イフ、
遼の死を告げられた後も、深優と宝はそれまでと変わらない日々を送った。送らざるを得なかった。寝て起きて、鍛錬して食べてまた寝る。
二人の喪失感は大きく、とりわけ深優はそれが表情に如実に出ていた。
下手な慰めは逆効果と知る宝は何を言うでもなく、只、深優を見守ることに徹した。
季節は晩秋から初冬に移り変わろうとしていた。
白銀に染めたような涼風が吹き、涼しさより寒さを感じさせる日が増えた。
そろそろ「定期健診」の日だ。
花泊には治療師や医師がいて、傘下の人間の健康管理を担っていた。
京香の恋人である士郎は、その一人だった。
検診が行われる建物のある地区まで、深優と宝は並んで出向いた。二人共、万一の時の為の得物は手にしている。
ビルの中、この時代にしては驚く程清潔に保たれている屋内に、人々が列をなしていた。深優たちもそこに並ぶ。壁には簡単な怪我の対処法などが書かれた紙が貼られている。
「次、どうぞ」
穏やかな声に促され、宝より先に深優が前に進み出る。
個室の中には、丸椅子に座り、温和な笑みを浮かべる士郎がいた。
「久し振りだね、深優」
「士郎、元気で良かった」
深優が返した挨拶に、士郎は眉宇を曇らせた。
「遼のことは、残念だった」
「…………」
「京香が泣いてね。手がつけられなかったよ」
そうだろう、と深優は心中で呟いた。
「それから、神の目が君を欲しがっていると聴いたんだが」
「あ、ああ。なぜか、解らないのだが」
深優は輝や雁金たちのことを語った。
士郎は医師らしい穏やかさと知的さを感じさせる空気を纏い、彼女の話に耳を傾けた。
それから、深優の脈を取ったり、聴診器で胸の音を聴くなどする。
「身体に異常はないね。……神の目たちの話だけれど」
「何か心当たりが?」
「魂魄には信号と言うか周波数のようなものがあってね。深優のそれは少し特殊なんだ。神の目が君を欲しがるのも、そのあたりに起因しているのかもしれない」
それ以上のことは士郎にも解らないようで、診察は終えた。深優と入れ違いに、宝が入室した。
何の問題もないと太鼓判を押され、宝はすぐに診察室から出て来た。深優と連れ立って、帰路に就く。とろりとした黄金が山間に沈もうとしているのが見える。日も短くなってきた。二つの長い影が道に落ちている。
「深優」
「ん?」
「俺が、もし花泊を抜けようと言ったらどうする」
深優の両目が大きく見開かれる。
「――――なぜ、そんなことを。出来る筈がない」
宝はしばらく黙ったまま、深優の顔を凝視していたが、そうだな、と小さく応じた。
始祖はいつまでの猶予を自分に与えるだろう。深優と共に自分が花泊に在ることを、いつまで認めてくれるだろう。
自分が始祖の気に入りだというのは自他ともに認める事実だ。
だが、それに対する甘えが過ぎれば、痛烈な報いを受けるだろう。
烏が数羽、空を飛んでいる。間もなく空は黒に染まる。
思案に耽る宝を、深優が心配そうに見ていた。




