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第二章 解き放たれた漆黒の心 5


「各自散開、押し込むぞ!」


 外に出た瞬間襲ってきた音の衝撃波を障壁で防いでミューが叫ぶ。それに無言で頷いて俺達は固まらないように、それでいてすぐに援護に駆けつけられるように散開する。


「私は結界の準備に入ります!皆さんの健闘を!」


 ナナはそう言うと一歩退いて呪文の詠唱を始める。結界の地点に押し込む、その為にまずは!


「風よ、我が手に宿り全てを吹き飛ばす暴風と化せ!ブラスト・ウィンド!!」


 暴風の魔法を放つ。当たりこそしたものの平然とした様子でこちらを見るとそのまま突っ込んで来ようとする。あの時の速さで来られては一手遅れるだけで逃げられなくなるのは間違いない。即座に加速を掛けて一気に左に移動する。


「………………」


 一度踏み込もうとした足の向きを俺の動きに合わせて踏み込み直す。そこに一瞬の隙が生まれる!


「隙あり、砕岩拳!」


 側面からカスタードがその隙を突く。


「うぇ、嘘ぉ……!」


 しかし、それを横目でちらりと確認すると同時に小さく障壁を張った片手でその拳を受け止め、そのままカスタードの拳を掴むと横腹に向かって大振りの蹴りを繰り出してくる。


「させません、九連紅蓮障壁!!」


 九重まで重ねられたリリィクの障壁が辛うじてその蹴りを防ぐ。


「カスタードを放せ!」


 ゼオが果敢に立ち向かうが、次の目標だと言わんばかりにぐるりとゼオの方へ顔を向ける。


「う、うわぁっ!」


 情けない声を上げながらギュッと目を瞑り、がむしゃらにレイピアを突き出す。何とも情けない光景だが偶然にも渾身の一撃がリュレーゼの角に当たった。


「!?」


 その瞬間、彼女はふらりと棒立ちになり、目の焦点もぶれているように見える。


「角か!?二人とも離れろ!」


 カスタードとゼオが離れると同時にミューが背後に回り込みリュレーゼの角を思いっきり掴んで背負い上げるとそのまま地面に投げ落とす。


「……私は……っ!」


 リュレーゼは抵抗しようとするが、弱点の角を掴まれているからなのか声を漏らすだけでもがくことすらできないようだ。


「このまま、結界の中に、投げ込んでやる!!準備は!?」


「結界、いけます。周りを障壁で囲む為の詠唱を!!」


「わかった!」


 俺とリリィクが障壁の詠唱に入ったのを確認すると、ミューは角を掴んだまま地面を強く蹴ると大きく跳躍し空中で回転するようにリュレーゼを結界地点へと叩き付ける。


「いきます、砂塵の楼閣!!」


 地面から大量の砂が舞い上がり巨大な楼閣のような砂の柱が一気に天空に向かってそびえ立つ。それを囲う様に風と炎の障壁を全力で張り巡らせる。これで一段落、と言ったところだろうか?妙にあっけない気もするが……


「これ以上は私も勘弁だ。変な考えは浮かばせないでほしい……」


 疲れきった顔でミューが言う。もちろん他の皆も一緒だ。岩場に隠れて少し休めはしたものの、疲労はもう限界だ。結界に押し込めるのが簡単に行った事をむしろ喜ぶべきなんだろうな。


「砂塵の楼閣は魔道砲でもない限り壊せないほど強固に作り上げていますから心配なさらず。それよりも……」


 ナナが何か言いかけたその時、何か固い物が変質していくような嫌な音が響いた。


「な、何の音だい?」


 それは間違いなく結界の中から、ギチリ、ガチリと響いて来る。


「んぅ、分かんないけど、警戒して!」


 ギチギチ、ガキリ、ガギン……


「音が……止まりましたね……」


「ああ、いったい何が……」


 静寂が一帯を包み込む。結界も障壁も限界まで強固にしてある。中から何をしようとも問題はないはず。


……だが、その考えは直後に間違いだったと分かってしまった。


「そんな……」


 ナナの口から信じられないというような声が漏れる。俺も、そして皆も同じ気持ちだったと思う。絶えず天空に向かって立ち昇り続ける砂塵を遮るように、ゆっくりと、それは龍の爪の様な物が突き出されてくる。多少結界から出てくるのは難儀しているようだが、それは間違いなく、確実に……


「私は……私は……っ!!」


 声が聞こえた。ということは!?


「障壁をこっちに回せ!来るぞ!」


 ミューの声にハッとして障壁を結界から皆の周りを囲むように再展開させる。直後、


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!」


 両手で無理矢理こじ開けた結界の隙間から音の衝撃波が襲ってくる。ミューと三人で障壁を張ってギリギリ防ぐことは出来たが次の手がない。こちらが焦る間にも少しずつ隙間は広がっていく。


「これは龍化……想定以上です」


 広がりきった隙間からリュレーゼが姿を現す。その手と角を守るように目に見えて硬質と分かるほどの鱗が覆い、指先には鋭い爪が生えている。


「私は……あなた方を……ううっ…………お父さん……」

 お父さん?そうか!


