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君が望んだ世界で僕は笑う――裏切られた天才が仕組んだ完璧な崩壊劇  作者: ledled


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第二話 僕が用意した舞台で踊れ――君たちの破滅は、もう止められない

それから三ヶ月が経った。僕はアメリカ、ボストンにある名門大学の寮で、新しい生活を始めていた。ここでは誰も僕の過去を知らない。僕はただの天才プログラマーとして、教授たちから一目置かれる存在だった。英語での授業にも慣れ、同級生たちとの交流も順調だ。日本にいた頃よりも、ずっと充実した日々を送っている。


でも、完全に過去を忘れたわけではない。時々、夜中に目が覚めると、瑠璃の泣き顔が脳裏をよぎる。でもそれは罪悪感ではなく、ただの記憶の残滓だ。僕がやったことは正しかった。そう自分に言い聞かせている。


ある日の夜、寮の部屋でノートパソコンを開いていると、奏からビデオ通話の着信があった。


「透哉、元気か?」


画面の向こうで、奏が笑顔を見せた。時差の関係で、日本は昼間のはずだ。


「元気だよ。そっちは?」

「まあまあ。ちょっと報告があってな」


奏の表情が少し曇った。


「久我さんと鷹取のことなんだけど」


僕の手が一瞬止まった。


「二人とも、もう学校辞めたよ」

「...そうか」

「久我さんは、都内の別の高校に転校したらしい。でも噂はついて回ってるみたいで、そこでも孤立してるって聞いた」

「鷹取は?」

「あいつはもっと悲惨だ。親父の会社が倒産して、家族で夜逃げ同然に引っ越したらしい。どこに行ったかは誰も知らない」


奏は複雑そうな表情をしていた。


「透哉、お前...後悔とかしてないか?」

「してない」


僕は即答した。


「彼らは僕を裏切った。その代償を払っただけだ」

「そっか。まあ、お前がそう言うなら」


通話を終えた後、僕は窓の外を眺めた。ボストンの夜景が、きらきらと輝いている。瑠璃と鷹取の人生は崩壊した。でも、それは僕のせいだろうか? 彼らが最初に僕を裏切らなければ、何も起こらなかった。自業自得だ。


それから数週間、僕は日本のことを考えないように努めた。研究に没頭し、新しいプログラムの開発に取り組んだ。でもある夜、日本の掲示板サイトを何気なく覗いてしまった。そこには、僕の母校のスレッドがあった。興味本位で開いてみると、そこには衝撃的な書き込みがあった。


『久我瑠璃、自殺未遂らしい』

『マジで?』

『転校先でもいじめられてたみたい。で、先週ビルから飛び降りようとして、通行人に止められたって』

『凪原くんに振られてから、完全に壊れたよな』

『自業自得じゃね? 人のこと道具扱いしてたんだから』


僕は掲示板を閉じた。手が震えていた。自殺未遂。瑠璃が、死のうとした。僕は深呼吸をして、自分を落ち着かせようとした。これは僕のせいではない。彼女が勝手に追い詰められただけだ。でも、心の奥底で小さな声が囁く。本当に? 僕は頭を振った。今さら同情する必要はない。彼女は僕を傷つけた。それに対する報いを受けただけだ。


翌日、講義に集中できなかった。教授の言葉が耳に入ってこない。昼食後、寮に戻ると、また奏から連絡が来ていた。テキストメッセージだ。


『透哉、久我さんのこと聞いたか?』

『聞いた』

『お前...本当に大丈夫か?』

『大丈夫だ』

『嘘つくなよ。お前、絶対に何か感じてるだろ』


僕はしばらく返信を迷った後、正直に答えた。


『わからない。少し、複雑な気持ちだ』

『そうだよな。どんなに憎くても、元カノが死にかけたら気になるよ』

『でも、僕のせいじゃない』

『それも分かってる。ただ、お前が自分を責めないようにって思ってさ』


奏の優しさが、胸に染みた。


『ありがとう、奏』

『いいって。何かあったらいつでも連絡しろよ』


僕はスマートフォンを置き、ベッドに横になった。天井を見つめながら、過去三ヶ月を振り返る。僕は復讐を完遂した。瑠璃も鷹取も、社会的に抹殺した。でも、それで僕は幸せになったのだろうか? 確かに、新しい環境は刺激的だ。でも、心のどこかに空虚さがある。復讐は達成したが、失ったものの方が大きかったのかもしれない。


