牛糞デート
セレンがすぐに船を見せてくれると言ったのだが、その前にあの怖いゴルジさんに完熟牛糞をもらわなければならない。
「タマミ……あなたってチャレンジャーね。ドラゴンの口の中に飛び込むのが好きなの?」
これ、完璧に面白がってるよね。
エルフというのは、こんなに人をからかうのが好きなのだろうか? どんなことが起こるのかと期待に胸を膨らませているセレンの顔には、さっきの予言者らしい神秘さがひとかけらもない。
「でも必要なのよ。サミーさんがお肉の値段をマケてくれるって言うから、余ったお金で牛糞をもらうことにしたの」
「は?………サミーが親切に申し出たら、代わりに、う、牛の糞をくれって言ったですってぇええ?! グフッ、ギャハハハハハハハ、ヒィ~、タマミったら、面白すぎるぅーー!」
またお腹を抱えて笑い死にしそうになっているセレンは放っておいて、珠美は意を決して厩舎の扉を開けた。
今度は声を出さずに、キョロキョロ首を伸ばしながら厩舎の中を探す。
「あれ? いないな。外に出てるのかな?」
すると珠美のすぐ後ろで、野太い声がした。
「嬢ちゃんよ、ボスは事務所だと言っただろうが!」
珠美は一センチは飛び上がったが、ドキドキする胸をなだめて後ろを振り返った。
この人は言い方や顔がちょっと怖いだけよ。本当は親切な人なんだから……
「あの、あの、ゴルジぃさん」
「俺は爺さんじゃねえ!」
「あれ? 私、じいさんなんて言いました?」
言ってないよねとペロルに目で確認したら、ペロルは困った顔をした。
「うーん、ちょっとそんな感じに聞こえてた」
ガーン、そんなつもりはなかったんだけどな。
焦っている珠美を見て、ゴルジはしびれを切らしたようにレーキを握り直した。
「そこをどけ! 俺は忙しいんだ」
「あ、待って、待ってください。あの、牛糞をいただきたいんです。サミーさんの方にお金を払ってますから」
珠美の言ったことがあまりにも予想外だったのか、ゴルジは目をむいてピタリと動きを止めた。
「牛糞って、ムーの糞のことか?」
「ええ、そうです」
「嬢ちゃんはそんな洒落たナリをして、糞を買いに来たのか?」
今日は神様にもらった水色のワンピースを着ていたので、ゴルジはサミーとデートでもしに来たのかと思っていたそうだ。
珠美としては着る物の選択肢が限られていたからなんだけど。こんな勘違いをする人もいるのね。
珠美が『新鮮収納・コンテナー』に牛糞を三袋入れただけで、セレンはまた笑い出した。
「新鮮って……牛糞が新鮮って……グファハハハハハ」
なんかエルフのイメージがガラガラと崩れていくんですけど。
牧場を出て、大川の土手にこしらえられた広い階段を登っている時にも、セレンはやっとのことでヨロヨロと後ろをついて来ていた。
土手を登りきると、ゆったりと流れる川面に大きな帆船とカッターのような小船、二隻の美しい船が浮かんでいた。
春の午後の日差しを受けて、水の上で反射した陽光が船体を模様のように彩っている。
「綺麗ねぇ」
「うん」
珠美とペロルが船を見ていると、やっとセレンがやって来た。
そばに立って、満足げに船を見下ろしながら、川から吹いてくる風に銀色の髪をなびかせている。
「大きな帆船の方は、私の商売道具よ。サミーと専属契約を結んでて、牧場でできた物を村や町に届けてるの。小型の船の方は、珠美に貸し出すから大切に使ってね」
セレンがこんなふうに自分の事を話してくれるとは思わなかった。
「へぇ~、ちゃんと仕事もしてるのね」
意外だ。つかみどころがなくて、強引で、笑い上戸な、こんな変なエルフなのに、真面目に働いているんだな。
「ちょっとタマミ、今、失礼なことを考えたでしょう」
あらら、やっぱりそういう勘は働くのね。
「ごめんごめん。でもエルフって、森でそぞろ歩いてて仕事なんかしていないのかと思ってたから」
「もう、何百年前の話をしてるのよ。現代ではエルフもみんな働いてるわ。ただ、森から出てきてる者は少ないけど」
「セレンはどうしてこういう仕事をしてるの?」
「私は、船に乗るように運命づけられたからね。森と風が使命を運んでくるのよ」
「ふーん、そのへんはエルフっぽいな」
「ぽいって、なによ。タマミのエルフ観はどこからきてるの?」
「子どもの頃に読んだ物語ね。王様やお姫様も出てきて、小人が主人公だったわ」
「小人? ここにもいるわよ。ほら、タマミに任せた山にもいるじゃない」
「ええっ?! ホント?」
この後、土手でお弁当を食べながら、珠美はトルーサ山に古くから住むという小人族の話を、セレンに根掘り葉掘り聞いたのだった。




