人生の導き手
「帰ったわ」
「何処に行ってたんだ? かなり長い間戻ってこなかったけど」
「オーストラリア」
いまいち嘘か本当か見分けにくい発言で軽く流された。危ない場所に行っていたのだろうか。俺を巻き込みたくないとかで、出鱈目を?
「あー……! そこぉ……うひぃぃぃぃぃ~」
マッサージの瞬間を見られたのは若干気まずかったが、気まずいのは俺だけだった。二人とも特に気にした様子はない。ただ俺は……川箕の気持ちよさそうな声が凄く本能にクるというだけだ。そんなに抗いたいなら今すぐ止めればいいのに、心が思春期を拗らせすぎて止められない。「まあ川箕からお願いされたし」と言い訳をしながらこの時間を楽しんでいる。
「川箕さん、とってきた部品は地下室に置く?」
「んー……おねがぁい。明日の昼までには何とか完成させておくから……今は駄目ぇ」
「一日程度で完成出来るの?」
「一から全部作る訳じゃないしぃ……私、修理屋だよぉ。ああ……ノウハウもあるし、小型の物だったらぁ……万が一に備えて同じ型の物も作っておいたりするんだよねえ。ほんと、たまたま……出来る訳ぇ」
「何の話をしてるんだ?」
「川箕さんが驚かせたいそうだから秘密よ。それじゃあ私、あの子に用事があるから今日は向こうで寝るわね。だから悪いけどジュード君、今日は川箕さんと添い寝して?」
「え?」
「え?」
言いたい事だけを一方的に言って、透子は行ってしまった。狭い個室の中にとんでもない空気が漂うのを感じる。
「…………添い寝、してんの?」
「あ、いや。ちが。そうだけ……えっと」
「やっぱりここ寒いから?」
「へ?」
「ごめんね~! いつか暖房付けようと思ってたけどここを人に貸す気なんて元々なかったんだよっ! そうだよね、寒いよね。布団が沢山あっても元々の熱源がないと限界ってあるよね。分かる~!」
「あ、ああ! そうなんだよ! そうなんだよ! 歴史の授業の余談でさ、老年の王様は妻とは別に身体が冷えるから添い寝役の女性が居たっていうだろ? 透子に寒さについて相談したらその提案をされて……狭い事も有効活用してるしまあいいかなって!」
嘘なんて吐きたくなかった。だけど、駄目だ。馬鹿正直に『可愛い女の子二人に囲まれて気がどうかしてしまいそうだから表面上は冷静を装う為にも添い寝で少しでも発散させてほしい』なんて言える訳がなかった。
どう誤魔化そうかと思っていたけど……川箕が初心で良かった。斜め上方向にぶっ飛んだ勘違いをしてくれて。
確かに寒いけど、添い寝する事のドキドキに比べたら何でもないのに。
「電気代……高いんだよねえ。少し恥ずかしいけど、夏目に風邪とか引いてほしくないから分かった。今日は……一緒、ね?」
「あ、ああー! そ、それよりさ! 何を作るかしんないけどあれって本当なのか? 修理する時予めもう一個作っとくって!」
「え、うん。あくどい人って居るんだよ。修理したのを隠して受け取ってないって言いがかりつけて料金踏み倒す人とか、誰かに依頼して現物を奪わせてからキャンセルする人とか。そういうトラブル解決用の二つ目。流石に二回も渡したらね、言いがかりもつけにくいから」
「ひ、酷い奴もいるもんだな! あはは、あはははは……」
何故また誤魔化せた?
