不死身の怪物
一通り喋り終えると、素早く配信を終えて深呼吸を一回。こういうのはやはり緊張する。だが川箕が流してくれた情報も併せて騎士達が居場所を特定出来ないなんて事はない筈だ。
「よし、籠城準備をするか」
「何処に隠れるかは決めたの?」
「ここのカーテンに隠れる」
透子は怪訝な様子で俺とカーテンを交互に見―――首を傾げる。
「隠れ場所を物色してた意味は?」
「隠れる為にカジノルームを物色した結果、向こうにバレない場所なんてないって結論が出た。だったらここだ。ここのカーテンはでかいから足元まで隠れるし、巻いて留めても元々結構膨らんでる。透子は今聞いたからバレバレの隠れ場所じゃねえかって思ってるかもだけど、自分にその発想が無かったら意外と見つからないもんだぞ」
「……」
「大体撮影した場所に留まってる筈がないって思い込みもあるだろうし、灯台下暗しって言葉がある! 俺はここに隠れる! どうしても無理そうだったら応戦する! どうせ元々無茶やってるんだから今更だよ!」
「……まあ、止めないけど」
騎士達が銃を持ち込んで来たら話は変わってくるが、あいつらの獲物は剣だ。鎧が銃弾を防ぐのだとしても軽装の俺には関係ない。一人二人の攻撃くらい頑張って躱して広い場所に出れば、それだけで応戦の準備は完了だ。
武器はやはり特殊警棒と、スタングレネードが二つ。これは本来立て籠もり犯の鎮圧などに使われる武装らしいから、室内で戦うなら十分すぎる。耳栓は……まだつけていない。
「……じゃあ、君がかくれんぼなら私は鬼ごっこをしようかしら。君のところへ行く騎士が少しでも減るように逃げるの。同じ映像に映ったんだから、私のいる場所に君も居ると考えてくれそうじゃない」
透子は日傘を閉じると、靴音を響かせながら扉の先に向かう。人間災害である彼女に心配は要らない。捕まったとしても……誰も傷を負わせる事は出来ないから。
「き、気をつけろよ」
それでも何故か心配してしまう。彼女は振り返って、流し目気味に、微笑んだ。
――――――――――――――――――――
何かがおかしい事に気づくのは私だけで充分。
建物がドームで良かった。幾ら三大組織がここを重要な建物として気を払っていても、集まるのが早すぎる。予め準備されていたみたいに集合して……始まっている。
一々廊下に沿って歩くのが面倒になって床を破壊して一階に直下。表口のエントランスに向かうと、見慣れた装備の人間と騎士が切った張ったの大騒ぎ。次から次へと雪崩れ込んでくる甲冑に対してこっちは五〇人ちょっとが応戦する程度で、拮抗しているとは言い難い。
銃弾と剣戟の飛び交う戦場の真ん中を通って遮蔽物に話しかけると、スーツ姿の男が攻撃を受けない程度に顔を出した。
「ね、姐さん!」
「姐さんはやめて。私は龍仁一家と盃を交わしたつもりなんてない。どういうつもり? 龍仁一家が私に手を貸す道理なんてないと思ったけど」
「は、はい。オヤジなりの落とし前っつーか、姐さんが気にかけてらっしゃるオトコを巻き込むつもりなんてなかったそうです! あれは代行が勝手にやった事だって姐さんに示す為に、今回は助けに入れと!」
視線を遠くにやると、鴉の黒羽を模したコートを着た人間が小銃を片手に騎士達を遥かに押し返している。龍仁の下っ端より遥かに対騎士を想定しているみたいで、使用している銃弾は徹甲弾と呼んでも差し支えないくらい、貫通力を上げるような工夫が施されている。普通の弾じゃ隙間を撃ち抜くくらいしかやりようがないから、賢明な判断。
防げても弾の勢いは殺せないから時間をかければ弾なんて拘らなくてもいいかもしれないけど、多勢に無勢、そんな事をしたら鎧の波に飲み込まれて死ぬだけだし。
「そう、じゃあもうちょっと頑張りなさい。私、許してないから」
「あ、あ、そうそう。オヤジからもう一つありました! いい酒入ったそうなんで、今度サシで吞みたいと! 今度は毒なんて入ってないそうです!」
「……それはまた別の機会ね。未成年なのにお酒を飲んだら、嫌われちゃうから」
続いて鴉の目の前まで歩いて、交戦を一時中止させる。要は、目の前で広がる大量の騎士が居なくなればいいだけだ。虚空に向かって雑に拳を振ると、風圧がドームの壁を粉砕、騎士達は漏れなく外へ叩きだされる。
「貴方達はどうして助けに入ったの?」
