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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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虎の威を借りる狐で在りて

ผี(ピー)さん。今夜はよくぞ来てくださいました。うちのモンが何やら殺気立ってますがご容赦下せえ。近頃は何かと物騒でして」

 車を降りると、坊主頭の男がパリパリに仕上がったスーツを身にまとってわざわざ出迎えに来てくれた。首の下から覗く傷跡は実に生々しく只者ではない予感を素人にも与えてくれる。道端で出会ったらまず声をかけたくないタイプだ。

 そんな悪印象が伝わったのか、男は俺の方を見つめて、それから サイトウさん―――ผีの方へ。

「そいつは?」

「そいつ呼ばわりとは命が惜しくないようだな。別に構わないだろう。私とサシで話し合いたいとは言われていないし、そんな要求は呑まないからな。連れが一人や二人居たって構わない……あれは大分前だが、娼婦を二人肩に抱いて現れたのはどちら様だったか」

「……堪忍してください、ありゃオヤジの悪い癖です。外人の女は乳も尻もデケぇからって見境のない。赦されるならアンタだって抱きますよ」

「だったら文句をつけるな。出迎えは結構だがいちゃもんをつけに来ただけなら今すぐ銃を抜け。我々マーケット・ヘルメスはいつ如何なる時も戦争をする準備が出来ている」

「……では、案内しやす。足元にお気をつけて」

「行くぞ」

 囲むように見えたが、それは極道達の整列だった。この車を出迎えたという事なのだろうか。映画で見たような光景そのままで実は少し感動しているが、あれは目上の人間を迎える時の作法ではなかったか……争うつもりがないという敬意から命じた可能性もある。

 透子のお陰で穏健派のように見えるだけで発言はかなり過激且つ武闘派を匂わせているのがマーケットだ。龍仁一家については詳しくないので評価はしかねるが、敵対勢力でもそのつもりがなければ丁重に出迎える辺りは穏健に見える。

 一方で戦力差は歴然だ。適当に数えても百人はいそうな極道に対してこちらは腹心っぽい部下が一人と、車に控えている二名。実を言えば後ろを追従していた部下も居たのだが何故か中には入らず途中で別の道に行ってしまった。それを含めたとしても十人くらいだ。

 相手の対応に余裕があるように見えるのは単に、数的有利を取っているからかもしれない。

「…………そんなに怖いなら私の腰でも掴んでいるか?」

「え……いや」

「堂々としていろ」

 小声でのやり取りも、会合所の中は音が響くから誰かに聞こえていないか心配だ。今のところは誰も反応していない。一階はやはり龍仁一家に所属する極道達のたまり場となっており、俺達はあらゆる敵対的感情を網羅した視線が一斉に注がれている。こんな事なら日傘を車内に置いてくるんじゃなかった。ここで差しておけば牽制に……何が牽制になるんだ?

「『鴉』は来ているのか?」

「代理のモンが来てやす。しかし何でまた。オヤジはそちらに話し合いたいと伝えただけじゃあないですか」

「私達は共に睨み合っているんだ。誰か一人と通じ合ってもう一人を叩くなどという抜け駆けは許されていないだろう。以前の若頭はどうした、教育がなっていないようだぞ」

「災害に巻き込まれて死んじやいやした。その辺りの事情に疎いんは、単に俺の落ち度です。しかし『鴉』は滅多な事じゃ姿を現さねえそうですね。困ったもんです」

「……ผีさん。『鴉』のボスってどんな人なんですか?」

「その名前で呼ばれるとむず痒いな。頭のネジが緩んだイカれ女だ。私は大層気に入っている。もしも何処かでプラチナブロンドの左が朱、右が黒のオッドアイの女を見かけたらそいつだ。身長もお前より遥かに大きいぞ」

 身長が大きいのはผีさんも例に漏れていないが、そんな目立つ格好なら案外簡単に見かけられそうだ。早朝の放送がやたらハイテンションなのは気になっていたが、あれが素面だとするなら確かに頭のネジが緩んでいると言われても仕方ない。

 二階に上がるとパーティー会場のようにラウンドテーブルが並べられており、既に多くの人間が酒を片手に席についていた。極道だけとは思えない。誰しも格好はきちんとしているが、あからさまな外国人も居れば、全身に金属のアクセサリを纏った富豪っぽい男も居る。相対的に見て一番みすぼらしいのは、個人で座るガスマスク姿の男だ……何処かで見た事があるような。