夜になって、僕は思い切って瑠璃の現在の連絡先を調べることにした。転校先の学校名は奏から聞いていたので、そこから辿れば見つかるはずだ。一時間後、僕は瑠璃の新しいメールアドレスを見つけた。メッセージを書こうとして、何度も消した。何を言えばいいのか、わからなかった。謝罪? 同情? それとも、さらに追い打ちをかける言葉? 結局、僕は何も送らなかった。


でも、翌日の夜、瑠璃からメールが届いた。まるで僕が彼女の連絡先を調べたことを知っていたかのように。件名は「最後のお願い」。僕は恐る恐る開いた。


『透哉へ

突然連絡してごめんなさい。でも、これが最後だから聞いてください。

私は今、毎日が地獄です。転校先でも、元の学校での噂がついて回って、誰も私と話してくれません。廊下を歩けば陰口を叩かれ、教室では一人ぼっちです。

親も、私のせいで恥をかいたと言って、もう私を見る目が冷たいです。

聖くんとも、もう連絡が取れません。彼の家族は引っ越して、電話も繋がらなくなりました。

全部、私が悪かったんです。透哉を裏切って、傷つけて、調子に乗っていた私が。

でも、透哉。これは、やりすぎじゃなかったですか?

私が間違っていたのは認めます。謝ります。何度でも謝ります。

でも、私の人生を完全に壊すほどのことだったんでしょうか?

先週、私はビルの屋上に立ちました。飛び降りれば、全てが終わると思いました。

でも、怖くて飛べませんでした。

透哉は今、幸せですか? 私を苦しめて、満足していますか?

もしまだ少しでも、私に対して何か感情が残っているなら、お願いです。

許してください。

もう十分、罰は受けました。

これ以上、私を苦しめないでください。

久我瑠璃』


僕はメールを何度も読み返した。瑠璃の絶望が、文章から滲み出ていた。僕は彼女を許すべきなのだろうか? でも、許したところで何が変わる? 彼女の人生が元に戻るわけではない。僕は返信を書き始めた。


『瑠璃

君のメール、読んだ。

君が苦しんでいることは理解した。でも、僕にできることは何もない。

君が言う通り、君は罰を受けた。でもそれは、僕が与えた罰ではなく、君自身の行動の結果だ。

君は僕を裏切り、利用した。その事実が明るみに出ただけだ。

僕は君の人生を壊したわけじゃない。君が自分で壊したんだ。

だから、僕に許しを求めないでほしい。

君が本当に反省しているなら、これからの人生で償っていけばいい。

僕はもう、君の人生に関わるつもりはない。

さようなら。

透哉』


送信ボタンを押した後、僕は深いため息をついた。これで、本当に全てが終わった。でも、なぜか胸の中がざわざわしている。


その夜、僕は久しぶりに悪夢を見た。瑠璃がビルの屋上から飛び降りる夢だ。彼女は落ちながら、僕の名前を叫んでいた。目が覚めたとき、冷や汗をかいていた。僕は何をしたんだろう。復讐は正しかった。でも、その代償がこんなにも重いとは思わなかった。


翌朝、教授に呼び出された。


「凪原くん、最近様子がおかしいね。何かあったのかい?」


教授は心配そうに僕を見た。


「いえ、大丈夫です」

「無理しないでね。カウンセラーもいるから、必要なら相談してほしい」

「ありがとうございます」


僕は研究室を出て、キャンパスを歩いた。アメリカの大学は、日本とは全く違う雰囲気だ。学生たちは自由で、のびのびとしている。僕もその一員になれたはずだった。でも、心の中には日本での出来事が重くのしかかっている。


午後、図書館で勉強していると、同じクラスの女子学生、エミリーが声をかけてきた。


「ねえトウヤ、今夜パーティーがあるんだけど来ない?」

「パーティー?」

「うん。寮の友達が誕生日でさ。楽しいよ、絶対」


僕は少し迷ったが、断ることにした。


「ごめん、今日は気分じゃないんだ」

「そっか。残念。じゃあまた今度ね」


エミリーは笑顔で去っていった。僕は彼女の背中を見送りながら、思った。もし瑠璃と出会わなければ、もし裏切られなければ、僕はもっと素直に人を信じられたのだろうか。復讐は達成した。でも、僕の心は癒えていない。


