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神様に借りた農場  作者: 秋野 木星
第一章 四月
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リザン町へ

聡は会計台の側の椅子に座り、さっきからクスクス笑っている。

扉の外から店の中をうかがっているペロルが、首を右に左にと伸ばしながら、珠美が動く方に身体を傾けている様子が可笑しいらしい。


聡にとってはこのスパポーン雑貨店は昔馴染みの店なので遠慮がないのだろう。珠美に「心配せずに買い物をしてください。5万ドドルまではすぐに領収書を切りますから」と言いおいたまま、自分は何を買うこともなく、どっかりと座り込んでしまった。


聡は仕事でここへきていたわけではないので、珠美に手付金などを出すための必要な書類の持ち合わせがなかった。

けれど珠美としては雑貨を売ったお金で買い物をして帰ろうと思っていたので、困ってしまった。

解決策を話し合っているうちに、もういっそ聡を送りがてら船でリザンの町に行けば、商品も納品できるしお金の精算もすぐにできるので、一石二鳥だと思い立ったのだ。



スパポーン雑貨店は船着き場への通り道にあるので、聡も店までついて来ることになってしまったのだが、男の人を待たせていると思うと、なんだかせかされているような気持ちになってしまう。

とにかく早いとこ買い物をしてしまおう。


珠美はスパポーンさんと一緒に、紺色と黄色、二色の涼しそうな布を3mずつ選んだ。

これは今着ている作業着と対になるように同じデザインで作って、コーディネートの幅を増やす予定だ。

黄色の上着と今着ている水色のチェックのズボンで合わせて着ると、夏のひまわり娘という感じで元気いっぱいに見えそうだし、今の水色のチェックの上着と紺色のズボンを合わせると、ボトムの色が濃いのでお尻がひきしまって、少しは瘦せて見えるかもしれない。

余った端切れは、パッチワークにして、寝室のベッドカバーにしようかな。



「しかしサトくんにタマミを盗られるとはねぇ」


「おばさん、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。あくまでも法律にのっとった契約なんですからね」


「私は高等学校を出てるお偉いさんじゃないから、そんな難しいことはわからないよ。でもまぁ、タマミにとってはその方がいいかもしれないね」


スパポーンさんは、聡との専属契約を結ぶと珠美の制作物を扱えなくなるといって残念がっていたが、農作物や山や林からの季節の恵みは契約外ということで、なんとか納得してくれた。



これからまとまったお金が入りそうなので、珠美は念願の調味料や香辛料を買うことにした。

カレー粉、コチュジャン、甜麵醬(てんめんじゃん)、鷹の爪、七味、ナツメグ、コショウ、もろみ等々。

醤油やみりん、酢や味噌、砂糖に塩、料理酒などの基本の調味料とジャガイモや玉ねぎなどの常備野菜も買い足しておく。


そして制作に使う、焼きミョウバンやタコ糸、農作業に使う麻袋を買い。カブの種と種ショウガも出ていたので、それももらっていくことにした。


そして忘れてはならないのが、ミーニャに約束した美味しいものだ。

さっき郵便馬車が来たらしく、魔導冷蔵庫にたっぷりと新鮮な魚介類が入っていた。


猫が好きそうなものがいっぱいね。


よく吟味して、サバ、アジ、エビ、サーモンなどを買うことにした。

新しい取引先ができたお祝いに、思い切ってサーモンの刺身を買ってしまった。これはヘイじいさんじゃないけれど、新鮮なワサビをちょいとつけて食べることにする。


今日は牧場へ寄れそうもないので、ここでチーズとバターも買っておいた。

肉はまだ『収納倉庫』にあるので、今日は買わなくてもいいだろう。



珠美の買い物が済むと、聡がカードで精算してくれた。スパポーンさんは聡に領収書を渡している。このあたりは、地球での取引と同じらしい。


珠美たちが店の外に出ると、ペロルが不平をもらした。


「なんで僕は店に入っちゃダメなの? この人は何にも買わないのに店に入ったよ」


「食べ物を扱ってるから、動物はダメなのよ。この人は人間だから……そういえば変だね。人間も動物なのに」


「何の話をしてるの? 魔法使いは犬とも話せるんだねぇ、羨ましいな」


あれ?

聡にはペロルの声が聞こえていないのだろうか?


「あの、つかぬことをお聞きしますが、聡さんにはペロルが話している内容がわからないんですか?」


「うん、僕は魔法を使えないからね。二人でワンワン言われても、さっぱりわからない」


なんと……珠美がペロルに話していることも、傍から見れば犬語になっていたようだ。

これにはショックを受けた。

これまで村の人たちに魔法使いということで注目されていると思っていたけど、もしかしたら子犬とワンワン言ってるイタい人に見えていたのだろうか?