「マーケットの席はあちらです」

「ふむ…………外観が和風だったからには、大広間が良かったな?」

「畳を敷いちまうとオヤジが作法にうるせえもんで、模様替えを。堪忍して下さい。俺はオヤジを呼んできます」

 そう言って男は足早に廊下の方へと去っていく。ผีさんは何やら顎で部下に指示を出すと、俺と二人で席についた。

「部下はいいんですか? 護衛なんじゃ?」

「話を聞くだけだ。私の想定とは違ったが、これはこれでいい。お前もむさくるしい男に挟まれるよりは、私のような美人と座っていた方が気楽になれるだろう」

「あ、あんまり変わらないです……怖さは」

「ほう。人間災害と行動を共にしてそんな事が言えるのか」

「透子はそんなんじゃないから……って言っても貴方には理解してもらえませんよね。酷い目に遭ったんだし」

「知った口をきくな。少なくともアレはアレでお前との交流を楽しんでいる事くらいは分かるぞ。私とてこの支部の頭を張る女だ。察しが良くなくては死ぬ世界に生きると自然とそうなってしまう。ジュード、例えばお前の女の好みも分かっている。手に取るように、な」

 思わずผีさんの顔を見上げてしまう。義眼が不気味で目を逸らしたはいいが、逸らした先には胸があって、慌ててまた顔を見る。彼女は愉快そうに微笑み、俺の頭を掴みながら撫でた。

「あの下らん斡旋所でお前と行動を共にしてた女も併せれば共通点は一つだ。ショーガールにでもなってくれれば高く価値がつくぞ」

「川箕をそんな目で見ないでくださいっ」

「安心しろ、手を出す気はない。ただの品定めだ。それはそれとして、素直な男はこの世界では貴重だから、これからも分かりやすい男で居てくれよ」

「は、はい?」

「欺瞞、虚勢、空言。この町の男はそればかりだ。自分を少しでも高く見せようと躍起になり、その為なら幾ら嘘で塗り固めようとも気にしない。奴らは自分の力を誇示する為ならその辺にションベンだって撒くさ。個人の縄張り争いなど何の意味もないというのに」

「―――もしかして、褒めてます?」

「解釈は任せよう。お前は何色にも染まる男だ。自分色に染め上げたいと願われたら、お前以上の逸材は居ない」

 やっぱり貶されているかもしれない。

 川箕の見た目を高く買っている様だし、心を許そうとは思えなかった。アイツの事もやっぱり俺が守らないと。今日、俺が外に出た事すら気づかなかったような奴だ、付け入る隙なんて無限にある。




「皆さん、お集まりいただき誠にありがとうございます。本日皆様に召集をかけました、龍仁三千三(りゅうじんみちぞう)です」




 マイクを持った壮年の男が奥の扉から姿を現して、開口一番そんな挨拶をした。かと思えば、

「―――なんてなあ。畏まるってのぁ好きじゃねえんだ俺は。だがよくぞ呼びかけに答えてくれたな。うちに一枚噛みてぇ野郎共と、マーケットの腐れ女」

 視線をこちらに向けて挑発的な物言いに切り替わった。ผีさんは飽くまで乗らない姿勢を貫いている。男はผีさんに比べるとかなり年を食っており、生え際が後退しているのかおでこが相当に広かった。髪も黒い部分は僅かで殆ど白髪になってしまっている。頭目を続けて長いのだろう(ผีさんはどう見積もっても三〇歳前後だ)。

「俺ぁ長えのが嫌いなんだ。だから手短にこんな召集をかけた理由について説明する。永瀬!」

「はい」

 隣に、永瀬と呼ばれた眼鏡の男が並んだ。

「ここに居る全ての皆様にとって天敵は誰か。答えは言うまでもなく人間災害です。あれはその名に相応しくおよそ生物と呼ぶには強大な力を持った怪物です。どんなに間違ってもあれは人間ではない。銃と金で成り上がってきた私達の理の外に生きる究極の自然災害と言えるでしょう。ですが、もしそれを殺す事が出来たら?」


