より低い位置に屋根がある。村全体がまるでミニチュアの人形の家の展示場のように見えた。
シゲトに巨人族と言われた珠美が、庭の垣根などを壊してはいけないので、村の道路に入り込むのは遠慮することにした。村はずれの原っぱで、ペロルと珠美は村長のカンジさんを待つことにしたのだが、腰を下ろすと地面に軽い振動を感じた。
空を見上げると、噴煙が勢いよく舞い上がっている。
昔、旅行に行った時に見た桜島みたいだなぁ。
間欠泉のように、時たま大きな噴煙を上げているのかもしれない。
ペロルにはイノシシの肉を渡して、珠美は持参していたカレーライスをお昼の弁当に食べていると、村長を呼びに行ったシゲトが戻ってきた。後ろから壮年の男性と女の人がついてきたので、この人たちがカンジさんと奥さんなのかしら?
「いい匂いだね。それは何て食べ物?」
シゲトが珠美の側に来ると、下からお皿を見上げるようにして聞いてきた。
「カレーライスよ。福神漬けやラッキョウがあるともっと美味しくなるんだけど、食欲を誘う匂いでしょ」
「食事中にすみませんな。私がここの村長の寛治です。漢字では寛く治めると書きます」
「漢字? 漢字があるんですか?」
「ええ、そうですが……」
挨拶をした時のいつもの反応とは違ったのだろう、村長は怪訝な顔をしていた。珠美が地球の日本から来たことを伝えると、深く頷いてこんな話を聞かせてくれた。
「私たちは髪も目も黒い。何世代も前に、同じ容姿をした巨人族の男と縁あって付き合うようになったらしいです。その男は今あなたが言った日本帝国の人だったそうだから出身地が同じなのかもしれませんね。私たちの祖先はその友からいろんなことを学んだそうです。その頃から始まった風習や教育が、今もまだ村の慣習として残っているんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
そういえばシゲトが「一寸法師」を知ってたものね。シゲトはちなみに漢字だと重人と書くらしい。男の子だと思っていたけど、20歳の大人の男の人だった。小人族の中では背が高い方だったらしく、子どもと間違えるとは失礼だと憤慨された。
ごめんごめん。
一緒についてきたのはやっぱり村長の奥さんで、良子さんという名前だった。
名前が日本風だと、なんだかグッと親しみが湧いてくる。
良子さんが自分たちの昼ご飯を取りに行ってくれたので、ここで四人と一匹でピクニックランチをすることになった。
「珠美さんがさっき言われてた福神漬けというのはわからないですが、ラッキョウ漬けは川下のハーフェンの近くの村の特産品ですよ。私たちにはラッキョウ一つでも一抱えするほどの大きさなので、刻み漬けにして保存食にするんです」
「うわぁ、いいお話が聞けました。ラッキョウができる頃にそこに買いに行ってみます!」
さっき珠美が言っていたことを良子さんは聞いていたらしく、家にあるラッキョウの刻み漬けを丼に山盛りにして持ってきてくれていた。山盛りとはいっても小人族の丼なので、珠美にとってはほんの一口だったが、やっぱりラッキョウと食べるカレーライスは鉄板の美味しさだった。
珠美はお返しに鍋に残っていたカレーを三人にふるまった。
三人とも気に入ったらしく、今度来る時にカレー粉を持ってきてほしいと良子さんに頼まれた。
重人などはカレーの鍋の中で泳ぎたそうな顔をしていた。よほど味が気に入ったらしい。
「それでですな、私が珠美さんを待っていたのは理由があるんです。以前からここの管理者の巨人には、村で出来たお茶を販売してもらってました。珠美さんにも引き続き、それを頼みたいんです。もちろん手間賃をとってくれて構いません。お願いできますか?」
「紅茶ですか? 緑茶ですか?」
「どちらもあります。最近は紅茶にする方が向いているバラエティアッサミカという品種を多く植えてはいるんですが、バラエティシネンシスから枝分かれした緑茶に最適な『やぶきた』という品種もあります」
「へぇえ、お茶の木は一種類かと思ってたんですけど、違うんですね」
「ええ。蒸し方や乾燥のし方を変えると、一本の木から紅茶も緑茶もとれるんですが、香りや味を考えると、いくつかの品種をブレンドした方が美味しいんですよ」
村長によると緑茶を作る時には、『やぶきた』という品種を中心にして『さえみどり、ふじかおり、つゆひかり』などを混ぜていくらしい。『さやまかおり』という品種は日本系の品種の中でも紅茶に向いているそうだ。
珠美は一度、園芸店でお茶の木を買ってきたことがある。初夏の頃に娘と一緒に茶摘み歌を歌いながら茶摘みをして、蒸した後で手もみ乾燥までやってみた。『日色家茶』と名付けて売り出そうと、野望を抱いていたが、家族みんなで飲んでみたところ、味がイマイチだった。
お茶は倹約せすに素直にスーパーで買うことにしようとその時、思ったよ。
村長からブレンドする工程に職人がいるということを聞いて、やっと失敗の原因がわかった。
なるほどね、素人にはできないわ。
「新茶ができているので、持って帰ってくれますか?」
「まぁ、それは願ってもないことです。私の手間賃はお金じゃなくて、現物支給でいいですから」
「そうなんですか? 珠美さんは欲がない人だな」
お茶は結構、値段が高い。
蒸したり炒ったり揉んだりして、作るのにも手間暇がかかるので、その値段の高さも頷ける。
ましてや身体の小さい小人たちが作るのだ。珠美にとって低木のお茶の木も彼らには見上げるような大木だろう。美味しいお茶が潤沢に手に入るのなら、村の経済活動にバンバン協力させてもらっちゃうよ。
この後、村の倉庫に案内されたのだが、お茶の葉の劣化を防ぐために大きな倉庫全体に魔法がかかっていると聞いた。
紅茶が七袋、緑茶が三袋の新茶を受け取って、珠美はすぐにお腹の『新鮮適温収納・倉庫』に入れた。
こういうことができるので、セレンが珠美を管理者に選んだのかもしれない。
村長から、山の管理というのは下草を刈ったり、木の枝打ちをしたりして風通しの良い豊かな森を作ることだと聞いた。木が密集して生えているところは間引き伐採をしなければならないらしい。
今までの管理人は、そんな伐採した材木や森で採れるきのこ、果物なんかを売って、自分の管理費にしていたそうだ。
そうか、竹林と同じでいいんだな。
「これから、俺がいいところへ案内するからな」
重人がそう言ってくれたので、珠美は山の木々を観察しながら、彼について行くことにした。
そこには、珠美が夢にまで見たものがあったのだった。




