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チャージ

 今日はもう異形の襲撃はないものと見越して、深優と京香はたらいに張った湯で身体を拭った。汗と砂でべとついた肌に、湯が心地好い。貴重な水を、わざわざ沸かしての待遇は、酒宴にも勝るものだった。仕切りのある部屋の、コンクリートの床の上で衣服を脱ぐと、湯に浸した布で腕や脚を拭く。夕日がもう沈もうとしているのが、光りの差す加減で判る。

 また永らえた。

 輝があの時いなければ、自分はどうなっていただろうと考えると、深優はぞっとする。拭い終えた身体を、大きなたらいに浸ければ、ほ、と息が出る。即席の簡易風呂だ。仕切りの向こうでは京香が湯を使う音が聴こえる。美咲はあとからと言っていた。彼女は食糧調達の人々の護衛を買って出たのだ。それでは悪いと深優らは言ったが、新参だからこれくらいさせて欲しいと彼女は笑った。そんな濃やかな心遣いが出来るあたり、美咲のこれまでの苦労を偲ばせるものがある。隻眼で戦い抜いてきて、どれだけの辛苦があったことか。深優はもう、美咲を花泊の一員として迎え入れる心境になっていた。たらいから出て身体を乾いたタオルで拭き、青い衣服を着る。しばしの憩いの終わり。特別な刺繍の施されたこの服を纏うと、戦闘に赴く心地になる。京香はまだかかるようだ。先に出ると声を掛けて、深優は広間に向かった。


 台所では美咲が女性らに交じり調理の手伝いをしている。そういう作業が苦にならない性分らしく、器用に包丁などを扱っている。深優に気づくと、今晩は鶏と野菜の煮物だと告げた。出汁の匂いだろうか。食欲を刺激する芳香が鼻につく。広間では遼と宝、そして里穂が円になり談笑していた。遼は野良猫に懐かれたらしく、ぴったり身体を寄せて猫は熟睡している。残照が、彼らの顔を暗い橙に彩っていた。深優は台所の加勢に回り、煮炊きを担った。女性たちの中には戦闘員もいれば非戦闘員もいて、どちらも和やかに、且つ友好的に深優を迎え入れてくれた。

 割れた硝子にはひとまず青いビニールシートが被せられている。

 日が落ち切ると、ランプの灯りの中、夕食が始まった。戦死者も出ず、大物の異形の群れを討伐出来たことで、皆にどこかしら安堵した空気が流れている。


 そんな彼らを離れたところから観察する人間がいた。

 輝と雁金だ。

 二人はビルから離れた塔に立っている。双眼鏡を輝が覗き、口端を吊り上げる。


「美味そうなもん、喰ってるなあ」

「羨ましいね」


 輝と雁金の夕食は、味気ない栄養食品だ。

 ふわりと、近衛蛍が周囲を舞う。それは輝の持つ双眼鏡の前を横切り、光の軌跡を描く。


「様子はどうだい?」

「どっちの?」

「深優様さ」

「元気そうだよ、お嬢さんは」

「それは重畳」


 これだけはなくてはならないと言うように、輝は双眼鏡を置いて、懐から林檎飴を取り出し、包みを開けると齧り出した。雁金が呆れたように言う。


「飽きないねえ」

「呪力、結構使ったしな。補わねえと」

「好物であるほどチャージされるって面白いな」

「不便でもあるぜ? このご時世」

「それは言えてる」


 くく、と雁金は咽喉の奥で笑う。

 そして、もう一人のほうも元気そうだと輝から渡された双眼鏡を覗いて思った。




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