 会場に、どよめきが満ちていく。


「賞金はもうねえが、んな事ぁ関係ねエ。ここは俺らが命かけて手に入れた場所なんだ。ガキ一人にいいようにされて黙っていられる訳がねえ! そうだろ!」

 元々傘下の極道を除くと反応は冷ややかだが、それでも各組織の間で緊張と期待が入り混じっている空気がこちらにも伝わってくる。もし殺せたら。もし居なくなったら。そんな素晴らしい事はないと、見解の一致を示すように。

「たまたま、俺らはとんでもねえモンを手に入れた。おい」

「はい」

 慣れた様子でスクリーンが用意され、そこにビデオが映し出される。



 それは、花弁スタジオで制作したと思われるビデオだった。



 明確に違う所があるとすれば音声がところどころザラつき、映像は途切れ途切れ、時々人物の顔が歪むなどの不自然さだ。映像の流れは俺達が今まで見てきた者と似通っており、何かを欲した人間が闇市に赴いてそれを手に入れ対価によって破滅する様子。その何かは最後まで分からない。

 映像に移りこもうとすると画質が荒くなるし、口での言及は音が被さるしで純粋に不明なのだ。

「たった今見せたモンは、呪いのビデオだ。だがここで見せた映像は手ぇ加えてある。こうすりゃ何も起きねえから別に俺らが呪われるこたぁねえそうだ。だが生の映像は違うぜ」

 そう言って龍仁が袖裏に視線を遣ると車椅子に縛られ猿轡を嵌められた男が大衆の目に晒されるよう連れてこられた。車椅子には机が設置されており、上にはパソコンが置かれている。

 それより目を引いたのはヘッドホンを被り、目隠しをした極道が車椅子を押している事だ。それの方が余程奇妙に見えた。過剰に見聞きする事を避けているみたいだ。

「今の再生ん時、そいつだけは生の映像を見た。映像を見たのはこれで三回目だ。何が起こるか見てみやがれ」

「――――――お、おが、おぐ…………!」

 男が突然苦しみだしたかと思うと、身体の中から聞こえてはいけないような声が聞こえ、直後に喀血。タオルの猿轡に血が染み出し、程なく絶命を報せるように項垂れた。

 その場にいた人間全員が、凍り付く。

「呪いは本物だ。これならあのガキを殺せる。全員、俺らに協力しろ。協力すりゃ殺せる、確実に。呪いから逃れる方法は無いんだからなぁ!」


「協力なんて下らない。勝手に殺しとけ」

「俺達には関係ないからな」

「まあ怖いけど、藪をつつかなきゃねー」


 仮に殺せても、相打ちで全滅しそう。そんな危惧でもあるのだろうか、殺せるなら是非もなく乗りそうなものなのに、誰も乗り気ではなかった。龍仁はそれでも勧誘を辞めず、部下に焼きゴテとカセットコンロを配らせる。

「もし人間災害を殺せたらその首で以て俺らが国に喧嘩を売る。そんで懸賞金を世界中から巻き上げるんだ。間違っても手は出されねえ、何故なら―――人間災害を殺した俺らこそ、新たな人間災害だからだ。一枚噛みてえって奴はそのコテでてめえの身体に服従の印を立てろ」

「ふざけた条件だな龍仁一家。人情派が聞いて呆れるぞ、真の当代は女遊びにかまけて隠居して、代理がこんな浅ましい男だとはな」


 ガチャチャチャ。


 ここに入ってきた時の物言いから、ここは元々大広間で多方向から入れるように襖があったのではないだろうか。垂れ幕で隠れていて気付かなかったが、ここに来て銃や刀を携えた極道が俺達全員を包囲するように現れた事でようやく気付く。

 逃げ道などない。

「マーケット。まずはてめえからだ。女のてめえは子宮の上につけろ。てめえがやれば、全員従う」

「―――本当にあの小娘を殺せるなら吝かではないが、その呪いのビデオは本物なのか?」

「あ? 何言って―――」

「貴様のような品性の欠片もない下賤な男に聞いていない。ジュード、どうだ?」

「え…………」

 ここに居る全員の出方は俺の発言次第という事になるのだろうか。何十人もの視線を浴びせかけられてとてもじゃないがまともに喋れる気がしない。足も震えてきた。

 コートの下から密かに背中を叩かれるまでは。

「…………えっと」












「俺は、本物じゃないと思う」


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