「…………ボスの言いつけだ。『ふはははは! 諸君! 正義を気取る時が来たぞ! 今こそ我らは勇者となり、偉大なる功績を刻むのだ! どうした? 早く行け、私がしたいと言ったんだぞ!』と」
「……あの人、何がしたいのかさっぱり分からないわね。じゃあ悪いけど、裏口の方をよろしく。表は私がやるから」
「…………了解した」
「身の程知らずの相手は私がするわ。今は龍仁も『鴉』も忘れて全員で協力して頂戴」
ドームの外。いや、この建物全体を囲うように多くの騎士達が溢れている。
そして騎士に協力する義憤に駆られし住民が、剣をドームに投げつけて外壁を次々と打ち崩していく。彼の部屋は中央にあるから特に心配は要らないけど、あまり悠長にもしていられない。
「…………ここまで全部、筋書き通りって訳? 騎士団長さん」
無数の甲冑の中に、一際豪華な装飾を纏った大男が一人。掻き分けて私の目の前に登場すると、彼が剣を引き抜き、それに応じて残る全員もまた抜剣した。
「人間災害、貴様の不死身もここで終わりだ。この町は最早、貴様の物ではない。ここに暮らす善良なる民の物だ」
「……マーケットがニーナちゃんの返品を受け付ける理由が分からなかったけど、ようやく得心したわ。さしずめ、私を殺せる用意があると嘯いたんでしょう」
ヘルメスも、『鴉』も、龍仁一家も、或いはそれ以外の組織さえ。私を殺す用意が出来たら誰がいつでも殺しに来る。そういう世界で私は生きてきた。用意がいつまでも出来なかったら誰も私を殺さなかった。
私に恩を売ればいいのに、マーケット・ヘルメスだけが助けに来なかった事が答え。私を殺せると言われ、それを確信したからこその計画。発送が遅れたのも偶然じゃない。
その間に、これだけの騎士達が送り込まれたのだから。
「嘯く? ふん……」
背後から、背中を突き刺す鋼の刃。
「へえ」
甲冑を部下に着せて、自分は部下の鎧を着て不意打ちを仕掛ける。それも、ちゃんと私の身体を貫ける剣で。
「見ろ、この血飛沫を! 貴様の無敵は最早恐るるに足らない! 心臓を貫くこの刃こそ、人間災害が終わった瞬間だ!」
「貴方達の計画は順調だったわね。夏目君の視点からじゃ見抜けないのも無理ないわ。まさか最初から狙いはニーナちゃんじゃなくて、私だなんて」
体を貫いた剣戟が抜かれ、首を跳ねんと一閃。寸分の狂いもなく首を断ち、現に血が跳ねる。私の身体には、変化がない。
「ニーナちゃんを奪うような素振りを見せれば夏目君は必ず守ろうとするし、そうすれば私が必ず前に出る。無敵の災害として油断し続けた私を一太刀で殺す。上手く私が前線に出てこないならこの町に住む善良な市民を使って―――夏目君を追い詰める」
「なんだ、どうなってる! 貴様!」
かばね町は、悪の象徴。この町に生きる限り、たとえ犯罪に手を染めていなくとも悪人の誹りは免れない。それはただ平穏に生きたい人間にとっては心外な話で……だからこの町のイメージを固定化させてしまった私や、広げてしまった夏目君を憎く思う人は少なくない。そこに慈善団体として名高い騎士団が現れれば、善良さは簡単に絡めとられる。夏目君が悪役を演じてしまったような状況なら猶更。
「いい作戦だけど、残念。ジェニフィアの研究成果じゃ私は殺せないわよ」
ただ歩く。目の前の甲冑など障害に非ず。切りかかる者、引き金に手をかける者、遠方から狙撃を試みる者、一切を破壊する。丁寧に、一人ずつ。団長様の目の前で。
「クソ、何故だ! 何故私の剣が効かない! こっちだ人間災害! 私と戦え!」
「マーケットだって根拠のない嘘には踊らされない。貴方達がผีを信用させた成果は何かしら。ハンプティやPD-32でも殺した? それなら勘違いを正さないと。怪物になった人間と怪物って違うのよ。私は人間災害、不死身の災厄、ただそれだけの怪物。ジェニフィアの成功作品とは訳が違う」
銃弾を蹴り返し、甲冑をぐちゃぐちゃに圧潰し、爆発物を飲み込む。三〇〇人は居た騎士も残り半分。義憤に駆られた人たちはみんな、私を恐れて逃げちゃった。
「異化因子を非活性状態にするウイルスを作って私に刺すまでは良かったけど、それがどうかしたの? そのウイルスは活性が三%を下回らないと効果を発揮しないんだけど、そんな事も分からないで実行したのかしら」
何処からか持ち込まれたミニガンの全弾が身体を貫かんと一斉に叩きこまれる。喋るのに邪魔だから、直接銃身の回転を止める。
