11 夫
『お望みどおりお飾りの妻になりますので、ご心配なく!』
満面の笑みで彼女から言われた言葉が頭から離れない。一体どうしてこんなことになってしまったのか。
(いや、原因は私だ。あと一ヶ月早ければ違う状況になっていたのだろうか…)
マルクの言う通りにしていればと後悔してももう遅い。これが現実なのだ。
(時間が掛かってでも彼女の誤解を解かなければ…)
「はぁ…」
自分の情けなさに溜め息がこぼれた。
◇◇◇
領地に戻り心の準備を整えていた私は、期限である二ヶ月を目前にして王都に戻る決意をした。まだ不安は残るが自分で決めたことであるし、これ以上先延ばしにするのはとにかくヤバイ。そんな気がしたのだ。
そして王都にある屋敷に戻ったのだが、なぜか彼女は離れで生活しているし、公爵家で用意したドレスや宝飾品は部屋に置かれたままだし、毎日外に出掛けているというのだ。私はてっきり屋敷で本を読みながら過ごしているのかなと思っていたのだが、どうやら違っていたようだ。
私は彼女の帰りを待つことにした。使用人に聞くと彼女は午前九時頃に出掛けていき、帰ってくるのは午後五時頃だという。それに馬車は使わず歩きで出掛けているそうだ。なぜという疑問しかないが、まずは彼女に会わなければと彼女の帰りを待った。そして彼女が帰ってきたとの報せを聞き、離れへと向かうと彼女の侍女が出迎えてくれた。
「本日はいかがされましたか?」
「…彼女と話をしたいんだが、大丈夫だろうか」
「はい。ご案内いたします」
「頼む」
「……どうか頑張ってください」
「?」
なぜか侍女から哀れんだ目で応援されたのだが、その理由はこのあとわかることになる。
「こんな時間に申し訳ない」
「いえ、ちょうど帰ってきたところですからお気になさらないでください」
彼女に会うのは久しぶりであるが元気そうでほっとした。しかしこんな時間までどこかに出掛けていたようだ。
「…どこかに出掛けていたのか?」
「はい。自由に過ごしていいとのことでしたので毎日図書館に行かせていただいています」
(本が好きなのは知っているが、毎日通っているのか?)
「っ、そ、そうか。…そういえばなぜ離れで生活を?…あ、いや、自由に過ごしていいと言ったのは私だから咎めるつもりはないんだ。ただ何か理由があるのかなと思って」
「理由ですか?もちろん旦那様のためです」
(離れで暮らすのが私のため?)
「え?それはどういう…」
「それより旦那様は私に何かお話があるのではないですか?」
それがどういう意味なのかが全くわからない。だから詳しく聞こうと思ったのだが、彼女の方から話を切り出されてしまった。
「!あ、ああ。…今日はあなたに大切な話があるんだ」
「ええ、承知しております。私はすでに心の準備ができておりますので気にせず仰ってください」
(心の準備…。彼女も私と同じ気持ち、ということか!?)
それなら何の問題はないと安心した私は、彼女に想いを伝えることにした。
「っ!そ、そうか?…では聞いてほしい」
「はい!」
「……あなたとの初夜をやり直させてほしい!」
「承知しまし………え?」
「あなたと本当の夫婦になりたいんだ!」
「…え?」
(…ん?なんだか想像した反応と違う?)
なぜか彼女は不思議そうな表情をしていた。自分が思い描いていた反応と違うことに、先ほど感じた安心など一瞬で消えてなくなり不安で一杯になったが、このまま止まるわけにはいかない。
「あなたを傷つけてしまったんだ。簡単に許してもらえないことは分かっている。だけど私はあなたのことが好きなんだ。だからあなたと…」
「…旦那様」
「ダメだろうか…?」
(どうか、頼む…!)
「ダメです」
私の願いも虚しく、即答で拒否されてしまった。
「っ!…そう、か」
「当然です!だって旦那様には愛する女性がいらっしゃるのですから、冗談でも私にそのようなことを言ってはダメです!」
「…は?」
彼女が何を言っているのか私には全く理解できなかった。彼女以外に私が愛している女性はいないのに、なぜか彼女は私に他に愛する女性がいると思っているのだ。
(ど、どういうことだ!?なぜそんな勘違いを…)
「だからはっきりと仰ってくださって構いません!」
「な、にを…」
(一体彼女は何の心の準備ができているというんだ!?)
そうして戸惑う私に彼女は止めの言葉を口にしたのだ。
「決まっているではありませんか!…私をお飾りの妻にしたいのだと!」
このあとのことはよく覚えていない。彼女と話していたはずなのに、気がついたら自分のベッドの上だった。彼女の口から出た『お飾りの妻』という言葉が衝撃的すぎて気を失ってしまったようだ。
少し落ち着いてきたところで彼女との会話を思い出してみると、どうやら彼女は私には他に愛する女性がいて自分はお飾り妻になると思っているようだ。どうしてそのような勘違いをしているかはわからないが、こんな状況にしてしまったのはすべて自分のせいだというのは間違いない。
(もっと早く彼女と話をしていれば…いや、そもそもあの日ちゃんと彼女と向き合っていれば…)
しかし今さら後悔しても仕方がない。なんとかして彼女の誤解を解かなければ本当に白い結婚になってしまう。それは絶対に避けたい。
「彼女と本当の夫婦になるんだ…!」
そう改めて決意をした私は毎日彼女の元へと向かい、何度も何度も愛を伝え続けることになるのである。
そして三年後。
ミルクティー色の柔らかい髪に空色の瞳を持つ私によく似た天使がやってくるのは、まだ誰も知らない未来だ。




