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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 4 親愛なる災禍へ

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上辺だけのやさしさ

「なんだなんだ!?」

 反射的に飛び起きてガレージまで飛び出すと、透子も声を聞きつけたらしい。互いに顔を見合わせて、地下室へ向かう事になった。思えば初めて訪れるが、リアクションをしている場合でもないのだろう。

 川箕の真の工房とも呼ぶべき地下にはとても動かせないような大型の設備が所狭しと並んでおり、成程これは普段使いしない訳だと納得してしまう。地下室だから通気性も悪いし出入りも単純で不法侵入にも気づけない。横の装置を見ると、取り上げた甲冑が並べられている。

「何が出来たんだ?」

「あ、おはよう夏目っ。うん、それが出来たんだ。透子ちゃんが部品持ってきてくれたから、遂に!」

「舞い上がってるのは分かるけど要するになんだよっ。主語を抜かして思わせぶりなんて困るぞ」

「隠すつもりはないんだけど……とりあえず三人であの子の所に行こっか」

 話の流れで今度は二階へと上らされる。道中、俺は昨夜の辱め(ごほうび)を思い出し、透子に尋ねた。

「そういや、昨日は何で二階に行ったんだ?」

「目が見えなくて耳が聞こえない人でも見える物、なーんだ」

「なぞなぞかよっ」

「ふふ、ごめんなさい。答えは夢よ」

「夢?」

「ええ。目が見えなくなったのも耳が聞こえないのも後天的でしょう。生まれた時から目が見えなかったなら夢を景色で見る事は有り得ないけど、そうじゃないなら……夢は記憶の整理とも言われているし、あの子が盲目になった事を後悔しているならきっと夢を見るわ。目が見えていた頃の自分と、その時の平和な世界をね」


 なんか、詳しいな。


 そういう人と縁深かったりするのかもしれない。俺の知らない透子がまだまだいるようだ。

「静かな空間と少しの時間があれば、私は夢の世界に自分を入れてメッセージを伝える事が出来るの。昨日はずっとそれをやっていたわ」

「と、特殊能力か!?」

「寝る前に怖い物とか見ると夢に出るって言うし、特殊能力よりはちょっとしたテクニックな気もするけど……」

「詳しい事は企業秘密。幾らでも考えて頂戴。メッセージって言っても複雑な物は無理だから、簡潔に幾つか。『ここは安全』『貴方を守る』『耳に触れる物を恐れないで』。たったこれっぽっちで一日が潰れちゃった……」

 階段を上がり切って、部屋に入る。三人が続々と入って行ったのだ、普通の人間ならまず存在に気づくが、少女はちっともそんな様子は見せず、ぬいぐるみと布団を抱きしめていた。

「……本当に寝てたのか? 目隠ししてるから起きてるのか寝てるのか良く分からないぞ」

「ただ、早起きなだけよ。或いは私が夢に干渉したからびっくりしちゃったかも……」

 透子はベッドに腰を落とすと、川箕に向かって視線を投げる。

「そろそろ隠すのはいいでしょ? 律儀に昼を待ってないでそろそろ出したら?」

「透子ちゃん、もう少しワクワクしようよ。この子を助ける第一歩なんだよ?」

 


 川箕は、小さな機械としか言いようのない物体を机の上に置いた。何処かに引っかけられるような造りをしてある。



「…………これは?」

「補聴器だねっ! これを耳にかければ、私達の声が聞こえないなんて事はなくなるよ!」

「……心因性なんだろ? それでも補聴器って有効なのか?」

「そういうデータはあるみたいだよっ。耳が直ったら外せばいいよ。会話すら碌に出来なかったら私達も何すればいいか分からないじゃん」

「調達作業は私がやったけど、作業の速さは川箕さんのお陰。幾ら直した事があるからって一から作るなんて」

「既製品に比べるとちょっと肌触りみたいなのは悪いかもしれないけど、性能は申し分ないよっ」

 補聴器を手に乗せてなんとなしにまじまじ眺めてみる。フックのような形をしているが、これが補聴器。こういう機械を見るのは初めてだ。耳の遠い人が間近にいなかったから……補聴器の存在は知っていても、実際こんな形をしているとは思わなかった。物を知らないと言えばそれまで、ただ自分の興味のない事を調べようとは思わなかっただけだ。

「……これ、どうやって電源入れるんだ?」

「一般的にはボタンを押したり、電池蓋を閉めれば電源が……ああ、うん。このボタンじゃない?」

「分かりにくいな……」

「文句ですかー!? 私、頑張ったんですけどー!」

「俺らはいいけど、目も見えないあの子が分かるのかなって思ったんだよ!」

 しかし何事も慣れか。とにかく話が出来ないとこの子をどうすれば助けてやれるのかもハッキリしないし。

「じゃあ、ジュード君。後はよろしくね」

「お、俺か? 昨日夢に出てきた透子の方が適任なんじゃ」

「私はメッセージを伝えただけよ。昨日、何の為に君をずっとここで座らせたと思っているの? 現状、彼女が気を許してるのは君だけ。そんな君でも耳に得体のしれない物を入れようとしたら警戒すると思うから……わざわざ夢で伝えたのよ」

