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第一章 迫り来るもの 10

 流石にもう夜が明けようとしているこの時間なら誰もいないと思ったのですが、そうもいかないようです。


「む、君か。こんな時間に人が来るとは思わなかった。」


「同感です。昨日は疲れてすぐ寝てしまって入れなかったので……」


 何気なくミューの隣に来てしまいましたが……


「…………」


「……………………」


 な、何を話せばいいのでしょう?困りました。昔からの知り合いではありますが、それほど親しいわけでもありませんし……


 などと悩んでいる内に、先に口を開いたのはミューでした。


「……私は、君に謝るべきなのだろうな。」


「えっ?」


 私に謝ることなんて……ありますね。でも今更という気もしますし……


「私は別に気にしていませんよ。」


「向こうの世界に送ってしまったことは?」


「そうでなければ勇人に出会えませんでした。」


「そのことで今苦しんでいるのだろう?」


「それはそうですが、あの時貴女が私を連れ戻してくださらなかったら、私、向こうでどんな風になっていたか想像したくはありませんね。」


 今みたいに呪いを抑え込むこともなく、魔法が一般的でない場所で魔法を使って勇人だけに固執する。考えただけでも恐ろしいことです。


「だが、連れ帰ってきたせいでその状態だ。」


「いいえ、そうでなければ呪いを解くための手段もありませんでした。本当に気にしないでください。これは私自身の問題ですから。」


「……ふん、納得はし難いが、君がそうまで言うのならもう何も言うまい。……後で何か言っても謝らないからな。」


 ここで彼女のせいだと激しく罵倒する事だってもちろんできるわけですが、それが何の解決にもならない事はどう考えても明らかです。後の問題は私が呪いに負けない事、大事なことは本当にそれだけなのです。


 ただ、それだけの事が本当にできるのかどうか……先程の事を思い出して怖くなってしまいます……


「ん?どうした、顔色が悪いぞ。」


「いえ、その……」


 相談、してみてもいいのでしょうか?エーテルの扱いに長けている彼女なら何かあっても抑え込んでくれそうですし。


「実は……」


 私はもう呪いを抑えるのが困難な状態になりつつあることを、先程のカスタードの件を交えて伝えてみました。不機嫌そうで興味の無さそうな表情は変わらず、それでも黙って私の目を見て話を聞いてくれました。


「ふん、そういうことは早く話しておくべきだな。で、これから先そうなったとして、私に何を望む?まさか、その時は命を奪ってでも君を止めろとは言わないだろうな?」


「そ、それは……」


 私としてはそのつもりだったのですが……誰かの命を奪うぐらいならば私の命を、と……


「私はある程度何でも出来るが便利屋ではないぞ。それに、もしそんなことをしてみろ、勇人に恨まれるのは私だ。冗談ではない。」


「うっ、そうですよね、ごめんなさい……」


「……追い詰められているのは分かるが、極端すぎる選択だけはするな。そんな選択では誰も喜ばないからな。……当然私もだ。」


 心配してくれているのでしょうか?表情からはよく分かりませんが、心根は優しい人なのかもしれませんね。


「ふん、小さい頃は色々と駆け回って私を見付けると事あるごとに戦いを挑んできていた君がここまで大人しくなるとはな。」


「それは、その……私も若かったというか……」


「まだ若いだろうが……。まあ何にせよ成長したということだな。……ふむ、これも勇人のおかげ、なのだろう?」


「そ、それは!?」


 確かにそうかと聞かれればそうなのですが、どうして唐突にこんな質問をされないといけないのでしょうか!?


「良くも悪くも君が変わったのは勇人に会ったからだ。ならばそれはとても意味のある出会いなんだろう?……いや、なに、私にもそういう出会いがあったのかもしれないなと思ってな。」


「はあ、それは好きな人がいたということでしょうか?記憶を無くす前に。」


 私がそう返すと恥ずかしそうにお湯の中に沈んでブクブクし始めてしまいました。


「あ、あの、大丈夫ですか?」


「ぷはっ!……ふん、そうかもしれないという話だ!もしかしたらそういう話に触れれば思い出すかもしれないと思ってだな!……決してそういう話が聞きたいわけじゃないからな?」


 どう見てもそういう話が聞いてみたいだけのように見えてしまいますが……


「そういう話でしたら私よりもカスタードに聞いた方が……」


「いや、あれは駄目だ。どう考えても胃がもたれるぞ。」


 たしかに、あの二人は見ているだけでもお腹一杯になれますからね、聞かない方がいいでしょう。


「えっと、それでは勇人との事話してみましょうか。私も何か思い出せるかもしれませんし。」


「ああ、頼む。」


 思い出しながら幼い頃の思い出を語っていく。懐かしくて、小さくても今に繋がる大事な思い出。私は忘れない、あの頃の事を、絶対に。そしてこれからの事もきっと……


「……ふむ、流石に呪いの起点は分からないな。」


「あ、そういう目的があったのですね。」


 てっきり私と勇人のが聞きたいだけなのかと……


「いや、メインは君と勇人の話だ。途中でそれが分かれば何か対策できるかもしれないと思ったが、そう簡単にはいかないらしい。何にせよそろそろ頃合いだろう、皆が起きる前に戻るとしようか。」


 そう言って唐突に立ち上がって裸体が露わになります。私よりも背は低いのに胸は私よりも……


「……何を見ている?さっさと行くぞ。」


「はっ、はい、すみません。」


 思わず慌てて後について行ってしまいましたが、別に一緒に行かなくても良かったのではないでしょうか?……でも、これ以上入っていても何も得られないですね。上がってしまいましょう。


「もしこれから先、君が呪いを抑え切れずに人を傷付けることがあったら、その時はその相手の命ぐらいはなんとか守ってやる。自分の事は自分で何とかしろ。」


 ぶっきらぼうにそれだけ言い放って体を拭いて髪は乾かさずに服だけ来てさっさと行ってしまいます。彼女なりに心配してくれているのはよく分かりました。普段はしかめっ面をして何事も面倒くさそうにしている彼女ですが、いつもこうして色々と考えてくれているのでしょうね。ありがとうございます。





 それから、賢者様の魔法で盛大に髪を乾かしてもらっている彼女を見て皆笑顔になって。


 朝食はやっぱり美味しくて、勇人は私の傍に居てくれて……嬉しいのに、でも、やっぱり、その全てを独り占めしたくなってしまって……よくない考えだけが頭の中を占めていきます。


 皆と話して、少しだけその事を忘れて、でも、やっぱり駄目です。暗くて黒い感情だけが渦巻いて、強くなって、もうどうしようもありません。このまま一緒に行くということに関してはとてつもなく嫌な予感がします。でも、私の立場上付いて行かないなんてできるはずもなく……


 ただただ心の奥底から迫り来る恐怖に震えながら、そっと勇人の服の袖を掴むぐらいしか出来ません。勇人はそれに気付いてそっと手を握ってくれます。


 それが嬉しいのに……それでも、私は……


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