こんにちは
「こんにちは。すみません、タマミさんですか?」
珠美が川の中に入って作業着のズボンの汚れを落としていると、小川の橋を渡ってきた人に声をかけられた。
顔をあげると、そこにガタイのいい栗色の髪の大男が所在なげに立っていた。
砲丸投げでもしているような体格なのに、声は遠慮がちだし、どこか自信なさげに見える。
「はい、珠美ですけど。どちらさまですか?」
「あのぉ、僕はサミュエルと申します。あ、みんなは僕のことをサミーって呼んでます」
は? サミーって、魔法使いで前世持ちで牧場主のあのサミー?
なんか、思ってた人と全然違った。
サミーという名前からして、金髪のソバカス坊やかなと思ってたのよね。まさかムキムキの筋肉マンのシャイボーイだとはねぇ。
「初めまして。サミーさんのことは皆から聞いてます。今度、牧場へムー乳を買いに行こうと思ってたんですよ」
「そ、そうですか。ぜひおいでください。あの、お仕事中にすみません。えっと、この間、村に行った時にベラ・タング夫人に聞いたんですが……こちらにココットがいるそうですね。それで何羽か分けてもらえたらと思って伺ったんです」
ベラ・タング夫人って、あのお喋りおばさんの名前だよね。
ココットの話なんてしたかなぁ? ああ、そう言えば何を食べてるのか聞かれたんだった。
「ココットはあっちの西の原っぱにいますが、うちの鶏じゃないのでご自由にどうぞ。ただ、私も卵をもらってるので何羽か残しといていただけるとありがたいです」
「……そ、そうなんですか。あ、僕も繁殖用に何羽か欲しかっただけなので……じゃあ、雄を一羽と雌を二羽、いただいていきます」
え、そんな少ない数でいいの?
「繁殖用なら、雄を二羽にした方がいいんじゃないですか? 異なる遺伝子があったほうが子孫の鶏に多様性がでるでしょう」
珠美が思ったことをそのまま言うと、サミーはひどく驚いているようだった。
「…………もしかして、タマミさんは見た目の年齢とは違うんですか?」
あら、バレちゃった?
「そうです。見た目は15歳ですが、今年で58歳になりました」
「そう……なんですか。あ、僕は見た目が20歳ですが中身は49歳です」
「49?! その歳は鬼門よねぇ。私の知り合いも49歳で二人亡くなったわ。でもそれを過ぎると還暦前後までいけるのよね」
「へ、へぇ~」
作業着の下洗いがすんだので、井戸にいくついでに一緒に裏庭を歩いていたら、サミーが素っ頓狂な声を上げた。
「ほ、箒が立ってる?!」
そういえば昨日、竹箒が三本できたので嬉しくなって、小屋の中に立てたままにしていたんだった。
扉を開けたままだったから、中が丸見えだね。
「これ、この箒はバランスがいいですね! どこで買われたんですか?」
「昨日作ったんですよ。私のギフトは『製作』なんです。これ、売り物になりますかね?」
「なりますよ! 僕の牧場に欲しいです。竹箒はよく使うんですが、すぐに壊れてしまって困ってるんです。この箒を分けてもらえませんか?」
おー、売れるみたいだ。良かったな。
「いいですよ。三本とも持って帰られます?」
「ええ、今日はカードの計算機も持ってきてるので、すぐにお支払い出来ます。スパポーン雑貨店の箒よりも色をつけさせてもらいますね」
住民カードをサミーに渡すと、一本2000ドドルで買ってくれたみたいだった。
三本で6000ドドル! へっへー、一気にお金持ちになってしまいました。
サミー、いい人。
でもサミーも『収納』魔法が使えるんだね。カードの計算機がどこからともなく出てきたよ。
そして竹箒がスルスルとズボンのポケットに入っていく。
……他人が魔法を使っているのを見ると、映画を観てるみたいで不思議だな。
この後、珠美が昼ご飯を食べていたら、ココットを雄雌二羽ずつ入れたカゴを持ったサミーが、遠くの大川の土手を手を振りながら帰っていくのが見えた。
昼ご飯は、冷ご飯と、タケノコの煮物の残りを天ぷらにしたものだ。これがだしが効いてて天丼みたいな味になって、美味しいのよね。珠美はいつも多めに煮物を作っておいて、後から天ぷらにするのを楽しみにしていた。
ついでにいつもの野草も一緒に、天ぷらに揚げた。今日は天つゆではなく、醤油をかけてストレートにいただく。
これも良いのですよ~
ご飯がすすむね。
午後は何をしようかな。
木を伐り出しに行く? それともタケノコを採りに行くべきかな。
ふーむ、まとまったお金が入ったから、できるだけ早く村へ行って布を買うべきかも。
とすると……今日は、タケノコを掘り出しに行こう!
