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第二章 解き放たれた漆黒の心


 ぐっ……うう……なんと、何ということだ……。あの女、真に恐ろしいのはあの女だ。こうなることを全て見こして動いていたとでもいうのか。あらゆるものを欺いて、我々の、いや、私の計画も全て無駄だとずっと笑っていたのだなぁ?許さぬ、許さぬぞ。本物のあの方以外をそうだと認めてなるものか。あの時の裏切りも全て仕組まれたシナリオだと言われて納得できるものか!おのれ、おのれおのれ、忌々しい女狐めが!!


「ぬぅ、身体さえまともに動かせたなら……」


 せめて復讐を、復讐だけでも完遂せねば。全てを無駄にされる前にガルオムの悲痛に歪む顔だけは拝ませてもらわねば死んでも死にきれん。もう猶予はあるまいな。一刻も早く幻像を構築し直さなければ。







  第二章 解き放たれた漆黒の心







「ドラグアグニル!何処だ!?何処に行った!?」


 城中を捜し回っても姿が見えない。七美がバーゼッタ全体を見て来てくれたが、やはりいない。いつでも出撃できるようにと準備された荷物だけが部屋の片隅にポツンと残されている。


「龍弥様、やはり何処にもいません。捜索を続けようにも我々だけでは……」


「そうか、一体どうしたもんか……」


 念のためにともう一度捜索に出ていた七美が戻ってきた。この状況、何か良くない事が起きている。トーマの野郎がいないことで誰かが勝手に動いたか?そうなると考えられるのは一人しかいないか……


「ヒナマリアス!どうせ近くで見てるんだろう?出て来い!」


「あらあら、バレていたのね。うふふ、いえ、どう考えてもわたくししかいませんものね。」


 少し甘い香りを漂わせながらヒナマリアスが姿を現す。この香り、大量に吸い込まないように気を付けないと危険だ。


「ドラグアグニルに何をした?」


「別に何もしてませんわ。戦いに行くのに悠長に準備などしていたものだからお手伝いしてあげただけですもの。ええ、そうですとも、うふふ。」


 怪しく微笑みながらこちらに手を差し伸べようとしてくる。危険だ、何の躊躇いもなく人を道具に変えようとしてくる。こいつにしてもアントラメリアにしても、どうしてトーマの野郎は従えることが出来るんだ?


「うふふ、怖い顔なさらないで。わたくしの香りが効きづらいナナが傍に居る限りは貴方に手は出せませんもの、安心なさって」


「そうか、それは不安だ。ナナは今からドラグアグニルを捜しにここから出て行くからな」


「えっ、龍弥……様、それは!?」


 そうするしかない。彼女の向かった先は間違いなく勇人達の所だ。こいつの香りで操られているとなると戦いになるはず。そして、いくつかの断片的な情報から彼女は龍と呼ばれる存在との合成に成功した被検体の一人、強い力を持っているのは間違いない。向こうが戦力的に申し分ないのは重々承知しているが、そうなると彼女の命が保証できない。オレ達のことを心配して説得を提案してくれた彼女のことなんて勇人達は知らないわけだ。オレとしては何としても彼女をトーマを倒すときの戦力にしたい。だからこそストッパーがいる。


「心配は無用だぜ。水の障壁ぐらいは張れるからな」


「それは困りましたね。水は苦手ですもの。ええ、ええ、これでは何もできそうにありません、うふふ。まあ、ご心配なさらずともこれ以上掻き乱したりはしませんわ。愚妹の制御で忙しいですもの」


 やれやれといった感じでため息を吐く。忙しいと言いながらもしっかり自分の楽しみを優先していくあたり油断はならないな。


「まあ、オレのことは心配するな。今は勇人達と、これからのことを頼む」


「これからのこと……わかりました。伝えます」


 特に打ち合わせもせず送り出すのは心苦しいが、今は緊急事態だ。視線を合せて頷き合うと七美は飛び出していく。頼んだぞ、オレはここで準備を進めておくからな。


「あらあら、行ってしまいましたわね。……ところであなた、トーマに対してはどういう立場なのかしら?」


「それを聞かれて素直に答えるとでも?」


 くすくすと笑いながら首を振る。


「うふふ、答えなくても何となく察していますわ。わたくしも忠誠を誓っているわけではありませんもの。それは他の皆様も一緒のはず。ええ、そうでしょう?」


 ゼフュールはただ力を使って暴れたかっただけ。パーキュリスはそこに若干の私怨が入り込んだ上に得体の知れないものに操られただけ。アントラメリアとこいつは


「わたくしは争いの後の惨状が見たいだけ。メリアは人殺しがしたいだけ。でも、あなたはどうなのかしら?この争いを止めるつもりなのかしら?ここの奪還が始まれば間違いなくたくさんの命が散っていく。それを邪魔するつもりならば、いっその事ここで殺して差し上げた方がよろしいのでは?ええ、そうしてしまいましょうか。うふふ……」


「……本気でやり合うつもりなら魔道砲を使うぞ。受ける覚悟はあるか?」


 何か仕掛けてくるつもりなら容赦なんてできない。本気で潰させてもらう。……が、どうせ本気ではないんだろうな。ニヤニヤと笑ってこちらの表情を眺めて楽しんでいる。


「嫌ですわ。痛みを喜んで受けるのはメリアの趣味ですもの、うふふ。わたくしは争いの跡が見られればそれでいいのですわ。ですから、そこに関してだけは邪魔しないでいただきたいと念押しを……あら?嫌ですわ。ちょっと愚妹が暴れそうなので失礼を……」


 特に話題が広がる様子もなかったし、さっさと居なくなってくれるのは助かるな。さて、七美に動いてもらっている間にオレも更に情報を集めよう。事がうまく進めば恐らくはすぐに勇人達とも合流することになるだろう。それまでにトーマの本体の場所をなんとか探り当てなければ。


「森の中、反応があったのはこの辺りか。ワイズマン隊はこの辺りに進むように誘導させている……」


 少し焦っているのか、自分でも意図せずに考えが口から洩れてしまっている。トーマのことだけならここまで焦ることもないが、もう一人警戒しておかなければならない状況では流石に完全に落ち着くのは無理だ。一応その事もキサラギに伝えておくか……


 ほんの少し前までは勇人達と合流出来れば一気に解決に近付くと、そう思っていたんだけどな。新たな問題が目の前にちらつく度に不安ばかりが募ってしまう。


「勇人、そっちは頼んだぞ」


 言っても仕方の無い一人言を呟いてからキサラギとの情報共有を開始する。情報がすぐ出てくるわけじゃないのは分かっているが、今はそうでもしておかないと落ち着かないんだ。


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