マッサージを終えて背中から離れると、川箕は仰向けに転がって大きく息をついた。
「ふー……施術台、作ろっかな。うつ伏せだと胸がちょっと苦しいんだよねえ」
「そ、そうなのか……あー、勿論寝る時は横に向いてくれていいからな?」
「でも本当に夏目のマッサージって最高っ! ゴリゴリに凝ってた身体がすっかり溶け出してきた気分だよっ。明日は早く起きて作業しなくちゃだし、もう寝よっか」
「そ、そうだな……」
透子が遅く帰ってきたせいではないが、時間があったので二人共入浴は済ませてある。後は本当に寝るだけだが、川箕は不意に立ち上がって逃げるように扉の前へ。
「どうした?」
「一人の時は気にしなかったけど、この格好は流石に……でしょ。き、着替えなきゃ」
「あっ……」
タンクトップ姿で寝るのは流石に恥ずかしかったのだろう。俺もそう思う……っていうかタンクトップ姿で寝られたら理性が我慢出来る自信がなかった。気が付いたら生地の内側に手を突っ込み、零れんばかりの谷間に顔を……
―――セーフだ。
ผีさんの発言が図星みたいになって気に食わない。たとえ二人を襲ったとしても俺は断じてあの子を練習台にするつもりはない。あの子にはあの子の人生がある。俺が勝手に消費していい筈がない。
電気を消したのとほぼ同時に、着替えを済ませた川箕が戻ってきた。
アウトだった。
彼女がタンクトップの代わりに着てきたのはまさかのネグリジェだ。単なるワンピースみたいな形の寝間着だと侮るなかれ、全身を覆っているようで、少し光が入るだけで体の殆どが透けてしまう。
女性として大事な部分は下着宜しく厚い生地で隠されているが、それで何の問題が解決した? それ以外が透けているならもう服を透視している様なものだ。透子を基準に出すのもどうかと思うが、直情的な彼女に比べると川箕は凄く奥手で、初心だ。俺が評価するのなんだけど、好きって言葉一つ言うのにも顔を真っ赤にしてしまう。
そんな性格に反して、あまりに寝間着がスケ……アダ……エロ……煽情的すぎないだろうか。
「……………」
「……………」
ひたすらに、お互いの見つめ合う時間が続いて、お互いに堪えられなくなった現在がこの沈黙だ。しかも俺の場合は、ゆったりとした生地であっても主張の激しい双丘をまじまじ見つめていた所から、顔を見合わせる形になった。透子は何の用事があって俺にこんな拷問を仕掛けた! 恥ずかしくて今にも死にそうだ!
「な、なんかさ。修学旅行思い出さない?」
「え、え?」
「布団に入って向き合うこの時間。なんか、楽しいかも」
「しゅ、修学旅行は男女で寝てないんじゃないかな……俺にはそんな記憶ないよ」
男子が彼女の部屋にこっそり入って二人で寝ていた話なら知っているが、それくらいだ。間違っても何か起きないように基本的には男女は分けられている。
「え。私の小学校、もうないんだけど……その時の修学旅行は男女一緒だったよ」
「マジか? 何でだ?」
「私達の前の代が男女別々で泊まったら、女子組が全員不審者に襲われてさ。先生は殺されて、襲われた子はみんな心病んじゃった」
その、もうない小学校の住所が何となく分かった。きっとこの町か、付近にあったのだろう。透子の住所と、それから事件の悪質性を鑑みれば容易に想像がついた。
「……だ、大丈夫だよ川箕。お前も透子も俺が守る。一生、守り続けるから」
「一生って、なんか重くない? でも、ありがと。あーあ、高校がまだあったら、彼氏とか作っちゃって修学旅行で甘えたかったな。二人で沢山、楽しい思い出作るの」
「……憧れてるのか?」
「楽しそうでいいじゃんっ。うちの家族さ、勿論円満なんだけど、あんまり甘やかされたって事ないんだよね。だから……うん。これから見つからなかったら、夏目で妥協しよっかなー♪ なーんてっ」
理性が拒否を示すより早く、身体は彼女を力強く抱きしめていた。
「……わふ」
「俺で良かったらいつでも歓迎する。三人でもっと色んな事をしてみたいよ。二人と居る限り、俺の人生はずっと幸せだ。今まで過ごしたどんな日々より輝いて、眩しいくらいだ」
「………………透子ちゃん、やきもち妬いちゃうかな」
「こんな事でやきもちは妬かないと思うけどなって何かこの話どっかで……」
「今度さ、落ち着いたらベッド大きくしちゃってさ、三人で寝ちゃう? どう考えても暫くあの子と一緒に暮らしそうだし、私のベッドはあの子に使わせたいんだっ」
「そ、そうか? なら……し、仕方ないよな! 仕方ないよな。俺が真ん中で、二人に挟まれて寝ればいいんだよな?」
「そしたら、暖房も要らないねっ」
川箕はにこっと笑ったかと思うと、ゆっくり目を閉じて、俺の身体に全身を預けた。
「―――そろそろ寝るね。お休み、夏目。なんだ、寒がりかと思ったのに、意外と身体……熱いじゃん」
翌日、俺が目を覚ましたのは。早朝に聞くとは思えない川箕の絶叫だった。
「うっしゃああああああああああああ! でえええきたああああああああああああああああああああああ!」




