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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 4 親愛なる災禍へ

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無法の夢に無粋なし

「お帰りなさい、ジュード君。デートは楽しかったかしら」

「デートって……まあ、楽しかったよ。いい夢を見た気分だ。血なまぐさい空気なんて嘘だったのかもしれないと思い込むくらいには」

「そう。それなら良かった……私も懐かしい夢を見ていたわ。起きたら君が居なかったのは寂しかったけど、今日は帰ってくるって信じてたから」

 透子が日傘を持って立っている姿を見ると安心するのは俺だけだろうか。特別な理由がある訳じゃないが、出会ったあの日を思い出すから……。彼女が傘を差している理由は他でもない、何やらガレージ周りが豪華に装飾されているせいだ。それで明かりが普段より点いているから眩しいという事なのだろう。

「なんか、豪華だな」

 ガレージを解放して外に机まで出しているなんて初めてだ。普段は強盗とか襲撃が来る事に備えて閉ざされているのに、まるでパーティ会場である。車もガレージの中には入れないで庭の端に止めていた。

「すんすん……料理の匂いがします」

「誰か客人が来てるのか? いやでも、ないか」

「もし居ても、こんな所でおもてなしはしないよっ。ちょっと油臭いし、何より生活感しかなくてもてなす場所には向かないし。はいじゃあジュードはこれ持って」

「え?」

 理由くらい説明してもという前にクラッカーを渡される。透子も持っており、この流れはどう考えても紐を引っ張る流れだ。しかし、何の為に?

「ニーナ。今から大きな音が出るぞ」

「え、え?」

「じゃあ行くよー。せーのっ」




「ニーナちゃん、誕生日おめでとうー!」




 音に怯えるよりも、彼女は呆気に取られたように炸裂音を聞いてから立ち尽くしていた。俺はピンと来ていないし、透子は合わせる気が皆無。結果的に川箕だけが祝っていた。

「ちょっと! せめて透子ちゃんは合わせてよ!」

「どういう事だ? クラッカーは鳴らしたけど、ニーナは誕生日なのか?」

「うん、そうだよ。透子ちゃんと昔のSNSの投稿なんか見ててね。あの子のお父さんが娘の誕生日だからってインタビューに答えてる記事を共有してたの。何だっけ、透子ちゃんに翻訳してもらいながら読んだから覚えてないんだけど」

「記事は所謂彼の私生活に迫る取材で『国の未来の為に腐りきった人間を徹底排除する必要がある。いつか国の若者達が非合法な薬物を手に取る選択肢自体が無くなるような未来が訪れるなら私は如何なる犠牲も厭わない。が、今日は娘の誕生日なので仕事の電話は取らない』という発言ね」

「透子って実はクォーターだったりするのか?」

「いえ、世界中を歩いてた時期があったから勝手に覚えただけよ」

「私の…………誕生日…………?」

「あれ? なんか反応がびみょい?」

「お姉様のお気遣いはありがたいのですが、私、お父様とお母様から常々人間一人が生まれた程度の日に特別な事はないと教わっていて、なんと反応すれば良いか……」

「えー! 記事嘘じゃん! 祝ってないの!?」

「対外的な印象を良くする為かしら。記者を抱き込んでたか、それとも本当に騙してたかはともかく」

「家庭の教育はそれぞれだけど、俺達は誕生日を祝ってくれる家庭に生まれたんだ。流石に俺の家族も誕生日はプレゼントをくれたよ。あんまり高い物だけは、兄ちゃんがこっそり買ってくれたっけな」

 その高い物とやらは大抵ゲーム機なので、俺に買ったとしても兄ちゃんだって使う。だから両親の目を掻い潜れたのだと思う。

「俺は全然君が誕生日な事を知らなかったけど、それならこのパーティ会場も納得だ。祝うよニーナ、誕生日おめでとう」

「もっと素直に喜べばいいのよ。誕生日おめでとうっていう言葉にはね、生まれてきてくれて有難うという意味が含まれてるんだから」

「そう、なのですか?」

 意味合いなんてさっぱり考えた事もなかったけど、確かにその人が生まれた日を祝っているならそうかもしれない。ニーナを抱き上げ、宙ぶらりんになった腰をすかさず支える。

「俺は悪人だ。マーケットに送りつけられてなかったら君を助けようとも思わない偽善者だよ。だけどこうなってしまった今は―――心から思う。ニーナと出会えて良かったよ」

「―――――――――っ!」

 今までずっとピンと来ないような顔で佇んでいた少女は、ようやく感極まったように泣き出した。それは視界を失ったせいで肩肘張って生きなくてはならなかった子が、ようやく年相応に戻れた証拠である。

「じゅー……うあ、ぅ、ああぁぁ……あ、ああ……!」

「あーもう泣かないの。ほらほら、料理が冷めちゃうよ。ニーナちゃんも食べよっ」

「おねぇさ……あああぁあああ!」

 川箕に連れられニーナが席に座る。俺も隣に座ってやるかと近づこうとすると、いつの間にか透子が背後に回り込んで俺の手を掴んでいた。

「ちょっといい?」

「ん?」

 手を引かれてガレージの側面に連れ込まれる。抗う理由は特になかったが、いつもより力が強かった。サプライズは確かにびっくりさせてもらったがよく考えると驚いたのはニーナであって俺じゃない。二人共がびっくりするらしいから、俺の分のサプライズがこれ……とか。

「ニーナちゃんに聞かせるのはまだ早いと思ったから先に伝えておこうと思って」

「喜ばしい話じゃなさそうだな」

「それは彼女次第よ。まず君達が外に行っている間にあの子の父親がこの町に入ってきたわ」

「何?」

「静かに。沢山人が居る訳じゃないんだし、聞こえるわよ。テレビに放映させたらこうなるとは思ってたけど、死体だけでも返せとマーケットに詰め寄る為に来日したそうよ。その電話がさっき来たわ」