その夜、僕はまた日本の掲示板を見てしまった。最新の書き込みには、鷹取聖の近況が載っていた。


『鷹取、工場で働いてるらしい』

『マジ? あの金持ちのボンボンが?』

『親父の会社潰れて、借金まみれらしいよ。夜間定時制の高校に通ってるって』

『因果応報だな』


僕は複雑な気持ちで画面を見つめた。鷹取も、完全に人生が狂った。これも僕の復讐の結果だ。でも、なぜだろう。達成感よりも、虚しさの方が大きい。


翌週、僕は大学のカウンセラーを訪ねることにした。このままでは、精神的に持たないと感じたからだ。カウンセラーは、五十代くらいの優しそうな女性だった。


「何か悩みがあるのね。話してみて」


僕は少し迷った後、全てを話すことにした。瑠璃との関係、裏切り、そして復讐。カウンセラーは黙って聞いていた。


「それで、今はどんな気持ち?」

「わかりません。復讐は成功しました。でも、幸せじゃないんです」

「それは自然なことよ。復讐は、傷を癒すものではないから」

「じゃあ、僕は何のために復讐したんですか?」

「それは、あなた自身にしかわからないわ。でも一つ言えるのは、復讐は終わった。これからどう生きるかは、あなたが決めること」


カウンセラーの言葉は、シンプルだが重かった。復讐は終わった。これからどう生きるか。僕は、まだその答えを見つけられていない。


その夜、寮に戻ると、また瑠璃からメールが届いていた。今度は短い文章だった。


『透哉

あなたの言葉、よくわかりました。

もう連絡しません。

でも、最後に一つだけ。

私は本当に、あなたのことを愛していた時期もありました。

それが嘘じゃなかったことだけは、信じてください。

さようなら。

瑠璃』


僕はメールを閉じた。彼女が本当に僕を愛していたかどうか、もうどうでもいい。過去は変えられない。僕は前を向いて生きていくしかない。


それから一ヶ月が経った。僕は徐々に、日本での出来事を受け入れられるようになってきた。完全に忘れることはできないが、少なくとも日常生活に支障はなくなった。研究も順調で、教授からは新しいプロジェクトのリーダーに推薦された。同級生との関係も良好で、エミリーとは時々一緒にランチを食べる仲になった。


ある日の夕方、エミリーがこう言った。


「トウヤ、最近表情が明るくなったね」

「そう?」

「うん。前は何か暗い影があったけど、今は違う。何かあったの?」

「いや、特に何も。ただ、少しずつ前を向けるようになっただけ」

「それは良かった。人生、過去に囚われてたらもったいないもんね」


エミリーの言葉は、カウンセラーと同じことを言っていた。過去に囚われるな。


その夜、僕は久しぶりに奏にビデオ通話をかけた。


「透哉、元気そうじゃん」

「まあね。最近は落ち着いてきた」

「良かったよ。心配してたんだぜ」

「ありがとう。そっちはどう?」

「俺は相変わらず。でも、お前がいなくなってから、学校がつまらなくなったな」


僕たちはしばらく雑談をした後、奏が真面目な顔になった。


「透哉、一つ聞いていい?」

「何?」

「お前、復讐したこと、後悔してる?」


僕は少し考えてから答えた。


「後悔はしてない。でも、もっと別の方法があったかもしれないとは思う」

「そっか。まあ、終わったことは仕方ないよな」

「うん。僕はこれから、前を向いて生きていく」

「それでいい。お前らしいよ」


通話を終えた後、僕は窓の外を眺めた。ボストンの夜は、相変わらず美しい。瑠璃と鷹取は、今どこで何をしているんだろう。もう知る必要はない。彼らは彼らの人生を生きていく。そして僕は、僕の人生を生きていく。それでいいんだ。


数週間後、僕は思い切って瑠璃にもう一度だけメールを送ることにした。でも今度は、復讐のためでも、彼女を責めるためでもない。


『瑠璃

元気にしてるか?

