サミー牧場
道沿いにある牧場の大きな木の扉を抜けると、学校の運動場ぐらいはありそうな広い駐車場がある。駐車場の側にある建物の近くには、荷馬車が一台止まっていた。木の柵には二頭の馬が繋がれていて、気だるそうに首を動かしなから、むしゃむしゃと飼い葉を食んでいた。
サミー牧場の敷地のあまりの広さに、珠美は少し不安になってきた。
「どこに行ったらいいのかな? すぐそこにある建物で肉を売ってるの?」
「僕も知らないよ。建物の中にいる人に聞いてみたら?」
「そうね」
それはペロルも知らないよね。
勇気を出して、一番近くにあった建物の重たい扉を開けてみることにした。
ギーッという音を立てて横にスライドをした扉の下には、干し草が何本も絡まっていた。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいます?」
大きな声で尋ねた珠美を、陰から飛び出してきた人が押し殺した声で諫めた。
「ばかやろう! 馬小屋で大声を出す奴がいるかっ。馬が怯えたらどうしてくれる」
干し草を扱う大きなフォークのようなものを持って、仁王様のように真っ赤な顔をして静かに怒っている男の姿は、なんとも恐ろしげに見えた。
「ヒェッ、ごめんなさい」
「これからは気をつけてくれ、馬の中には繊細なやつもいるんだ。で、何のようだ? 見たところ新顔みたいだが」
こんな怖そうな人ではなくて、誰か他の人に尋ねたかったが、こうなれば成り行きだし仕方がない。
珠美はサミーに肉を分けてもらう約束をしていたことを、おずおずとこの男に告げた。
「はぁん、ボスが朝っぱらからそわそわしてたのは、これか。いいか、嬢ちゃん、この建物の隣には馬の運動場があってな、その向こうにオレンジ色の屋根の建物がある。そこが事務所だ。たぶんこの時間ならボスもそこにいる」
ふぅ、最初に思ったよりも親切な人だったみたい。やれやれ、冷や汗をかいたわ。
「ありがとうございます、行ってみます。お仕事の邪魔をして、すみませんでした」
「ああ」
教えられたとおりに厩舎を出て奥に進むと、柵で囲われた広いトラックの向こうに、周りの小屋より一回り小さい建物が立っていた。
あ、本当に屋根がオレンジだ。日本には滅多とない色だな。
さっきので懲りたので、珠美はドアをノックして、小さい声で中に声をかけてみた。するとすぐに返事があって、中からサミーが足早に出てきてくれた。
「お、お待ちしてましたよ、タマミさん。どうぞ、中に入ってください」
「お仕事中にすみません。それじゃあ、ちょっとだけお邪魔します」
事務所と言っていただけあって、サミーが珠美を案内してくれた部屋には、大きな机や商談用の応接セットがあった。
珠美が座った椅子には皮が張られていて、合成ではない自然素材のレザーの香りがした。
「ええっと、タマミさんが朝おっしゃっていた肉は用意しています。何ポンドぐらい必要ですか?」
「ポンド? あ、重さの単位が違うんですね。サミーさんはイギリスかアメリカの方ですか?」
「あ、僕はアメリカからの転生者です。そうかー、日本とは単位が違うんですね」
困ったな。1ポンドが何グラムかわからないや。
そうかといって、この世界の単位もよくわからない。
手のひらを広げてこのくらいとかやっていたが、埒が明かないので「合わせて、3000ドドル分ください」ということにした。
サミーが奥から持ってきてくれたのはロウ引きの紙に包まれた三つの塊肉だった。
そうか、スーパーのパック詰めとは違うよね。
いかにも肉、ザ・肉っていう感じだ。
「このムー乳のほうは、プレゼントしますよ」
そう言ってサミーが取り出したのは、いかにもアメリカという感じのビックサイズの大瓶に、たっぷり入れられたクリーム色のミルクだった。
「いえ、お金はちゃんと払います。親しき仲にも礼儀ありですから」
「ブッ、タマミさんはお堅いなぁ。ええっと、じゃあひとつ提案があります。先日いただいた竹箒ですが、うちの職員たちに好評でした。そこで、雑貨店を通さないで、これからも直接うちに卸してくれませんか? たぶんスパポーンさんなら、あれを2000で仕入れて2800ドドルで売るんじゃないかな?」
お、さすがに大きな牧場を経営しているだけあって、鋭いな。
食料品は消費期限があるので半額ぐらいの仕入れ値で引き取る、店に長く置いておけるものはもう少し高く買い取ると言ってもらっている。竹箒はたぶんサミーが言ったぐらいの値段になるだろう。売れなかったら2300ドドルぐらいに値を落とすんじゃないかな。
「あの……うちのほうも肉などを卸値でお譲りします」
珠美が悩んでいるのかと思って、サミーからもうひと声があった。
乗った!
「わかりました。それで契約しましょう」
「よ、良かった。それから、竹で作った熊手が欲しいんです。鉄のレーキは重いので、そういうのもあったらいいなと思って。あの……作れますか?」
「できます!」
作ったことはないけど、こういう時は自信満々に見栄を張ることが必要だ。
珠美は、竹箒の追加を二本と熊手を三本の注文をここで受けたのだった。




