君と握手
深優は戸惑うように宝を見た。宝は無言だ。
「台所、借りるよ」
まるで我が家であるかのようにすたすた歩む輝に、深優はやはり困惑していた。なぜ、宝は何も言わないのだろう。常の彼であれば、即座に戦闘態勢に入ってもおかしくはない状況だ。宝は何も言わないまま、深優の手首を柔く掴み、居間の畳に座らせた。
「どういう積りだ、宝」
「あいつには俺たちに危害を加える気はない」
「なぜ断言出来る」
「殺気を感じるか?」
「……」
宝の言うように輝から殺気は微塵も感じられない。
けれど世の中には非常に巧妙に殺気を隠す人間もいる。今の輝がそうでないと言い切れる確証はどこにもなかった。
やがて台所から良い匂いが流れてくる。深優は自分の空腹を自覚した。呑気なものではあるが、それでも双剣はいつでも手の届くところに置いてある。
輝が盆を持って居間に入ってきた。座卓に皿を並べて行く。
「秋刀魚の炊き込みご飯、煮しめ、豆腐の味噌汁、茄子の煮浸し。さあ、好きなもんから喰いな。毒は入ってないぜ」
「お前がまず先に食べてみろ」
宝の冷たい声に、輝は目を大きくし、それから破顔した。
「はっはっは!! はいはい、お嬢さんに食べさせる前の毒見役ね。仰せつかりましょう?」
輝は箸で料理を少しずつ皿に取り、あっという間にそれを平らげた。
「う~ん。旬の味は良いねえ」
実に美味そうに、そのままがつがつ食べるので、深優も警戒するのが莫迦らしくなって、宝と一緒に箸を進めた。輝の料理の腕前は確かだった。彼が言った通り、旬の味覚は深優の胃袋を歓喜させた。
気が緩んだところで、どん、と輝が卓上に置いたものには、流石に深優も躊躇を感じた。
一目で上等と判る日本酒の瓶。かねて思っていたが、輝は食料やこうした酒を、どのように入手したのだろう。今となっては手に入りにくい食材であり、酒である。
「あ、盃ってある? やっぱりこういうのは雰囲気が大事だよねえ」
「台所の水屋にある」
「ほいほいっと」
台所に身軽に向かった輝の背中を見ながら深優は宝に問いかける。
「良いのか、宝」
「問題ないだろう。現にあいつは剣も持っていない。丸腰だ」
「けれど彼は呪術を使う。その気になれば、」
「その時は俺が殺すさ」
さらりと物騒な言葉を返した宝に、深優もそれ以上何も言えなかった。輝が盃を持って戻ってくる。一番に深優に盃を持たせると、とくとくと酒を注いだ。まるで敬うべき相手に対するような態度だ。次に自分の盃を満たし、宝には自分で注げと言わんばかりに瓶を置いた。深優たちを安心させる為であろう、酒も輝が一番に呑み、その安全であることを証明した。
虫の音がすだく夜。
しばらく三人は無言で呑んでいた。深優と宝には輝の目論見を明らかにしたい思いがあった。
輝はそんな二人の思いを知ってか知らずか酒をぐいぐい呑むと、おもむろに懐から林檎飴を取り出した。深優はそれを見て驚く。いくら好物とは言え、酒の肴に林檎飴を食べるなど聴いたこともない。そしてなぜか隣に座る宝から僅かに殺気が感じられた。輝がそれを嘲笑うようにへ、と言って林檎飴を齧る。
「第三勢力の話をしろ」
「はいはい。せっかちだねえ、女に嫌われるよ」
輝はそう言ってちらりと深優を見る。
「始祖様の言うことはこうだ。異形を人工的に生み出そうとする動きがあると。あんたらのお仲間を殺したのも、〝作られた〟異形だ。これはさあ? 俺たち神の目にもあんたら花泊にも歓迎すべからざることだよねえ」
深優は息を呑んだが、隣の宝は動揺の欠片も見せず盃を呷った。
「それで? 本題を言え」
輝が林檎飴を齧り、に、と笑う。
「敵の敵は味方って言うだろ? 神の目と花泊。共同戦線を張らないか、というのが始祖の仰せだ」




