今度はたっぷりと
スパポーン雑貨店に戻ってまず珠美が買ったのは、7種類の種だった。
落花生、ゴマ、春蒔きキャベツ、アスパラガス、シロウリ、マクワウリ、そして綿花。
綿花はワタを採るために多めに育ててみるつもりだ。
これは以前、蒔いてみたことがあるけれど、五株ぐらいしかできなかったので、ほんのポッチリ採れたワタを何に使ったらいいのか困ったことがある。
うちに長年あるクリスマスツリーの雪用のワタに紛れ込ませたけれど、あの雪をこれからも孫たちが使ってくれるかしら?
アスパラガスは収穫に何年もかかる野菜なので、畑の隅の方に植えなければならない。
うまく根付いて三年後には食べられるようになるといいな。
うちのアスパラガスは邪魔にならないようにと庭木の下に植えておいたら、収穫するのを忘れてすぐに背の高いホタル草のようになっていた。
今年は忘れないように採ってね、じいじ。
落花生は娘の絵本を見て作ってみたくなった作物だ。娘たちと一緒に育てたピーナッツをゆでて食べたら美味しかった。
落花生は雄しべから枝のような根みたいなものが伸びてきて、自分で地面に種を植える。
本当に面白い植物だよね。
ゴマとシロウリとマクワウリは、実家の母親が育てているのを見たことはあるが、自分としては初挑戦だ。どれも好きな野菜なので頑張ってみたい。
春蒔きキャベツははらぺこ青虫にやられることが多い。
蝶々の孵化を助けるためだけに植えるような気がして、あんまり気が進まなかったけれど、魔法を使うと何とかなるかもしれないと後から考えた野菜だ。
無事に育ってくれたらいいな。
次に選んだのは、肥料だ。
竹林のお礼肥えにも使う、硫安を一袋。
そしてココットへのお礼にアサリを買った。アサリは貝の中身を食べる珠美も、貝殻を食べるココットも両方がウィンウィンの関係になれる美味しい肥料だ。
今日は郵便馬車が来たばかりだったので、アサリや海の魚が店にたくさん並んでいた。魚も欲しかったけれど、デルム村は内陸部にあるため魚介類は少々お高い。なので、今回は一品だけにした。
そうして我慢した珠美は、調味料を一揃い買ってしまった。
待望のソース! そしてケチャップとマヨネーズ。
えへへ、こっちは我慢できなかったのよね。
そして買い物に来た一番の目的である、服を作るための布やボタンなどの材料だ。
ボタンを手に取って買おうとした時に、ふと気づいた。
これって貝殻や動物の甲羅なんかでできてるのよね。だからボタンって高いんだ。
でも木で作ってるのはちょっと安い。木なら自分で作れるよね。
それなら買わなくても自分でボタンを作ればいいじゃん!
それにこれよりいいボタンができたら売れるかも。
珠美の考え方もだいぶ製作者よりになってきているみたいだ。
そこで購入するのは布だけにすることにした。
ただスパポーンさんがサービスでゴムを安くしてくれると言ったので、パンツのゴムだけは買うことにした。
買った布は一番安いメーター390ドドルのヘロヘロの生成りの布を2mと、もうひとつは特価になっていたメーターが490ドドルの水色のギンガムチェックの布を10mだ。ギンガムの方は、柄や色などは選べないけど生地がごつくてしっかりしている。
布だけで5000ドドルを超えたので頭がフラフラしたが、こればかりは必要経費なので仕方がない。
「赤のギンガムチェックの方が可愛くて似合うと思うけどねぇ」
スパポーンさんは最後までそう言っていたが、中身が還暦近い珠美にとって赤は恥ずかしすぎる。
それにこれから暑くなるし、涼しげな水色の方がいいよね。
娘たちが嫁に行って家計に余裕ができると、ときどき贅沢をしてメーターが千円を超える布も買っていたが、今回の買い物で久しぶりに倹約していた新婚当時のことを思い出してしまった。
旦那様はどうしてるかな? 元気で長生きしてくれるといいけど。
最後に、わら半紙、ハサミ、墨、ボンド、ニスなどの制作に必要な文具も買った。
これだけたくさんのものを買ったけれど、今回は帰りにサミー牧場で肉などを買う余裕がある。
財布の中に余裕があると、気持ちもゆったりとしてくるもんだね。
買い物がすんだので、珠美はヘイじいさんの家に寄って帰ることにした。
珠美が玄関で声をかけると、庭の方から声が聞こえた。
「おー、こっちにこい。今、畑仕事をしとるんよ」
ペロルに先導されて家を回って庭の方に行くと、ヘイじいさんもミヨンばあさんも帽子をかぶって畑仕事をしていた。
「おい、ワン公。今日はこの畑を掘るんじゃないぞ」
「クゥーン、ワンワン」(ええ、わかってますよ)
仲が良さそうなヘイじいさんとペロルの様子を見ながら、珠美は開け放してあった縁側に腰かけた。そしてお腹の収納からタケノコを二個出して、足元に転がした。ミヨンばあさんからもらったキムチの空瓶も、縁側のお日様の光で温もった板の上に出しておいた。