それに村に行くのなら、また竹も採ってきて、竹箒を作った方がいいね。
珠美は素早く食事の後片付けをすると、リヤカーを出して唐鍬などを積み込んでいった。すると唐鍬を見て、ペロルが嬉しそうに駆けてきた。尻尾もブンブン振っている。
「ね、ね、珠美。タケノコを掘りに行くんでしょ?」
本当にペロルは穴掘りが好きね。
「そうよ、今日も手伝ってね、ペロル」
「任せて! 今度は『新鮮収納・コンテナー』があるから、たくさん掘るんでしょ?」
「ええ、タケノコは時期があるから、しっかり稼いどかないとね」
『新鮮収納・コンテナー』魔法か、そういえばどのくらいの容量が入るのか確かめといたほうがいいわね。木を伐りに行く時に魔法が使えなかったら、家まで運んでくるのが難しいかも。
リヤカーを引いてペロルと一緒に竹林に行くと、葉にまだ残っていた雨の名残の水滴が風に吹かれて散っていた。
「冷たい!」
「うっひょ~ 水は嫌だなぁ」
ペロルは、たくさんの竹の葉が重なっている場所を避けて、恐々と上を見上げている。
珠美も管理者の目で竹林全体を眺めてみると、問題点がたくさん見えてきた。
ここの竹林は手入れをされていないから、竹が鬱蒼と繁りすぎている。古い竹もあちこちで斜めに倒れたままになっているし、風通しも悪い。
もうちょっと地面に陽があたるようにして明るい竹林にしなければ、タケノコがたくさん採れないだろう。
バンブーが管理を頼んできたわけが、珠美にもようやくわかってきた。
珠美はペロルと一緒にタケノコを掘りながら、気になった場所の竹を間引きし、風通しをよくしていった。
堀った跡には、栄養分のある竹の落ち葉を土と混ぜて入れておく。
今日は時間がないので古い竹は切り倒したままそこに置いておいたが、いずれこれも運んで肥やしや燃料にしたい。
今度来る時に竹に施す肥料も持ってくることにしよう。
タケノコ掘りが終わる頃に、遠くの方でバンブーが珠美を呼んでいるのに気づいた。
ペロルがいるから、近づいてこれないのね。
珠美だけで会いに行ってみると、大きな袋を二つ渡された。
「早速、仕事をしてくれてありがとう。これ、この間約束した報酬の豆です」
「ありがとう! 嬉しいな」
こんなにたくさんの豆をもらえるとは思わなかった。
家に用意してあった野菜を少しずつ使いながら、野草を摘んで食べていた珠美にとって、この大袋の豆は何よりの宝物に感じた。
「うちの父さんもここの竹林のことを心配してたから良かったわ」
あれ? バンブーの家族はここに住んでないみたいな言い方だな。
「バンブーの家は違う場所にあるの?」
「ええ、ここからだいぶ離れたところにある真竹の林の中にあるの。竹の精は竹がある所にはどこへでも飛んでいけるんだけど、この辺り一帯の竹林をうちの家族だけで全部管理するのは大変なのよ」
「なるほど」
確かにそれは、骨が折れそうだ。
「今度、うちに遊びに来て。父さんは竹細工が得意だから、さっき掘り出してたタケノコを入れるカゴなんかを作ってくれると思うよ」
「もしかしてお父さんは竹細工の職人さんなの? それなら作ってもらうより、作り方の教えを受けたいな」
珠美がそう言うと、バンブーの顔がパッと輝いた。
「そんなことでいいんだったら、いつでもどうぞ。じゃあ、これを渡しておくね」
そう言ってバンブーがくれたのは緑色をした勾玉がついたネックレスだった。これでバンブーに連絡が取れるし、家の場所もこの勾玉が教えてくれるそうだ。
なんともファンタジーな話ね。でもニンフが実在してるんだから、こういう通信機もあるんだろう。
珠美はバンブーと別れて竹林から帰る前に、収納の容量を調べておくことにした。
試しに10mぐらいの竹を一本『新鮮収納・コンテナー』に入れてみると、先端の穂がしなってギリギリで中に入ったので、このコンテナーはたぶん10m四方くらいの大きさなのだろう。
これだと30mは超えるといわれている杉のような大きな木は、三分の一の長さに切り揃えないと入りそうにない。
このことを念頭において、木を伐りに行くべきだね。
今日、掘ったタケノコは全部で50個だ。これらは『新鮮収納・コンテナー』に入っている。
竹の方は重たい孟宗竹だけを半分に切ってコンテナーに収納して、後の淡竹や真竹はリヤカーに乗せて帰った。
林の木々を眺めながら歩いていたら、見慣れた葉っぱの木を見つけた。
これは『鑑定・植物』魔法を使わなくてもすぐわかる。
「南天だ。でも大きいな」
昔から食あたりを防ぐ効果があるといわれていた「南天箸」は、観光地の土産物屋さんでもよく見かける。本当の南天の木を使っているものはあまりないそうだが、こんな大きな木なら充分、お箸が作れそうだ。
木の特性を考えると弁当用の箸にしたら、ぴったりだね。
そこには60本ぐらいの枝が束になって生えていたので、その中でも一番太い枝を一本ちょうだいすることにした。
南天の葉はお赤飯の上に飾るといいのよね。
そうだ! バンブーにもらった小豆があるから、赤飯ができるじゃない!
もち米がないので、食感はいまいちだろうが、今食べているお米はもちもちとした甘みのある品種なので、そこそこ美味しい赤飯が炊けると思う。
先に楽しみができたので、珠美の引くリヤカーの足取りは軽かった。