僕は今、アメリカで新しい生活を送っている。毎日が充実していて、少しずつだが前を向けるようになってきた。

君にも、同じように前を向いてほしい。

過去は変えられない。でも、未来は変えられる。

君が本当に反省しているなら、これからの人生で誰かを大切にすることで償えばいい。

僕はもう、君を許すとも許さないとも言わない。

ただ、お互いに前を向いて生きていこう。

それが、僕たちにできる最善のことだと思う。

透哉』


送信した後、僕は不思議と心が軽くなった。これで本当に、全てが終わった。返信は来なかった。でも、それでいい。瑠璃も、自分の人生を歩み始めたのだろう。


十二月のある日、僕は研究室で新しいプログラムの開発に取り組んでいた。これは医療分野で使えるAIで、将来的には多くの人の命を救える可能性がある。僕の才能を、復讐ではなく、人のために使う。それが、これからの僕の生き方だ。


夕方、エミリーが研究室に顔を出した。


「トウヤ、今夜クリスマスパーティーあるんだけど、来ない?」

「クリスマスパーティー?」

「うん。もうすぐクリスマスでしょ? 寮のみんなで集まるの」


僕は少し考えて、頷いた。


「わかった。行くよ」

「やった! じゃあ七時にロビーでね」


エミリーは嬉しそうに去っていった。僕は窓の外を見た。雪が降り始めている。去年のクリスマスは、瑠璃と一緒に過ごした。彼女にプレゼントを渡して、彼女も僕に手編みのマフラーをくれた。あのマフラーは、もう捨ててしまった。今年のクリスマスは、新しい仲間たちと過ごす。それでいい。過去は過去。未来は未来。


パーティーは予想以上に楽しかった。アメリカの学生たちは、とにかく陽気で明るい。音楽が流れ、みんなが踊り、笑い合っている。僕も久しぶりに心から笑った。エミリーが隣に座って言った。


「楽しんでる?」

「うん。誘ってくれてありがとう」

「トウヤは本当に変わったね。最初に会った時は、もっと暗かったのに」

「そうだったかな」

「うん。でも今は、すごくいい笑顔してる」


僕は少し照れくさくなって、視線を逸らした。


パーティーが終わった後、寮の部屋に戻って、僕はベッドに横になった。天井を見つめながら、この一年を振り返る。裏切り、復讐、後悔、そして新しい一歩。全てが僕を成長させてくれた。瑠璃と鷹取には感謝すべきなのかもしれない。彼らがいなければ、僕は今もあの狭い世界で生きていただけだった。裏切られたことで、僕は本当に大切なものが何かを知った。そして、復讐を通して、自分の力を知った。これからの人生、僕は誰かのために生きていく。自分の才能を、世界のために使っていく。それが、僕が選んだ新しい道だ。


翌朝、僕はスマートフォンで日本のニュースをチェックした。習慣になっていたが、もう瑠璃や鷹取のことを調べることはしない。彼らがどうなろうと、もう僕には関係ない。それよりも、目の前の研究に集中しよう。教授が期待してくれているプロジェクトを、成功させよう。新しい友達との関係を、大切にしよう。そして、いつか本当に信頼できる人と、新しい恋をしよう。過去に囚われるのは、今日で終わりだ。


僕は窓の外を見た。雪が止んで、青空が広がっている。新しい一日の始まりだ。そして、新しい人生の始まりだ。


君が望んだ世界で、僕は笑う。でももう、それは復讐の笑いではない。新しい未来への、希望の笑顔だ。


瑠璃、鷹取。君たちにも、いつか新しい未来が訪れることを願っている。それが、僕が最後に君たちに送る言葉だ。さようなら。そして、ありがとう。僕を裏切ってくれて。おかげで、僕は本当の強さを手に入れた。


僕はノートパソコンを開き、新しいプログラムのコードを書き始めた。指がキーボードを叩く音が、静かな部屋に響く。この音が、僕の新しい人生の始まりを告げている。過去は終わった。未来が、今始まる。凪原透哉、十八歳。ボストンの空の下で、僕は新しい一歩を踏み出した。


---


それから二年後。僕は大学を首席で卒業し、シリコンバレーのIT企業に就職した。開発したAI医療システムは、世界中の病院で使われるようになり、多くの命を救っている。エミリーとは、今も友人として連絡を取り合っている。彼女は今、ニューヨークで弁護士として働いている。奏も、日本の大学を卒業して、教師になった。時々ビデオ通話で近況を報告し合う。


そして、僕には新しい恋人ができた。同じ会社のエンジニア、リサだ。彼女は誠実で、優しく、僕を心から信頼してくれている。過去の傷は、完全には癒えていない。でも、それを抱えながら生きていくことを学んだ。瑠璃と鷹取のことは、もうほとんど考えない。たまに、夜中に思い出すことはある。でもそれは、もう苦痛ではない。ただの、遠い記憶だ。


僕は復讐を完遂した。そして、その先の人生を手に入れた。それで十分だ。君が望んだ世界で、僕は笑う。でも今は、本当の笑顔で。

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