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第二章 解き放たれた漆黒の心 3

【ロワール・牢屋】




 暗闇に真紅の瞳が光る。忌々しい小娘の瞳だ。


「やあ、元気にしていたかい……?」


「ああ、生きているだけでありがたいよ。動き回れないのが残念だけど至って健康さ」


 薄暗いこの場所にそんなに真っ黒な格好で来られると一種のホラーだね。まるで瞳だけが空中に浮かんでいるみたいだよ、まったく……


「少し立てこんでいてね。そちらへの尋問の予定も先延ばしさ……」


「それはありがたい事だね。私としてはそのままそっと野に放ってほしいものだが……」


 まあ、それはないんだろうね。彼女たちにとって私は貴重な情報源だ。


「それで、尋問でないのなら一体何の用なんだい?」


 小娘は周りを確認するとフードを脱いだ。周囲に誰もいないということか?人払いでもしたのか?そして、私がここから出られないと確信している、まったく腹立たしいことだが事実だよ。


「そちらはお酒が飲めたかな?こちらのとっておきを持って来たのだけれど……」


 そう言いながら立派な一升瓶をチラつかせてくる。なんでか微妙に嬉しそうなのはどういうことだい?


「ふむ、君は酒を嗜むのかい?私は残念ながら飲めないよ」


「それは残念、では一人で楽しむとしよう……」


 そしてそのままおもむろに瓶に口を付けるとグイッとあおった。注ぐ物も持って来ていないようだし、そもそもそのつもりだったんじゃないのかい?


「普段は周りに止められて飲めないからね……たまにはこうして隠れて飲まないとやってられないのさ…………うっ……」


「おいおい、いきなり吐くつもりかい?それなら周りが止めるのも無理は……ちょっと待ちたまえ、それはどういうことだい?手袋が真っ赤じゃないか……」


 小娘が着けている純白の手袋が鮮血に染まっている。こんな状態じゃあ周りに止められるのも当然というものだよ。


「やれやれ、そこまでして飲む酒に何か得はあるのかい?」


 口元を手で拭いながら小娘が顔を上げる。


「何も……ただ死ねないまま壊れていく自分の体に何をしようと文句はないだろう……?」


 何やらよく分らない事情だが、自己責任だというなら私から言うことは何もない。好きなだけ自分をいじめるといいさ。


「君もエーテル特異体だと思っていたけど、どうやら何か事情が違うようだね。普通ならば酒如きでそんなに吐血するような身体じゃないはずだ」


 私の質問には首を振って応える。


「成り損ないだよ……。エーテルウィルス、あの時ストラーがばら撒いたアレが多くのエーテル特異体を生み出した……。しかし、適合せずに大量の死人を出したのも事実……こちらはその中間、特異体としての特徴は得たが馬鹿みたいな不死性は手に入れられなかったのさ……」


「それは……」


「いつか死ぬということさ……。ただ、壊れた身体は微妙に回復するし、どんなに苦しんでもまだ死ぬ気配はない……。まるで拷問さ……」


 半ば諦めたかのように吐き捨てる。まさか私が固執していた相手にこんな弱点があろうとは、まったく上手く隠していたものだよ。……たとえまだ私に力が残っていたとして、そんな弱点を突いても意味はなかったんだろうけどね。


「で、そんな秘密を私に見せつけて一体どうするつもりだい?そんな状態の君に勝てなかったことを馬鹿にでもしに来たのかい?」


 ゆっくりと首を横に振る。一度口の辺りを確認してから


「いや、血は勝手に出てきただけさ……そんなつもりはなかったよ……」


 と、のたまう。その言葉にはもう自分の体について心配する様子は一切なく、もうどうにでもなればいいという諦観すら感じられた。


「……ああ、すまない。酒のせいで余計な時間をくってしまった……。尋問とは別に個人的に少し聞きたいことがあったのさ……少し聞いてくれ……」

 そう言うとこちらの返答を待たずにたどたどしく歌い始めた。





暗く沈んだ海の底



眠るならここにしよう



誰にも見えない



どんな技術でも捜せない



そんな場所で全てを終えよう





「この歌に少しでも聞き覚えはないかな……」


 どうだろうか?歌なんて久しく聞いてはいないが……


「その歌、ルアココ、君にとって何か特別な歌ということかな?」


 わざと名前を呼んでみれば「そう呼ぶな」と言わんばかりに睨まれたが、それには触れずに意外とあっさりと答えてくれた。


「こちらが今こうして『ココ・バーゼッタ』として生きている原因の一つだよ。……こちらと、そしてリリ姉さんやガルオム王、カルメア女王にも関係していることさ……。この歌を歌っていた人物が誰なのか知りたいが、この歌自体を誰も知らない……。お手上げさ……」


 それで私なら何か知っているかもしれないと思って聞きに来たということか。だが、バーゼッタだけでなくガルマンドにも関係あるもの……そんな事があっただろうか?そう考えながらそのリズムに妙に引っ掛かる部分があった。そうだ、誰かがその音程を鼻歌で歌っていたような……


「……ああ、わかった。魔道砲の小僧だよ。水の方のね」


「水の方……?」


 紅蓮の魔道砲使いの幼馴染みだったか?先に召喚されていたあの小僧をロワールに来る前に少しの間だけ監視していたことがあった。その時に聞いたのがこの歌のメロディだ。


「ああ、君のその音程と私の記憶に間違いがなければあの小僧はその歌を知っている。なんなら紅蓮の魔道砲使いにでも聞いてみたらどうかね?あの二人は幼馴染なんだろう?……ついでに君が今そうして『ココ』として生きている理由も知りたいものだがね」


「……それは……そうだね、構わないよ……ただ、まずはその歌の事が解決してからだ……」


 私から視線を外して耳に着けているのであろう通信機に手を当てて話し始める。相手は間違いなく紅蓮の魔道砲使いだろう。


 だがこの件、何かとてつもなく嫌な予感がしてきた。やれやれ、私には関係ないことのはずなのに困ったものだ。杞憂であればいいのだが……

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