白々とした朝
「もう行くの?」
緩く波打つ黒髪を、しどけなく掻き上げながら尋ねられ、雁金は起こしたかと心中で舌打ちした。
「うん。またね。真伊緒」
「雁金のまたねは、信用出来ない」
真伊緒が、香炉から登る白い煙の中、赤い唇を尖らせる。その仕草さえ色香がある。はだけた牡丹柄の赤い襦袢からは白い胸元が垣間見え、柔らかなそれの感触を雁金は思い出した。そしてそんな自分に苦笑する。簾を上げて、立てかけてあった刀を腰に差す。
荒廃した土地に点在する街の中には遊郭もある。
男が渇きを潤すのに求めるものは水ばかりではない。そして貴重な情報を、枕辺で落とす者も少なくなかった。雁金が真伊緒の元に通うのは、情報を得る為であり、また、単純に柔肌を恋うる為でもあった。真伊緒の黒髪には高価な鼈甲や珊瑚の簪が挿してある。それがこの遊郭における真伊緒の地位を物語っていた。ゆえにこそ、雁金が彼女を選んだとも言える。位が高ければ高い程、相応の客がつく。相応の情報が落ちる。雁金は唇をぺろりと舐めると、真伊緒に挨拶代わりの口づけをした。肉感的で、蜜でも塗ってあるのかと思うくらいに甘かった。
遊郭を出ると日差しが白い道を照りつけていた。遊郭に入れない女が、それでも身を売る為に店の軒先に座り込んでいたりする。中には金銭を乞う、縁の欠けた茶碗を置いている女もいて、雁金はちゃりーん、と澄んだ金属音を立ててその茶碗に持っていた硬貨を投げ入れた。女が卑屈な笑みを浮かべ、何度も頭を下げる。
皆が生きるのに必死だ。それは大戦前も今も変わらない。
深優の目を思い出す。
懊悩を抱えながらも強く生きる戦士の眼差し。美しいな、と素直に感嘆した。
それでこそ始祖の――――。
泣き喚く声と怒声に顔を上げれば、まだ幼い子供とその子を抱きかかえる母親と思しき女、そして屈強な数人の男がいた。
「だからよ、そのガキの粗相の落とし前をどうつけるっつってんだ」
「すみません、すみません、堪忍してください」
「金がねえならなあ? 他に払いようがあるだろ? あ?」
「――――私はそういう商売をする者ではありません」
「は、こんなとこにいてよく言うぜ。お高くとまりやがって」
聞き苦しく目障りだった。雁金の顔が酷薄な色を帯びる。
女と男たちの間に、無理矢理、身体を割り込ませた。
「何だてめえ」
「雁金。君がこの世で最後に聴く名前だ。憶える必要はない」
「ああ?」
すごんだ男の、頸動脈が断ち斬られた。
瞬息の抜刀ゆえ、男は何も解らず冥途へと旅立っただろう。おびただしい血が流れる。他の男たちは事態をよく把握出来ず、そしてそのまま、やはり最初の男と同じ冥途への列に並ぶ羽目になった。血の臭いが濃くて不快だ。雁金の嗅覚は鋭い。返り血を浴びて震える女の無事を確認すると、刀を一振りし、鞘に納めた。足早にその場を去る。騒ぎを聞きつけた一帯を取り仕切る元締めの配下たちが来る前に、この街を出たい。朱色に塗られた門が近く迫ったあたりで、雁金の背中に女の礼を言う声が届いた。