「ひっ!」
「邪魔」
骨なんて、固さを表そうとも思わない。私の前に立っていた騎士の全身は一瞬で粉砕されて、皮と肉だけの死骸になった。
「貴様……何故それを」
「あの時代は色んな国が同じ研究をしていたじゃない。他人よりも素晴らしい研究成果を一歩でも早く。勿論、もうその事を知っている人間は当時の関係者しか居ないからマーケットが知らないで騙されるのも無理はないし、貴方達がそれを切り札のように使うのも納得出来るわ。でも、認めた方が良いわよ。英国は当時世界中で行われた研究において最も出遅れていた国だって。だから自分の所の作品を殺したくらいでいい気になって、こんな無謀な事をするんだから」
騎士達は、残り七〇人。一人も逃がすつもりはない。勿論、ドームを破壊して夏目君を害そうとした、自称善良な人も。
「ジェニフィアって名前を聞いた時からおかしな事になりそうな気はしていたけど、ニーナちゃんも可哀想に。殺せる奇跡もないような作戦の為に売られちゃって。彼女の親も本当は了承済みなんでしょうね」
「~! ば、化け物め! 有り得ない、こんな事は! ハンプティは不死身だった、それを我々は一か月で殺したのだぞ! それを―――こんな!」
「可哀想なハンプティ。将来はパン屋になるって言ってたのに…………夏目君と、行ってみたかったな」
残り、三〇人。
「本当にいい迷惑。夏目君の思い描いた図が大きく変わっちゃって、どうしてくれるの?」
騎士団長は無線機を取り出すと、スイッチを入れて、呟いた。
「…………こちら、セラフ。我々の任務は失敗した。後は頼んだ」
「でも貴方達がここまで話を大きくしてくれたお陰で、私も決心がついたかも。いつかは話さないといけないと思ってた事―――察してほしいじゃ伝わらないって分かってるから。そろそろ、覚悟を決めないとね」
「……何の話だ」
「こんな私でも、女の子として見てくれる人がいるって話。嫌われたくないけど―――これ以上は、隠せなさそうだから」
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下から突き上げるような揺れが来た時からおかしいとは思っていた。だから川箕に連絡を入れて、彼女はドローンから外の様子を見ているらしいから映像を繋いでもらったのだが。
「……何が起きてるんだ?」
大量の騎士、そして市民がドームを囲んで焼き討ちでもするような勢いで攻撃を加えていた。マーケットの姿もなければ他の組織の姿もない。誰もこの凶行を止めにかからない。
そう思った次の瞬間、透子が外に出て、瞬く間に甲冑騎士の大群を捻り潰してしまった。刺されようが斬られようが彼女は傷を負わなかった。出血をしていただけだ。傷を負わない出血は、ダメージと言えるのだろうか。
『ていうか、なんで無関係の市民が俺に攻撃してくるんだよ』
『夏目、かばね町を広げた元凶って扱いだからね。私もそうだけどさ、悪人のつもりもないのに悪人扱いされるって結構不愉快なんだよ。騎士団って表向き凄い良い人だし、正義の為に協力してくれって言われたらこれくらいするんじゃないかな』
『マーケットどころか他の組織が全然助けに来ないのもおかしいぞ。この場所はパーティー会場として重要なんじゃないのか? 俺はもっと、大勢が混戦する様子を想像してたのに』
『だから透子ちゃんが出たんじゃないの? 映像見てる感じ、全然やる気なさそうだし。ねえ夏目、どうするの? 見て見ぬふりなんて出来ないくらい不自然に終わっちゃったよ。透子ちゃんを人間災害だって知らないようにしていくにはもう……無理じゃない?』
無理とか無理じゃないとか、そういう話ではない。映像は荒いが、俺には透子が……悲しんでるように見えた。一時の不機嫌ではなく、もっと根本的に何かを失っている様な……良く分からないけど、そんな感じ。透子の事を何も知らないせいで言語化が出来ない。出来そうもない。
『……とりあえず、騎士達はニーナを助けられなかったんだ。悪役を演じた以上、〆もしないと。凌辱……フリって、どうするんだろう。想像もつかないんだけど』
『―――こんな時の為にドローンを造ったんじゃないんだけど、後は私に任せてくれる? うっぷ……今からこの虐殺を編集して、テレビ局に送りつけるから、さ』