「そんな表立って動いて良いのか? マーケットとの関係性とか、バレたら困るのに」

「お抱えの騎士団が全滅したと分かれば堂々と入れるわよ。表向きは良い人達だったし。それで、君は覚えてると思うけどニーナちゃんは元々ここに修理をしろと出された商品でしょ」

「……ああ。ただ俺が交渉して、催促はしてくるなって言ったけど」

「それが製造元……ごめんなさい、失礼な表現だったわ。父親から返せと言われたらその限りではないでしょう。マーケットだって面倒はごめんだし、自分達が催促してる訳じゃないって言い逃れも出来る。一方で彼女の父親は当然マーケットに娘を売ったのだからマーケットを追及すれば娘が戻ってくると信じてる……彼女を父親と会わせるかどうかは君に委ねるわ。いずれにせよ解決しないといけない問題なのは覚えておいて」

 家族の絆とやらを、俺は信じられていない。それが俺の人生に基づいているだけならともかく、ニーナまで売られた事実がある。会わせても碌な対話が望めないのは容易に想像がつくが、それで会わせないのは彼女を束縛しているのではないだろうか。

 ニーナとここまで深く関わる前は面倒を押し付けやがってクソマーケット、と悪態をつきたくなっていたくらいには薄情者だ、俺は。今後の彼女の人生に責任は持てないし、ここで暮らしていく事が幸せなのかも分からない。選択の瞬間は出来れば自由であってほしくて、その為にはたとえ結果が見え透いていても会わせた方が……それで傷つかせてしまったら、どうしようもないけど。

「……出来れば早い内に解決した方がいいよな。分かった、考えておくよ」

「待った。終わらせる空気だけどもう一つだけ言わせて。こっちは純粋に君を驚かせられるから―――君のお友達が、マーケットに捕まったらしいわよ」

「……真司が? アイツ、テレビ出てなかったっけ」

「さあ? でも捕まったのは本当。それも聞いたから。面会に行く?」

「いいよあんな奴、急ぐほどの用事じゃないし。気にはなるけど、今はニーナの誕生日を祝いたい」


「二人共~! 早くご飯食べようよ~!」


 いつもいつも、川箕の明るい声には元気を貰える。透子と顔を見合わせ俺達は会場の中へと戻っていった。些細な食事会だとしても、心から楽しもう。本来とは随分歪曲してしまった青春を、今ここで。









――――――――――――――――――









「これで全部か? 随分少ないな?」

「他は地面に吸われてしまい、成果はそれだけです」

 祀火透子こと人間型災害。この小瓶に収められた血液は一〇mlにも満たないが、無数の可能性を秘めている。あらゆる手を尽くして傷一つ付けられなかった無敵の要塞を貫いた刀剣の破片と合わせれば十分すぎる成果と言えるな。

「あのガキを殺せるとは露ほども信じていなかったが、全くのフカシでなくて安心したぞ。流通する兵器で奴を殺すのは困難かもしれないが、それなら新たに殺す手段を作ればいい。サンプルが手に入ったのだ、不可能ではなかろう。分析に回せ、今すぐに」

「仰せのままに。しかしかつての大国が同じ道を通っていないとは考えにくいのですが、何か策がおありで」

「殺す事を考えるから難しいのだ。身動きを取れなくするくらいでも私は構わん。大事なのは、災害に邪魔をされない状況だからな」

 ワイングラスを軽く揺らし、その芳醇な香りを鼻で楽しむ。奴から採取出来たこの真紅の血に比べれば私が気に入るこのワインも純度に劣る。たった少量でも災害の力を秘めている。だから殺し方も教えてくれる。

「貴様も知っての通りこの町の最大の問題点は外からも中からも人間型災害は邪魔だという事だ。外の者はたとえ軍を出動させようがこの町を更地に出来ない。中の者は言わずもがな、活動範囲を広げる事もままならぬ状況だ。顔を知って避けようにも、うっかり奴の知人を巻き込めば同じ事だからな。我々の繁栄は奴の機嫌一つで成り立っていると言っても過言ではない」

「ええ。それを殺したとなれば我々がかばねの王になるかと」

「だから殺せなくても構わんと言っている。身動きを取らせなければいいだけだ。邪魔さえ出来なければそれでいい。奴を商品にする無謀は随分前に諦めたよ。大体、あの異常な肉体をどう犯す? 貴様らクソ共の大事な場所は鋼鉄で出来ていたか? 出来ていても、圧潰するだけだろうな」

「…………此度の一件で奴がこちらに矛先を向ける可能性を考慮しなかったのは一体?」

「話を逸らすか、それもいいだろう。決まっている、奴は無敵のあまり油断している。軽く小突けば死ぬような奴等に敏感になるあまり、自分の事はまるで勘定に入れていないだけの話だとも。後は少なくとも、ナツメジュウロウのお陰だ。あれのお陰で奴の目が恋愛ごっこに曇っている。馬鹿な女だ、そんなに欲しければ強引に押し倒し、抵抗するなら体中の骨を折ればいいものを……或いは、奴らが本当に結婚する気でこの町を離れてくれるならそれもアリだ。祝辞の一つでも送ってやろうじゃないか、なあ?」

 さて、と風情なくワインを飲み干した。災害を止める日は着実に近づいてきている。準備をしなければいけないだろう。

「ボス。ジェニフィア様の一件は」





「我々はクレームの受付窓口と言ったところだ。静観に徹しろ。奴ももう長くはない、人間型災害よりも我々を警戒しているみたいだからな」

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