「お膳立てだったのかよ……そこまでされちゃやらない訳にはいかないか。分かったよ」

 手順は以前と同じだ。布団越しに少女の身体を触ると、ぴくっと顔が動いて触られている個所の方角を見た……見えてないけど。

「今から耳に……入れるからな?」

布団から手を放し、少女の肌にぺたりと触れる。それから体を上るようにぺたぺたとゆっくり掌をのぼらせて、両耳に到達させる。

「あ、夏目。電源入れないと」

「え? 着けてから入れるんじゃないのか?」

「着けてから入れたらびっくりしそうじゃんっ」

 耳の手前でボタンを押して電源を入れる。メロディ音が鳴った。これで耳に入れる……いや、フックの部分をかけるのか?

「………………? ?? ぁ…………あぁ……?」

「き、聞こえるかな?」

「!!!」

 少女は声のする方向から勢いよく逃げようとしたが背後は段ボールの壁だった。ここまで極端に驚かれると俺も逃げそうになるが、それでも手だけは離さなかった。いや、咄嗟に掴んだのが手だったのだが。

「お、俺だ。こ、こんにちは。いや、おはよう」

「あ、あ……? こ、声が……聞こえ……う!」

 

 次の瞬間、少女は感極まったように泣き出した!


「こえが! 聞こえええええええええ! 声! 音! ああああああああああああああ!」

「お、落ち着け、落ち着こう。ていうかなんか声が大きい! 俺のがキンキンする!」

「……夏目はともかく、あの子なんか痛がってない? やばいかも!」

「音が急に聞こえるようになったせいで、脳の音量調整が上手く行かなかったのかもね。一旦切り離しましょうか」




















 俺達が一人残らず健常なせいで細かい所の気配りが上手くいかない。補聴器は遠隔でも操作出来るようなので川箕に一度オフにしてもらい、今度は音量を調節した上で改めて電源を入れた。

 今度こそ失敗しない様に、次はベッドの上に引っ張り出して抱きしめながらの形式になった。突然耳が聞こえるようになるのは恐ろしいが、気の許せる存在が近くに居ればまだマシだろうという判断だ。

 俺と会話が続くまで二人は声を潜めるらしい。

「お、おはよう」

「あ、お、お、おはようございます…………ほ、本当だ。夢で、えっと。夢、本当に……安全です、か?」

「ああ。俺は君を……助けたいんだ。本当に自分勝手でさ、目が治せるなんて思わないでほしいんだ。それでも助けたいと思って……せめて平和な場所で穏やかに暮らせるようにしたい。とは思う。だからその……暫く、宜しく」

「お、お名前は……なんと、お呼びすれば? 私は…………ニーナ。アイオニーナ・ジェニフィアです」

「な、長いな。ニーナでいいよ。この町は本名かどうかなんて誰も気にしないから。俺はジュード。まずは何があったか……いや、こっちから説明するべきだな」

 恐らくそれが誠意だ。

 俺達がニーナを望んで助けた訳じゃないこと、半ば強引に押し付けられた事はしっかりと説明した。それでも今の彼女を見たからには助けたい事と、命に代えても守る事も。

 軽々しく命を懸けるなと言われても仕方ないが、でもこの町では命はゴミのように軽い。今日も外に出て探そうと思えば一分も経たず死体が見つかる。見たくないから目を背けているだけでそういう世界だ。

「……はい、信じますね」

「有難う。ただ、守るだけってのも変……それで君は幸せに暮らせないと思うから、どうか君の方で事情を聞かせてほしい。不良品として返品されたって所からしか知らないんだ。何があったんだい?」

「…………私は」

「ジュード君」

 普段よりも更に一回り大人しい声で透子が会話に割り込んできた。俺達以外の声にニーナはびっくりしていたが、恐らく夢の中で聞いたのだろう。怖がったりはしなかった。

「耳が聞こえなくなった状態は相当長く続いたみたい。喋り方の抑揚が変なの、分かるでしょう。このまま事情を聞いても日が暮れてしまうわ。私達の都合で無理させるのもどうかと思うし、せめて聞くのは彼女が喋るのに慣れてからにしましょう」

「……そう、だよな。うん。気配りって難しいなあ。ニーナ。大丈夫だよ。今日は聞かないから」

「は……は、いぃ」

 人は自分の経験の中でしか生きられない。かばね町に来る前はこの異様な治安の悪さに同じ事を思い、そして今は感覚を失ってしまった少女に思っている。



 上手くいかない事ばかりだ。こんなにも俺って人間は―――優しくなかったのか。


 なんなら透子の方が、相手するのに慣れているような?







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