これからペロルに話しかける時は、あんまり大声にならないように注意しなくちゃ。



船に乗った時、珠美はあらかじめ聡に、エルフの船の特性をかいつまんで説明しておいた。

でも聡は、珠美の話を半分冗談だと思って聞いているようだった。


けれど珠美が、エルフの船に向かって下流のリザン町まで行くように頼むとすぐに船が動き出したので、びっくりしていた。


「本当に……船が自分で、動いてる……ウッ、これ、速くない?!」


船が(はしけ)を離れて走り出すと、聡が息をのんだのがわかった。


そうだよね、いくら川を下っているといっても速いよね。


あれ? ちょっと速い、速すぎる。


これってさっき乗った時よりスピードが出てない?!


飛行機が離陸する時のような圧力が、ずっと身体中にかかっている。もしかして船は水の上を飛んでいるのではないのだろうか。

周りの景色はビュンビュン過ぎ去っていき、前方にやっと建物らしきものが見えてきたと思ったら、あっという間に、リザン町の船着き場に船が横付けされていた。


「……死ぬかと思った」


真っ青な顔になった聡は、チラリと腕時計の時間を見て、今度は目をむいていた。


「すごいスピードでしたね。なんか10分くらいしかかからなかったような気がしますよ~ リザン町って意外と近いんですね」


珠美がのんきにそんなことを言うと、聡に呆れられた。


「10分どころか、5ミニッツだ……デルム村からリザン町までは馬車で5アワー、日本風に言うと5時間かかるんですよ! 郵便馬車のトロールも村へ来るのは一日仕事になるから、いつもマーサおばさんの宿に泊まってるし。実をいうと僕も珠美さんを、今日は町の宿に案内するつもりでした。ここまで速く移動できるとは思ってなかったです~」


そうなのね、飛んでるように感じたのもあながち間違ってなかったのかも。


皆に()められたと思ったのか、船は嬉しそうに横揺れして止まった。



賑やかな船着き場では、たくさんの荷物を持った人たちが行き来している。旅や商売で船を利用する人が多いのだろう。

珠美とペロルは聡に連れられて、そんな人ごみの中を縫うように歩き、定期馬車の停車場までやってきた。


停車場に止まっていた馬車は、観光地で乗るような天蓋(てんがい)のない荷馬車のように見えた。定期馬車と呼ばれているらしく、町の中心部と船着き場を一日に何往復もしているそうだ。



珠美たちが乗った馬車の馭者は、手馴れた様子で手綱を操り二頭の馬を走らせている。


客席は間に細い通路を挟んで二人掛けの席が前後に四つあり、全部で八人が座れるようになっている。客席の後ろには荷物置き場もあって、トランクやダンボール箱などの乗客の荷物が乗せてあった。


通路を挟んで珠美の隣に座ったおばさんは、犬を連れていてたいした荷物も持っていない珠美たちに興味津々だったようだ。皆が席に落ち着くと、すぐに声をかけてきた。


「お嬢さんは、お父さんと舟遊びでもしてきたの?」


「………………」


なにせ中身が50代の珠美は、最初、自分に話しかけられていると思わなかった。


「ねえ、お嬢さん。聞こえてる?」


おばさんが狭い通路から珠美の方へ身体を乗り出してきたので、やっと自分が話しかけられていたことに気づいた。


「あ、すみません。この人は父親ではないんです。えーと、私の知り合いの息子さんでして、これから商談で、彼の店に伺うところなんです」


「はぁ……そうなの??」


珠美の若者らしくない物言いに、今度はおばさんの方が不意を突かれたようだ。


やり取りを聞いていた聡が気をつかって、おばさんに説明してくれた。


「このお嬢さんは新人の魔法使いなんですよ。類稀(たぐいまれ)なる製作の技術を持っておられて、木工も金属加工もなんでもこいなんです。僕はポプラ通りに来月、日常雑貨の店をオープンする予定なんです。その店で、嬉しいことに彼女の作品を扱わせてもらえることになったんですよ!」


聡はなかなかの商売人のようだ。

ちゃっかりと自分の店をアピールしている。


「あら、日常雑貨ですって? なんというお店?」


「『ポコット』です。文具や台所用品、アクセサリーなど可愛いくてハイセンスなものを紹介していくつもりです。10日の花祭りに合わせての贈答品セットもありますし、5月の1日~3日にご来店いただけると開店記念のプチプレゼントもありますので、よろしかったらぜひのぞいてみてください」


「まぁ、それは(うかが)わせて頂くわ。花祭りのセットはまだ買ってないのよ」


珠美には花祭りの贈答品が何のことだかわからなかったが、なんだか良い話になりそうだったので、ニコニコと曖昧な微笑みを顔に浮かべて二人の話を聞いていた。

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