「ミヨンオンマぁ(ミヨンかあさん)、お返しにタケノコを持ってきたよ」
「まぁ、美味しそうなタケノコだね。今年はまだ食べてないから、初物だよ」
ミヨンばあさんは種を蒔いていた手をちょっと止めて珠美の方を見ると、顔中をしわくちゃにして嬉しそうに笑った。
「オンマ、何を蒔いてるの?」
「タマミは知ってるかね? サンチュという葉物野菜だよ」
「サンチュ?! 探してたのよぉ。スパポーンさんとこで種を売ってるの?」
珠美の食いつきに、ミヨンばあさんは驚いたようだった。
蒔いた種に薄く土をかぶせてトントンと均すと、よっこらしょと立ち上がって珠美の方へやってきた。そして首に巻いていた手ぬぐいで汚れた手やズボンのお尻をパッパと払うと、隣に腰かけた。
「ヘイスケさんは知らなかったのに、タマミはサンチュのことを知ってるんだね」
「うん、日本にもサンチュは古くから伝わってたそうだけど、あんまり一般的な野菜じゃなかったのよ。サンチュという名前で、焼肉屋や家庭でたくさん食べられ始めたのは、たぶん韓流ブームの頃からかも」
「ハンリュウ?」
「そう、韓国のドラマがものすごく流行した年があってね、それからは女の人たちが韓国料理をよく食べるようになったのよ。かくいう私もドラマに出てたトッポギが大好きになったのよね~」
ミヨンばあさんは珠美の話を聞くと本当に懐かしそうな顔をした。そして、よく手入れされているここの庭ではなく、どこか遠いところを眺めているような目をして話し始めた。
「おぼろげにしか覚えてないけど、たぶん学生の頃だったんだろうね、どこかの帰りに屋台で食べた、真っ赤なトッポギの色をいまだに夢に見るんだよ」
「ふうん、たぶんそれはオンマにとって大切な思い出だったんだろうね」
ヘイじいさんやミヨンばあさんたち、昔からの転生者は自分の人生をよく覚えていないと言っていた。それでも魂に刻まれた奥深いところに、印象的な思い出のかけらが残っているのだろう。
「ヘイスケはね、鉄砲の火薬の匂いと片言の英語を覚えてるんだって。20歳の若さで死んだんだから、スパイでもしてたのかねぇ。でもそのおかげでこっちに来てから、イギリス人の転生者が興した会社で、発破の仕事にありついたんだから……こういうのも不思議なめぐりあわせだね」
「へぇ~」
背が低くて、昔は童顔の美少年だったんだろうなと思えるような可愛い顔をしたヘイじいさんが、スパイなんかしてたのかなぁ。
珠美は疑問に思ったけれど、人は見かけじゃわからないから、もしかしたらミヨンばあさんの言う通りなのかもしれない。
思わず畑を耕しているヘイじいさんの動きを目で追ってしまった。
腰を入れて鍬をふるっている姿は、どこかストイックな剣豪のようにも見えて、とても80歳を過ぎた老人には思えない。
でも、スパイかぁ。
あまりにもつかみどころがない職業で、珠美としては○○7に出てくる俳優さんの顔しか思い浮かばなかった。
結局ここでわかったことは、サンチュというのは主流が秋植え野菜になるらしく、店では春蒔きの種を売らないということだ。
ミヨンばあさんが気をつかって、少し残っていた種をお土産に持たせてくれた。
これはありがたい。
帰ったら早速、蒔いておこう。
村を出て、サミー牧場に向かって歩きながら、珠美はこれからの予定を考えていた。
思ったよりも早く用事が終わったな。お弁当も持ってるし、帰りにどこかに寄り道をしてみようかな。
「ねぇペロル、いつもは牧場の外れから大川の土手に上がって帰るでしょ? でも、土手に上がらないで道をそのまま真っすぐ行ったらどこに行くの?」
「ああ、あの道は林を抜けてエルフの村に通じてるんだ。あっちの道の方が人通りが多いから、広くなってるよ」
「おー、エルフ! 見てみたいな」
「見るって……エルフは珍しい動物じゃないんだよ」
「ごめん。エルフって、物語の中でしか知らないから、現実のものじゃない感じがするの。気まぐれでつかみどころのない性格の美男美女が集まって、霞を食べて生きてるっていうイメージかな」
「そんな感じじゃないよ。木こりをしてるエルフはたくましいよ。人族の中で商売をしてるエルフもいるし、都会で政治家になったエルフもいる」
「あらら、それじゃあ種族は違うけど、人間と変わらないのね」
「うん。耳の先は少し尖がってるけどね。どっちかっていうと森の中に住むのが好きで、木や草のことをよく知ってるんだ」
ふむむ、これはエルフについて認識を改めなきゃ。
そんな話をしながら歩いていたら、あっという間にサミー牧場の前に着いた。
まずはムー乳とお肉ね。
ふふふ、お肉を食べるのは本当に久しぶり。
珠美はここで、新たな仕事を請け負うことになるのだった。




