バネと虫
「これは……思った通りだ、素晴らしいな」
聡が目を皿のようにして見ているのは、あの遊びで作った虫のオーケストラだ。
他の竹製品を持っていたら見せて欲しいと言われたので、珠美は『収納倉庫』に入っていたものをすべて取り出して聡に見せていた。
聡は珠美が作った竹細工の生活雑貨を一つ一つ確認して頷いていたが、最後に虫のオーケストラを机に出すと、息を吞んで驚いていた。
「珠美さん」
聡があらたまってこちらに向き直ったので、珠美はピクリとして背筋を伸ばした。
真剣な顔をして、いったいどうしたというのだろう?
「はい、何でしょうか?」
「僕はこの春、会社を早期退職して、妻のバーバラと一緒にリザンの町に生活雑貨の店を立ち上げようと思ってるんです。バーヴも僕も昔から文房具や雑貨が好きなんです」
「はぁ」
「店の商品も揃って来月には開店する予定なんですが、うちの店にしかないというような目玉商品がなくてね、二人であちこち探していたんですよ」
黙って聞いていたヘイじいさんが、膝をバシバシ打って大声で喜んだ。
「こりゃあいい! 珠美の作ったものはお前たちの探してたものにピッタリじゃないか!」
「そうなんだよ。たまたま親父の顔を見に来て、こんな出会いがあるなんてね」
まぁ、これはびっくりだ。
珠美はミヨンと顔を見合わせた。ミヨンも目をくるりと回して驚いている。
「あの、本当に私なんかが作ったものでいいんでしょうか? これ、スパポーン雑貨店に売ろうと思って持ってきてたんですけど……」
「アルマおばさんとこに? あの……スパポーンさんと約束してたんですか?」
「いいえ、約束はしていません。前に竹箒を作った時に郵便馬車のええっと……」
「トロールでしょ? 髭を生やしてる洒落者よ。あの子は女とみれば口説いて回ってるわね」
珠美は名前を思い出せなかったけれど、ミヨンはその人のことをよく知っているようだ。
「はい、そのトロールさんを介して、町の問屋さんに……」
「ハハハ、中国人転生者のキムか。おいおい、そんなに中間マージンばかり取られてたんじゃ、製作者の取り分が少ないだろう」
確かにヘイじいさんの言う通りかもしれない。消費者が買える価格帯というのは限られている。スパポーンさんの紹介料にトロールさんの運び賃、キムさんの取り分などを上乗せしたら、どうしても製作者に払うお金も押さえなくてはやっていけない。
珠美としたら、そのあたりにある自然素材を使って作っているので、自分の手間賃とお礼肥えなどの肥料代が出れば御の字だと思っていた。目標が低かっただろうか?
「できればうちと専属契約を結んでもらいたいんですが。文具や生活雑貨だけでかまいませんから」
「はぁ、そうですねぇ」
「なんなら本業の農作物を卸す農業組合も紹介できますよ。僕の同級生がリザンの町の組合長をしてるんです」
「本当ですか?!」
「ええ、以前サミー牧場の製品を紹介したことがあるんで、彼もこの村のことはよく知ってるんですよ」
聡はリザンの学校へ行ったらしく、町には知り合いが多いそうだ。それで会社を辞めて第二の人生を考えた時に、リザンへ引っ越して店をするというのが自然な流れだったという。
奥さんのバーバラも、もともとはそちらの出身だそうだ。
もうこうなったら、全部、聡さんたちに頼むしかないよね。
「決めました。私もどこまでできるかわかりませんが、頑張っていい製品を作ってみます。どうかよろしくお願いします」
「やったー! ありがとうございます。この製品は売れますよ。珠美さんに後悔はさせませんから」
聡は取り分を7:3、つまり三割でいいと言ったが、珠美は店が新装開店なんだから、軌道に乗るまでは無理はしないほうがいいと、反対に諭した。最初の三か月はお祝いということで5:5にして、それ以降は6:4にしてもらった。
「敵わないなぁ。どっちが商売人なんだか、わからないや」
「リザンへ船で運んで行ったら運賃がもらえるんでしょ? 私はそれだけでも充分、懐が潤います」
珠美の船と『収納倉庫』魔法は、最強のタッグらしい。
船を貸してくれたセレンに感謝して、早いとこ山に行ってみないといけないな。
この後、珠美が洗濯ピンチのバネがうまくいかなかったことを相談すると、聡の商売はまた方向を変えて大きく動き出したようだ。
「これは鉄だけの針金だね。親父、どう思う?」
聡が手で触っていた珠美の失敗作を隣のヘイじいさんに渡すと、じいさんもバネを触ったり匂いを嗅いだりして同じように頷いた。
「鋼にもなってねぇな。珠美、この針金はどこで買ったんだ?」
「スパポーンさんとこで売ってた鉄の塊から自分で作ったの」
「「はぁ?!」」
男二人にここまで驚かれると、自分が何をしでかしたのかと思ってしまう。
「なんか……ダメだった?」
「はは、そういえば珠美さんは魔法使いだったね」
「魔法使いてぇのは、何でもやるんだな」
いえ貧乏な魔法使い限定かもしれません。
珠美が『金属加工』魔法や『木工』魔法、『羊毛』『染色』『裁縫』魔法など製作魔法全般をもっていることを知ると、聡の目がキラキラと輝き出した。
「なんということだ、僕は女神様と出会ったのかもしれない」
ヘイじいさんによると、バネに使われている金属は特殊なものなのだそうだ。
「鉄に炭素を混ぜると強靭な鋼ができる。その鋼にバナジウムを混ぜると鋼の強度が上がるんだ。この金属がバネやベアリングに使われてる」
「クロムバナジウム鋼はドライバーやレンチなんかの工具類にも使われるんだ」
「へぇ~」
さすがに二人とも金属の専門家なので、次々に例を挙げて珠美に教えてくれた。
珠美は塾をやっている時に、生徒に元素周期表は教えたことがあるけれど、もともとは文系だったので金属や元素については表面的な知識しかない。異世界に来て、こんなところで実のある勉強をするとは思ってもみなかった。
珠美は昨日作ったハンガーも金属の種類を変えることで改良できるのかなと思って出してみたら、聡は狂喜乱舞した。
「これ、銅? いや重さがおかしいな」
「よくわかりますね。鉄を銅で覆って針金にしてみたんです。錆びにくくなるかと思って」
「うわぁ、合金もできるのか。会社の人間が聞いたら泣いちゃうな。この形! 工夫されててものすごくいい。でもちょっと重たいからアルミニウムを使ったほうがいいかも。僕が素材を用意しますから、それで同じ形のハンガーを作ってくれませんか? これ、売れるよ、絶対!」
聡はそれからクズ宝石を使って安いアクセサリーを作ることとか、金属の置物やカトラリーを作ってキッチン用品の提案をするとか、とにかく思いつくアイデアを次々と珠美に話してくれた。
自分の今までの経験や、もとの会社との繋がりを生かせることにも興奮したのだろう。
「聡ったら、もうそれくらいにしなさいな。珠美の本業は農業なのよ。そんなにたくさん作れるわけないじゃない」
ミヨンが母親らしく聡に意見して、その場の興奮を冷ましてくれたのだが、珠美がこういうのだったら数が作れると木で作ったボタンの山を出したら、それも嬉々としてお買い上げとなった。
「珠美……あなたったら、農業をやってないの?」
ミヨンの疑問はもっともだ。
珠美もステイタスの職業が増えるたびに、ちょっと自信がなくなっている。
私は農業従事者、だよね?




