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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 4 親愛なる災禍へ

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初恋に浸る

 ニーナを連れてきたのは家族連れが安心してこられると噂のラーメン屋だ。サイドメニューが美味しいと評判で、例えばカロリーを気にする様な人が同伴した際も喧嘩をする事なく食事を楽しめるらしい。ニーナの目が見えない以上、最初は俺もサイドメニューにある炒飯なんかを頼もうと思ったが、どうしても食べたいと言ってきかないのでちゃんと醤油ラーメンを頼んだ。

 カウンター席に並んで座り、彼女の分の麺を冷ます。

「ふー、ふー、ふー。食べられるか?」

「は、はひふ……らいろょうぶれす」

「ちょっと熱いか、ごめん」

「………ん、気にしないでくださいませ。非常に、美味しくいただけてますから」

 目が見えない事は杖と目隠しから察せられる。席の案内も心なしか非常に優しかった。そう思うのは俺がかばね町に居過ぎたせいなのか、それともサービスの質がいいのか。誰も食べるのを急かさず、襲撃もない。どれだけ時間を過ごしても何も起こらない平和な世界。

「……ジュード様は、啜って食べるのですね」

「ん? ああ確かに、君は啜らないな。そういえば啜るのって俺達だけなんだっけか。まあ食べ方程度でここは誰も怒らないから気にしないでくれ。そんなお高くとまったお店じゃなくて、どんな人も気軽に利用出来る場所だからさ」

「そう、なのですね。テーブルマナーではお父様も満足させられないと食器で頭を叩かれたりなどしたので、実感が湧きませんでした」

「―――それは、穏やかじゃないな」

 かばね町みたいに治安が悪い、と言いかけて自分を制止する。流石に外で気軽にあの町を話題に出すのはまずいと思った。まるで出身の人間みたいではないか。外で出身者がどんな扱いを受けているのかは知らないが、どれだけ遠くに行っても碌な扱いは受けそうにない。それは川箕の一件からも明らかだ。

 どれだけ仲が良くても、たった一つの情報で破綻するままならなさ。俺一人ならまだいいが、ここにはニーナが居る。家族連れの雰囲気を出すなら気をつけないと。

「たまには自分で食べてみるか?」

「え?」

「ちょっと待ってろ」

 レンゲを中に沈めてスープの溜め池を造ると、麺を上から乗せてそっとレンゲの取っ手を彼女に渡す。ニーナは自分で息をふきかけてある程度冷ますと、レンゲの位置を把握してぱくっと大きく咥えた。

「…………美味しいですっ」

「俺が食べさせるの下手でごめんな。ゆっくりでいいさ、少しずつ食べてこう。ニーナは食べ過ぎるくらいで丁度いいまである。ま、あんまり無理はしないでほしいけど」

「ジュード様は沢山食べる女性がお好きなのですか?」

「ん、どうだろうな。俺が料理した事ある訳じゃないからそんな拘りはないんだけど、でも美味しい物を食べて笑顔になってる女の子は好きだよ」

「…………お父様は、贅沢とは捨てる事であるといつも仰っていました。ですから食事の際も、淑女として品を損なわない範囲で済ませるようにと」

「じゃあ君のお父さんは美食家だったか、見てくればっかり気にするタイプだったかだな。俺に対して意識する必要はないよ。どうしても意識しちゃうなら仕方ないけど」

 教育とはある種呪いだ。どんなに間違っていたとしても、確かに体に刻み付けられる親からの贈り物。俺は彼女の親の教育方針を支持しないが批判もしない。たとえ血縁関係があろうと人間相性があるのは俺が証明しただろう。だからニーナには苦痛だっただけで、その方針が合う人間はきっとどこかに居る。ただ娘ではなかっただけだ。

 その後も適当に会話を交えながら昼食を済ませた。会計を済ませる直前、トイレに行きたいと言い出したので借りた。ただし俺がトイレの中まで付き添う訳にもいかないので、たまたま直前にトイレを利用していた女性を頼った。

