大きな悪戯 小さな覚悟
「放送自体はばっちりだな」
「一番楽しくやってたのなの子ちゃんよね」
なの子も放送を今頃は見ているのだろうか。きっと自分の演技に満足している頃だろう。かばね町の存在である俺達がいよいよ外の世界にも発信をしたお陰でテレビではそればかりが取り上げられている。
「……本当に、無茶するんだから」
「ありがとう透子」
「―――別に、頑張ったのは君だし」
透子から久しぶり……という程でもないが、すっかり疎遠になってしまった外の世界の事情も知る事が出来た。かばね町の有りようが反発を抱いているらしく、犯罪者を許すまいとかなりの法律が改正予定だとか。
まあ俺達には関係のない話だ。用事もないのに外へ行く気はない。
「それで、この後はどうするつもり? 騎士達は標的を君に絞ったと思うけど、何処に自分達が居るかは教えてなかったような」
「それでいいんだよ。俺が元凶だって気づいたら、これからはこっちの発信に耳を傾けないといけなくなる。手あたり次第に襲う事もなくなる筈だ。もし襲われるとすれば、三大組織」
わざわざ名前を出したのだ。今度は俺の情報を知る為に彼らは襲うかもしれないし襲わないかもしれない。それでいい。方針は与えたのだから襲わないならこの町で無暗な犠牲は減らせるし、襲うなら三大組織にとっても騎士団は邪魔になる。
「完璧な作戦に見えるけど穴があるわよ。勝手に巻き込まれた三大組織が君を許すと思う? どう言い訳するつもりかしら」
透子がそんな危惧を口にした途端に電話がかかってきた。相手は何となく察しがついている。二階のニーナに聞こえるかは不明だが、少しでも不安を覚えさせたくないあまりガレージの隅まで移動する。
「透子。代わりにニーナに食事を出してくれないか?」
「あの子、君以外から食事の補助を受けるのかしら」
「何の為に二人を紹介したんだよ。透子、慣れてるんだろ。俺よりスムーズに食事させられるならその方がいい」
「……分かったわ。でもくれぐれも気を付けてね。一応勘違いしないでほしいんだけど、私が一番大事なのは君だから」
「お、おう」
そのつもりがないから平気で言えるのだろうか、頷く俺はちょっと恥ずかしい。だが電話相手が相手なので透子には離れてほしかった。あの人に俺達の微妙な関係を気遣う配慮があるとは思えなかったから。
『やってくれたな、ジュード。テレビを見たぞ、我々は無関係ではないがそちらのトラブルに関知しないつもりだった』
『姫はまだ治そうとしてる途中なんだよ。大体悪いのはアンタ等が返品を受け付けたからじゃないか。どうして返品なんか受け付けたんだ。壊したのはアイツらなのに』
『ふむ。高潔と名高き騎士団がそんな真似をするとは思えなかったな』
『マーケットを利用する奴が高潔な訳ないだろ! アンタらはルシウス騎士団の本性を知ってた、違うか!?』
ニーナは言うなれば弱味だ。それを正々堂々買い戻す正義の騎士団などマーケットが許す筈もなし、買わせたのは騎士団の裏の顔を知っていたからとしか思えない。
『……くくく。そこまで察しがついているとはな。ああそうだ、その通りだ。我々のような悪党と違い、奴らは正義を気取る下らん小悪党さ。表向きの高潔さと引き換えに奴らは抑え込んだ欲求をただ一人に解放させる。相手など最早誰でもいいが、子供であればある程大人には逆らえないので都合がいいという訳だ。姫の身体を見たか? 酷いもんだったろう。正義を気取る汚いオス共の、日々の欲求につきあった結果があれだ。どんな汚い願いもその身を以て引き受けてくれる―――故に、彼らにとっては姫という事だよ』
『…………ニーナを物としか見てない最悪な奴だ』
『ほう? 目も耳も使い物にならないのによく名前を聞き出せたな? もしかすると少しは直せたのか?」
『あっ……ちが』
『ふん。安心しろ、我々も既に標的だ。既に幾つかの拠点に奴らが現れたと報告を受けている。何か言い訳はあるかな?』
『お前ら悪党だろ! 悪党に幾ら迷惑かけたって微塵も心が痛くならないね!』
今まではリスクケアの側面からも生来の気質からも悪戯に関わる事は避けてきた。が、優しすぎると言われて少し考え直したつもりだ。相手が生粋の悪なら幾ら迷惑をかけてもいい。透子が俺に正体を隠してる事なんて誰も知らない以上、彼女の存在その物が牽制になっている。
『……中々いい心構えじゃないか。思い切りのいい男は嫌いじゃない。段々、悪党の何たるかを分かってきたようで私は嬉しいぞ』
『―――悪じゃないなんて言わないぞ。俺もこの町に生きてる人間だからな。この町に居といて自分が正義だとか言い出すのは、後ろめたい事がある奴だけだ』
『騎士達への皮肉なら本人に言ってやる事だ。我々はこれまで通り関知しないが、他の奴らはどうだろうな。或いは騎士達もお前を見つける為に他の組織を使うかもしれんぞ。テレビでは顔を出さなかった様だが夏目十朗の名前を出したんだ、指名手配を受けている事は向こうも知るだろうな。まあ……幸運を祈るぞ』
この町で何より力を持つのは人間災害だが、一般的にはお金だ。お金さえあれば大抵の物事はどうにかなる。透子の殺害は不可能でも、俺や川箕を殺すくらいならば引き受けてくれる組織なんて幾らでもある。