「みんな、何とかしてもう一度動きを止めるぞ!」


「何か策があるんだな?ふん、いいだろう」


 ガルバルトから預かったペンダント、これをしっかりと見せることができれば洗脳を振り払う切っ掛けになるはずだ。もう一度角を狙って放心状態にさせるには相当な労力がいるがやるしかない。彼女を取り戻す為にも。


「まずは私が。楼閣よ、その姿を崩し一握の砂となり、こぼれ、混ざれば無限の交わり。いざ、その威容を示せ、爆ぜ散る砂塵の双柱よ!無慈悲なる顎にて遍く砕き飛ばせ、爆砂黄塵!!」


 ナナが楼閣から直接魔道砲を放つ。それは左の角を巻き込むように直撃し、更に地面に押し付けて歩みを止めさせる。


「移ろう風、二輪、我が手に集え。翻り真空の刃と化し互いの身を削れ!風よ、閃光を紡ぎだせ!いざ、その身に雷を宿せ!貫け、紫電一閃!ライトニング・ブレード!」


 魔道砲の終わりに合せて雷の刃を放つ。


 が、どうにも様子がおかしい。雷の刃は当たる直前に何かに弾かれて霧散してしまった。


「まさか、私の魔道砲も……?」


 角を守る鱗に傷が付いた形跡は見えない。丈夫すぎるというよりは障壁が張ってあるのか?だとしたら障壁を破りつつ鱗も破壊して角を狙うなんてこと、今の俺達に出来るのか?


「ちっ、呆けるな!」


 ミューが俺を蹴とばしてくれたおかげで我に帰る。ちょうど俺が立っていた所に鋭い爪が振り下ろされるところだった。


「勇人!まだ……!」


 リリィクの悲鳴のような声に俺も悟った。彼女の口が開いている。しかも確実にこちらを見ている。それはつまり音の衝撃が来るということ。皆が俺の為に障壁を張ろうとしたり駆け付けようと動くのがスローモーションのように見えた。だが、誰も間に合わないのは目に見えて明らかだった。せめて直撃だけでも避けなければ、そう思って後ろに向かって加速を掛ける。


「ぐぁぁっ……!」


 この時彼女が素直に正面から攻撃してくれていたのは幸いだった。なんとか後ろに跳び退いても全身が軋むような痛み。もし後ろから来ていたら自分から死にに行くところだったからだ。


「まずはあなたを……」


 皆から遠くに吹き飛ばされた俺にリュレーゼが素早く近付き、首を掴んで俺の体を持ち上げる。誰も間に合わない。チェックメイトか……


 首を掴む手に力が加わりいよいよ絶望が押し寄せててきたその瞬間、近くの空間が裂け、扉のように開き都市が姿を現した。それと同時に天空を雷光が駆け抜け、俺もリュレーゼもそこに居た誰もが何事かとそれを目で追っていた。


「ようやく防護壁解除の許可が出ました!その障壁の音波と外殻の強度は解析済み、角を撃ち抜きます!!」


 通信機から届いた声、アリスだ!もう俺達はラトラの目前まで来ていたのか。


「!?」


 直後、金属を貫く様な音が響きリュレーゼの右角が砕けて宙を舞う。それと同時に彼女の全身から力が抜け俺は地面に倒れ込む。ここが踏ん張りどころだ。軋む身体を無理矢理動かして立ち上がる。そして、ペンダントを彼女に見せる。


「リュレーゼ、君のお父さんは生きてる!ロワールに向かう洞窟で暮らしながらずっと君を捜しているんだ!!」


 俺の言葉を聞いて、ペンダントを見て、彼女の顔にみるみる生気が宿っていく。


「本……当に……お父さん……生きて……?」


「ああ、だからそんな洗脳なんかに負けるな!」


 その時、何かが彼女の中から抜けた。そんな感じがして彼女が地面にぺたりと力なく座り込む。


「本当に生きているのですね?信じていいのですね?」


 俺も腰を屈めてペンダントを手渡すと彼女の両肩に手を置いてもう一度伝える。


「ああ、直接それを渡すように頼まれてたんだ。こんな形になってしまったけど会えてよかった。後で案内するよ」


 そう言うと彼女は目から涙を溢れさせ泣き始めてしまう。


「……なんとか、って感じだな」


 駆け寄って来る皆を見ながら安堵のため息を吐く。全員満身創痍だけど、一つ目的は果たした。後はラトラに入って休ませてもらいながら俺の記憶やら龍弥からの伝言なんかを……


「……しの、勇人から…………」


 今のはリリィクの声?しかし、何だこの殺意に満ちた声は……?駆けて来る皆の表情も険しい。


「ぐっ……かはぁっ…………!?」


 突然リュレーゼが吐血して苦しそうにもがき始める。その喉元から……何だ?……赤い液体に塗れた銀色の…………細剣!?


「私の……私の勇人から離れろぉっ!!!!!!」


 リリィクの絶叫。



 ズブズブと突き立てられる血に塗れた切っ先。



 そうか、俺は……間に合わなかったんだ……


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