「すみません、頼っちゃって」

「クハハ。気にするな。偉大なる助け合いの精神さ」

 プラチナブロンドの女性はニーナを導くように舌を鳴らして誘導しトイレまで案内してくれた。その間に会計を済ませて女性と入れ替わるようにトイレの前へ。これがもしあの町ならトイレの横に穴が掘ってあってそこから誘拐される事もあるらしいが、ここは平和なのでそんな可能性はない。

「あら、先程の親切な方は?」

「もう帰ったよ。いい人だったな」



















 

 

 その後は洋服を買う前に公園へと立ち寄った。買い物をするなら帰り際の方がいいだろうと考えたのだ。食事をしたからか気持ち的にはベンチでゆっくりしたかったが、ニーナはやっぱり遊具で遊びたいそうなので諦めた。

 恐らくその気持ちが再燃したのは他の子供達が遊んでる声を聞いたからだろう。近頃廃止されているらしいグローブジャングルに彼女を乗せた。俺が子供の頃は人気の遊具だった気もするが、危ないからと近寄らせないのだろうか。

「いいか、しっかり掴んでるんだぞ。目が回るなんて事はないかもしれないけど方向感覚は狂うと思うから、酔ったらすぐに言ってくれ」

「はい! だ、大丈夫です!」

 中でぺたん座りをするニーナはまるで囚われのお姫様だ。それじゃあこれは拷問という事になるのだろうか。ゆっくり歩いて、回していく。

「うおあ、あああ、ああああ……」

「変な反応だな」

「不思議な気持ちです! な、なんかふわふわして……!」

「……こんな時に質問するのもどうかと思うけど、日本語は一体何処で学んだんだ?」

「そ、それは捕まってた時に教えてくれたんです! しゃ、喋れない奴につける価値なんかないって言われて!」

 ニーナに限らず、かばね町はその支配権を握っているのが外国人であるにも拘らず殆どが日本語を喋れる。郷に入っては郷に従えとも言うが、別に英語でも彼らはやり取り出来るだろう。幸いなのか何なのか、この国の公用語は日本語だから、商売をするには結局日本語が必要だったという事なのだろうか。

 ある程度勢いをつけたので手を離すと、ニーナがふらふらと揺れ始めて自分から体を動かし始めた。そうそう、回転に身を任せるだけが楽しさじゃない。慣れてきたなら自分で自分の感覚を滅茶苦茶にするのが楽しくなる。

 それを視覚抜きでやるのは、凄いけど。

「……少し激しくやろう。大丈夫か?」

「は、はい!」

 遊具を全力で走って回転させ、勢いのままに足をかけてジャングルジムに飛び乗った。ニーナは先程の倍以上はある速度にきゃーと悲鳴を上げ、俺は童心に返ったように風を浴びて涼んでいる。透子が居たら回転数はどれくらいになるのだろう……と思ったけど、多分アイツが掴んだら遊具が壊れそうだ。

 もしくは遠心分離機みたいになるのか。

「こ、怖いですー!」

「じゃあ手を離すな! 吹き飛んだりしないから!」

 保護者の名目で最早楽しんでいるのは俺の方かもしれない。普段なら人の目を気にしたが、今はどうだっていい。だってニーナが笑っている。大体全力で遊ぶなら人目なんて気にならない。中途半端に大人ぶるから気になるのだ。遊ぶという行為の何より楽しいのは、一緒に遊んでくれる人が全力かどうかだ。冷めた感じで構えられるとどうしても、ノリが合わなくなる。

「ジュード様、ひひひとつお聞きしてもよろしいですかああああ!?」

「なんだ?」

「ききき、気持ち悪くなってきました……!」

 遊具から飛び下りて、回転を止める。

「一々前置きする程の事じゃないよ! 大丈夫かい?」

「うう、高揚感に呑まれてしまいましたぁ。ジュード様と一緒に遊べるのが楽しくて」

「…………じゃ、少し休むか。まだまだ遊具は沢山あるんだ、時間はたっぷり使わないとな」









 パシャッ。

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