まして透子の正体を知る者は一部だけだ。知らずに受ける可能性もゼロじゃない。電話を切って川箕に声を掛けようとしたが、彼女は何処かへ移動していた。二階に移動すると、透子がまだ食事の補助をしている最中だった。
「……ジュード様?」
「マーケットからの苦情は処理出来たの?」
「ああ、こっちに攻撃はしてこないみたいだけど……騎士達も行動が早いみたいだ。次の声明を早く出さないと敵を無関係に増やしそうだから会議をしたい。先に川箕と合流しておいてくれないか? 後は俺がやるよ」
「……クリスマスは、穏やかに過ごせるのかしら」
私は君と静かに過ごせたらそれでよかったんだけど。
そんな事をぼやく透子と入れ替わりつつ残った食事をニーナに与える。『姫』と呼ばれていたくらいだし我儘を発揮させたらどうしようかと思っていたが彼女は従順で、素直で……売りに出された時も素直に従ったのではないだろうか。何か、建前を言われて。
「ジュード様」
「ん?」
「私がここに居るのは、ご迷惑ですか?」
「迷惑な存在っていうのはな、この町に生きる全ての存在だよ。外の人にとって個人なんて関係ない。この町に居るなら全員悪人で、生きてて迷惑なんだ。だから俺は君を迷惑なんて思わない。もし迷惑なら、お互い様だよ。何回聞かれても同じ答えだ」
「……ありがとう、ございます。ありがとう……ございます」
気持ちは分からないでもない。彼女とは症状の重さが違うが、風邪を引いて寝込んだ時なんて両親にねちねちと何か言われたっけ。よく覚えていないけど、治らない事がどんなに迷惑かをずっと言われてた記憶だけはある。自分が弱っていると相手に迷惑をかけていないかそればかり考えたくなる気持ちは、どこでも同じようだ。
「今はゆっくり休んで自分の感覚に慣れてくれニーナ。お風呂で体を癒して、ゆっくり寝てくれ。元気に過ごしてくれたら、俺も嬉しいよ」
「…………ジュード様。あの人達は私の居場所を聞き出す為に手段を問いません。ですから捕まった際は……速やかに自害なさった方がよろしいかと」
「自害? 何言ってるんだよニーナ。俺はそんな事しない。今が生きてて、一番楽しいんだ。捕まりもしないよ。少なくともニーナが穏やかに暮らせる場所が見つかるまでは、毎日会いたいし」
「…………」
目隠しをしていても、表情は分かる。ニーナは笑っていた。目を失った自分に、それでも居場所がある事を喜んでいるのかもしれない。
「……ジュード様ったら、御冗談を」
「何も冗談なんて言ってないぞ?」
「毎日会いたいなんて、そのような事は思っていらっしゃらないでしょうに」
「毎日会う事が苦痛だったらお世話なんてしないよ。お風呂にだって一緒に入らないだろ?」
俺は、女の子の笑顔が好きだ。こればっかりは生きている場所が変わっても変わらないし、変わりたくもない。透子にも川箕にも、ニーナにも笑っていてほしい。撮影が円滑に進んだのはなの子があまりに楽しそうだったからだ。子供を遊園地に連れて行ったみたいに楽しかった。
ニーナはいつものように全体重を俺に預けてくれる。出会った時は殆ど栄養失調状態だったが、毎日三食食事を上げているお陰で少しは肉付きが良くなり、血色も明るくなった。非常にいい傾向だ。
「……目が見えない事が、心苦しいです」
「元から見えてなくても不便なのは分かるよ」
「そういう事ではなくて……お顔を拝見したかったのです。きっとお優しい顔をしているのではないかと」
「……さあ、どうなんだろうな」
ニーナの就寝を確認して、俺は再度ガレージに集まる。既に二人は準備万端の様子で、しかし暇を持て余していたのか透子はまた座禅を組んでいるし、川箕は腕時計を直していた。
「悪い、遅れた」
「……手短に済ませるつもりならもう本題に入りましょうか? 何処に騎士達を誘導するつもり?」
「一応地図も用意したよ。色々壊れちゃったから、多少今とは違うかもだけど」
直接連絡を入れてきたのがマーケットだけで、鴉も龍仁一家も今回の俺の行動には迷惑を被っている筈だ。勝手に巻き込むなと文句の一つも言いたい、だけど透子が傍に居る限り強硬手段には訴えられない。
俺だって相手を舐めている訳ではないのだ。透子を兵器のように扱いたくはないけど、向こうが勝手に兵器と勘違いしてくれる分には利用するだけだ。
「……透子。クリスマスにこの町では一般人をコマにしたパーティーが開催されるって言ってたな。その前回開催場所を知ってるなら教えてくれ。俺はそこに行く」
「え!?」
「規模はどうせ大きいんだ、一々場所を変えられない筈。俺と俺狙いの騎士で会場を滅茶苦茶に出来ればそんな最悪のクリスマスが来る事もないんじゃないか?」
「君、何を言ってるの? この町の全ての組織に喧嘩を売るつもり?」
「何言ってるんだ? 俺をどうにかするより、騎士達を鎮圧した方が話が早いだろ。騎士が全滅したら大人しく追い出されればいいだけだ。所詮俺は、銃弾一発で死ぬような個人だしな」
透子に殺されるリスクを背負ってでも俺を殺すのか、透子を避けて騎士達を狙うのか。実際の天秤はそんなところ。
これまで彼女を殺す事自体諦めている組織なら、確実に後者を選ばないといけない。絶対にその方が楽だと―――俺よりも知っているだろうから。




