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ドラゴンフライ

 赤の点滅をいくつも内包した卵がびっしり、静かに胎動していた。怒り、憎しみ、悲嘆、苦しみなど、負の要素から生じたそれらは、規則正しく配列され、誕生の時を待ち望んでいた。通常、異形はこうした形では生まれない。ゆえに、これは明らかに「異常な異形」の揺り籠であった。こつこつと鳴る靴音。松明(たいまつ)の火がそれらを照らし出し、見る人間の口は湾曲を描いた。


 九州遠征を終えた深優たちは、うちで束の間の休息をとっていた。深優や宝が住まうこのあたりは、何の仕組みかまだ水道も電気も通っていたので、日常生活にそう不便を感じることもない。家には遼も滞在し、深優や宝と武術の稽古に励んでいた。

 腕力で男性に劣る深優の持ち味は俊敏さである。相手に隙を与えず抜刀し、斬られた自覚も持たせず刃を納める。遼も宝も決して鈍重ではない。寧ろ俊敏なほうだが、速さにおいて深優には敵わなかった。その分、彼らは深優の刀の次の軌道を読む必要に迫られる。これは逃げ足の速い異形と遭遇した場合の、良い鍛錬になった。一通り、稽古を追えると、次は腹が鳴り、消費したエネルギーの充電を求める。簡素な栄養食を水で咽喉に流し込む。米はそうそう手に入らないのだ。そもそも、米を作る水田、肝心な素地が圧倒的に不足している。誰もが思い浮かべる水田の広がる光景は、今では桃源郷に等しい。


「仁はまだ来ないのか?」

「遼。総帥と米をイコールで結び付けているだろう」

「まあな」


 宝の突っ込みに、遼は悪びれず肩を竦める。そもそも、花泊の総帥を呼び捨てにするあたりからして、遼のざっくばらんな性格が表われている。仁を親代わりとする深優でさえ、彼を総帥としか呼ばないのに。いや、名前で呼べと言われたことは何度かあったが、深優が固辞したのだ。序列を明確にしたいと言って。そのたび、仁の緑の目に宿る寂寞を、感じながらも。ぽん、と深優の頭に遼の手が置かれ、わしわしと手荒く撫でられる。


「ちょ、何だ」

「もっとお前も仁に甘えりゃ良いんだ。深優が喰いたいって言えば、仁は嬉々として米を調達するぜ?」

「……そんな我が儘は言えない」


 宝は二人の遣り取りの間、赤蜻蛉を指に留まらせて黙していた。

 秋の長閑な陽光が庭に座る三人を包み込む。麗らかな日和だった。宝は赤い双眸で深優と遼を見る。兄妹のようだと思い、自分と深優もまたそのように目されているのだろうと考える。指の赤蜻蛉はいつの間にかどこかへ行った。蜻蛉はドラゴンフライとも呼ばれる。ああ見えて肉食なのだ。宝は、自分と似ているかもしれないと思った。


「魂の練り上げが桁違いなんだよな、深優は」

「そうか?」

「俺でもちいとばかし及ばない」

「でも、私より遼は強い」

「それは経験値の差とかな。色々。お前ももっと実践を積めば、その内、俺より戦えるようになるさ」


 そう言って遼は紅葉した大樹に寄り掛かる。その赤銅色の髪が、赤い葉に紛れて、一体化しているように見える。紫色の目が、宝石のように煌めく。


「あと数日もしたら俺は発つ。京香にもよろしく言っといてくれ」

「任務か?」


 訊いたのは宝だった。遼が頷く。


「中部地方が荒れてるらしい。神の目に出くわすと厄介なんだが」

「俺も行こうか」


 宝のこの申し出には深優だけでなく遼も目を見張った。宝は基本的に人に干渉しない。また、干渉されることも好まない。


「いや、お前まで出張るほどのもんじゃないよ。宝は深優と一緒にいな」


 目を和ませた遼の口調は優し気でいて、断固としていた。

 遼の突出した力は宝も深優も知るところである。花泊において、宝と遼は双璧と称されることしばしばだ。宝の気遣いは不要だと、遼は言外に告げた。宝は数秒、考える表情をしたが、そうか、とだけ呟いてそれ以上何も言わなかった。




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