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第一章 迫り来るもの 11


「これでよし!」


 そう言って頬を両手で軽くたたく。身支度を終えた少女は気合を入れると一旦荷物を部屋の隅に置いて窓から見える中庭へと出て行った。


 見上げる空は快晴、心地良いのと同時にこれから戦いに赴く彼女にとってそれはとても心強いものでもあった。戦いだけでなく、もう一つの目的もうまくいきそうだと心は弾んでいるのだろう。


「あらあら、いい顔をなさるのね。何か良い事でもあったのかしら?それともこれからあるのかしら?そうなのでしょう、ドラグアグニル?」


 甘い香りと共に近付いてきた人影に眉をひそめる。歩いてくる女性と少女は仲が悪いのだろうか。お互いあまり良い雰囲気とは言い難い。


「何か御用でしょうか、ヒナマリアス。私は忙しいのです」


 早くどこかへ行ってくれ、とでも言いたげにぶっきらぼうに返すと少女はスッとその場から立ち去ろうとしたが、ヒナマリアスと呼ばれた女性は正面に回り込んで行く手を阻むと額が触れそうなほど顔を覗きこんで問い詰め始める。


「嘘はいけませんね。出撃は先延ばしになったとか?ええ、そうなのでしょう。トーマの姿も見えませんものね」


「それでも準備は進めておくべきでしょう。ですから邪魔をしないでいただきたい」


「邪魔だなんて、わたくしはそこまで肩肘を張らずに少しゆったりなされたらと気を利かせているというのに。まったく、お固くていけません。ええ、いけませんね」


 そう言いながら少女の頬に手を添える。


「無防備、駄目ですよ。ええ、駄目ですとも、うふふ……」


 少女は一瞬しまった、という表情を浮かべたが、すぐにスッと無表情になってしまった。


「説得だなんていけませんわ。あれは敵、敵でしかないのです。わかりますか?ええ、わかりますでしょう」


 蕩けるような声が少女の脳を支配していく。香手のヒナマリアス、その手から発する香りを使い生物を操ることに長けたストラーの実験体の一人。その香りに捕らえられた者はただの操り人形になり下がるしかない。


「大事なのは血の臭い、腐った肉の臭い、むせかえる地獄のような臭い!だから争わなくては、蹂躙しなくては、殺戮しなくては!ええ、ええ、そうでしょうとも!!」


 ドラグアグニルは応えない。踵を返すと虚ろな表情ながらも確かな足取りで、誰にも告げることなく城の外へと姿を消してしまった。


「うふふ、争いに甘い考えは必要ありません。全て殺して、わたくしの大好きな臭いで大地を染めてもらわなくては。しっかり働いていらっしゃい。ええ、働くしかないのでしょう、うふふふふふ……」


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