宣戦布告
「はい、出来たよ」
「有難う。ニーナもお疲れ様」
「いえ、私は被写体としてここに連れてこられただけですから」
目隠しを付け直し、ニーナを二階に戻らせる。初めてここを訪れた時、部屋の隅に3Dプリンターがあるのを知ったからダメ元で頼んでみた。そしたら二つ返事で了承されて今に至る。
「ニーナちゃんのマスクなんて作ってどうするつもり? 変な事考えてるでしょ」
「変な事……なのかな。いやさ、思ったんだよ。アイツらの動向を待ってるのって凄い、ストレスじゃないか?」
まず動向が読めない。何故ならこの町の住人じゃないから。
次に期間が分からない。ニーナを見つけるまで諦めないつもりなら身を隠して生活したところで粘り勝ちは狙えないだろう。
最後に規模が分からない。見た目で所属を見せる人間の多い中、甲冑を脱いで紛れ込むという柔軟性を持った敵だ。それを着る事に拘りがなくただニーナを取り戻せれば何でもいいという思想なら、俺達はいつか不意打ちを受ける事になる。
「だったらこっちから仕掛ければいいんだ。あいつらに来るべき目的地を与えて、そこに集結させる。ニーナが何処に居るか分からないからアイツらだって手当たり次第に広がって捜索してるんだ。目的地が分かれば全戦力がどういう形にせよ集結する筈だ」
「その後はどうするの? 私、トラップの用意なんてしてないけど」
「川見は凄い頼りになるけど、そこまで負担掛けるような真似はしないよ」
地下の作業場から上の階を見上げて、呟く。
「透子に言われたんだ。優しすぎるのも考え物だって。そう言われたらさ、川箕だっていざという時の攻撃は躊躇わないし、色々仕掛けを用意してるだろ。けど俺には何もない」
「私は元々ここに住んでるから当然じゃん。仕方ないんだよ。ここに住んでる限り、大なり小なり悪い人になっちゃうんだってば」
「俺は外の世界を捨てた人間だ。学校がなくなったのとは無関係に、もうあっちで生活する気がなくなった。お前達が全員悪人だって言うなら俺もならないといけない。けど、やっぱり人を殺すのって……出来ればしたくないんだよ」
良識というか、人間として最後のブレーキというか。相手がどんな人間だったとしても正直殺したいとは思わない。まだまだ俺も甘い人間だ。きっと川箕が殺されたりしたらころっとこんな意見、変わってしまうのに。
「……だけど、悪党を騙すくらいは躊躇なくやれる気がしてる。この町を巻き込むんだ川箕。全員巻き込んで、騎士達を排除してもらう」
「うわあ、酷い事するね。透子ちゃん一人に頼んだ方がよっぽど簡単だと思うんだけど」
「俺は透子に人なんて殺してほしくないんだよ。体よく利用したらそれこそ兵器扱いじゃないか。アイツを悪党なんて言いたくない。利用するなら血も涙もない悪党であるべきだ」
他人任せと言えばその通りだが、実際透子の力抜きで俺達に勝算はない。だから遠慮なくこの町を頼る。住人として、優しさを捨てる第一歩として。悪党に配慮なんて要らないんだって事を身体に教え込まないと。
「……ま、やりたいなら協力するよ。顔は割れてるっぽい以上、夏目とは運命共同体だしね。でもそのマスクを誰に被らせるの? ニーナちゃんの顔を元に作ったんだから子供じゃないとサイズも合わないし、騙すつもりならせめて体型を……後、目隠しも合わせないといけないけど……」
分かっている。川箕も透子も高校生とは思えないスタイルの良さだ。普段軽装な事が多い川箕なんて、いつ見ても腰の曲線美が綺麗で見惚れそうになる。ニーナは発育がどうという以前に栄養失調状態だったし、体型は似ても似つかないだろう。
「大丈夫だ。騎士達にも十分付け入る隙はある。ニーナが視力を失ったのは返品されてからだ。マーケットが保管してる間にあの子が自分で潰した。つまり、騎士達は今の彼女がどんな状態かを知らない可能性が高い。何なら目は見えてた方がいいと思う」
「体型は?」
「体型っていうか……お前の方が詳しいだろ。年の近い子が居るじゃないか」
そう。この町で逞しく生きる幼女が居る筈だ。
「なの! 面白そうなの!」
二つ返事でなの子は了承してくれた。正直ここまですんなり頷いてくれるとちょっと怖くなる。自分の中では説得パートを用意していたし、そうなる事を見越していただけに。
「なの子、えっと……いいのかな? 危ないと思うんだ、そんなあっさり自分だけで決めちゃって、お父さんとかには」
「悪い人をやっつけるのはいい事なの! お父ちゃんが怒る筈ないの!」
「この町って悪い人だらけだと思うんだけど……」
「細かい事はなしで行こうよ。せっかく被ってくれるって言うんだから」
厳密な話をするとなの子の方がニーナよりも幼いが、細かい年齢の違いなんて気にしていられない。近い年の子供を攫う訳にもいかないし、かといって高校生以上に演じさせると無理しかない。身長なんて座らせれば大丈夫だ、俺達がニーナの情報を握っている事は向こうも勘付いているし、そんな俺達が宣戦布告をすれば先走って細かい差異など見逃してくれるだろう。
「あんまり頼りたくなかったけど、結局透子には大変な仕事を任せちゃったな」
「本人やる気だったし、いいでしょ」
もっと普通に暮らしてほしいのに、どうしても透子の手が欲しくなってしまう。彼女は現在町の外に出て、これから俺達が録画する映像を流してくれるテレビ局を探し回っている。
『爪弾きにされているみたいだけど、確かにそれは私にしか出来なさそうね。ただ……本当にいいのね。指名手配犯が全国のネットにそんな映像を流せば、言い訳も効かなくなるわよ』
『いいんだよ。俺だってもうとっくに、悪人だから』
どうせもうとっくに指名手配されてるし、手遅れだ。顔が出回ってないだけマシで、今回は指名手配犯らしく振舞うだけだ。倉庫はなの子が貸してくれるし、撮影を開始しよう。
「編集は結構ざっくりしかやらないからあんまりトラブル起こさないでよ?」
「ああ。分かってる。なの子、ちょっとごめんな」
「どんと来るの!」
ニーナのマスク(目は適当に作った)を被ったなの子を縛り、段ボールの中に座らせて首から上を映すようにして―――
「なんかよく見ると肌の色の境界線が見えるような」
「仕方ないでしょ、急遽造らされたんだからっ。こういうのは画質を荒くするか光源で良い感じにしないと。それこそ目隠しじゃないけど、バレるきっかけになりそうな場所は隠しちゃおうよ。相手はニーナちゃんに酷い事する最低下劣のド変態野郎でしょ。自分達がそういう事するなら当然相手が似たような真似をしても驚かないどころか受け入れそうじゃない?」
つまり俺がさも手に入れたニーナを使って同じように辱めているように見せればいいという意味なのだが、これからテレビで流す事になる事も含めて俺の尊厳なんて物は全く考慮されていない。
「なの子は苦しくないか?」
「ふごふごふごふごふごなの!」
「うん、まだ口は封じてないぞ?」
それから川箕と何度かセッティングを重ねる内、違和感がなくなってきたのでいよいよ撮影を開始する。声だけは誤魔化せないが、そこも工夫はするつもりだ。
「―――私からも最終確認いい? これが撮影し終わったら私が映像を透子ちゃんの携帯に送る。送ったら透子ちゃんはUSBを介して映像をテレビ局から流す。全国に流れるよ。いいんだね?」
「俺は……かばね町に生きるジュード。救いようのない悪人だ。撮るぞ」
「よーいアクション、なの!」
「勇人君、最近眠れないの?」
「……十朗の奴が本当に生活出来てるか心配でさ。酷い奴だよな俺も。苦しめてたのは俺なのに、心配したって……アイツを怒らせるだけだろうに」
彼女との二人暮らしに何の不満があろう。間違いなく幸せな生活だ。互いの生活を侵害せず助け合う事が出来ている。金銭面にも不安はなく、将来の進路も決まったような物だ。恋人としての時間は十分すぎる程あり、幸せとは正にこんな生活を指しているのにどうしても気が晴れない。
「うーん。気になるならさ、私達もかばね町に入ってみよっか? 顔を一目見たら満足するでしょ」
「駄目だ駄目だ。キョウちゃんを危険な目に遭わせたくない。『人間災害』のせいで町は広がったんだぞ。十朗は……捨てられたりしてないだろうな。痴話喧嘩の結果町が広がったとかだったら目も当てられねえよ」
「ちゃんと響生って呼んでほしいんだけど……私は勇人君がそういう顔してると楽しくないよ。気になるなら徹底的に調べた方がいいって。幸せそうならさ、心置きなく暮らせるじゃん!」
そう言って彼女はテレビをつける。俺も、なんとなしに視線を向けた。
『ルシウス騎士団の諸君、ごきげんよう。顔は出してやらないが、テレビを見ているなら夏目十朗という名前に聞き覚えはあるか? 俺がそうだ。見ての通り貴様らの姫は俺が所有させてもらっている』
映し出されたのは、十歳もあるかどうかくらいの少女が目隠しと猿轡と共に縄で縛りあげられ、ぶらぶらと揺れている姿。
『もごもごもごもご~!』
『黙れ! 人形が喋るな!』
背中に拳を叩きつけられると、縛られた少女は甲高い叫び声をあげて項垂れてしまった。
『いやあ、全くこれだからガキを嬲るのはやめられない。そうだ、俺も飽きたら売ろうかな。鴉でも、龍仁一家でも。姫はきっと高値で売れるだろうな。売れないならマーケットに返品してもいいか、それとも貴様らに返品するか? その頃にはもうバラバラに壊れているかもしれんがな』
果たしてそれが演出でない事は間違いなさそうだ。映像が終わった途端、ニュース番組に切り替わり、テレビが一時的にジャックされたとの弁明が入る。
「…………おいおいおいおいおいおいおい! アイツ、どうなっちまってんだ!?」
「勇人君の弟って、あんなワルなんだ」
「あんな事する奴じゃない! …………クソ、俺も反対するべきだったのか? 響生、ごめん気が変わった。少し中に入ってみよう。アイツがどうなっちまったのかを調べないと」




