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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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水面下の戦争

 可能な限りの情報をサイトウさんに渡したつもりだ。確たる証拠こそ掴んでいないが度重なる違和感がある意味答えを出しているようなものだ。人によっては証拠を掴んでから告発しろと怒ったかもしれない。だけどこの調査結果が、今の俺達が持つ全ての力だ。


『…………うちへの挑発かどうかは分からないが、きな臭い事はやっている様だな。おっと、私達も十分悪党か。だが悪だくみという物は得てして思わぬ所から漏れてしまう物だ。慣れない事はすべきではないな?』


『どういう意味ですか?』

『お前達は龍仁一家と繋がりがないのか。ならば教えてやるが、あれは所謂人情派だ。腹の中ではどう考えているか分からんが、一本筋を通した極道を気取っている。悪だくみなど小物のやる事、王者は堂々と構えていればいいというのが奴らの気風だ』

『はぁ……そ、それで。マーケットは何もしないつもりですか?』

『それはまだ分からない。私もそのビデオとやらに興味がある。それを見てから判断させてもらおうか』


 今度は向こうからかけ直すと言い残し、サイトウさん側から電話を切られてしまった。手応えがあったかと言われたら微妙だが、無関心よりはマシといったところ。

「こ、怖かった……」

「何かあれば私が守るから、安心して」

「ありがとう……いやでも、どれくらい待てばいいんだろう。早送りしてくれるかな」

 時計を見るともうとっくに夕方、外の暗さ的には夜だ。これ以上の活動は調査とは無関係に危険が伴う。今更だけど、こんな活動を部活動として認めさせようとしたなんて自分でもどうかと思った。

「……サイトウさんからの報告を待ってた方がいいかな」

「明日になるかもだけど、仕事しちゃう?」

「その方が暇を持て余さなくて済みそうだ。透子は……今日、バイトないのか?」

「明日に代えてもらったから今日は一緒に居るわ。手先は器用じゃないから君の仕事を手伝ったりは出来ないけど、話し相手くらいにはなるから」

「じゃあ透子ちゃん。こっち手伝ってくれないっ? 実はとっても重要な工程があるんだっ!」

「……話し相手になれなさそう」

「そこまで落ち込まなくてもいいだろ! 大丈夫だよ、手伝いに行ってやってくれ。俺なら問題ないから」

 

 そして今日も、修理屋としての仕事に邁進する。


 川箕が今度持ってきたのはぬいぐるみではなくて枕や布団だがやる事は変わらない。綿を詰め直す作業が増えたくらいだ。では川箕はというと、俺にお使いをさせた部品で早速製作にとりかかるようだ。

 二人がガレージを出ていくのを見計らったように、再度携帯が鳴った。相手は勿論、サイトウさんだ。


『……あの、もう見終わったんですか?』

『違う。ナツメくん……いや、今はジュードと名乗っているんだったな? ウチに大層なお金を払わせた件と今回の一件には何か関連があるのかと、ふと思ってな」

『……遠慮しながら頼るよりはもう豪快に頼った方がそっちも気分がいいんじゃないかと思いまして』

『ははは! そうか、私の気分を尊重してくれたのか。お前は思い切りのいい奴だ。無礼をすべき瞬間を弁えている。いいぞ、許そう。この退屈なビデオを見終わるのはもう少し後だ。邪魔したな』


 実を言えばこの状況は俺達が頼る頼らないに拘らずよろしくない。夏目十朗という名前が指名手配を受けているのに、サイトウさんは俺の名前を知っている。夏目なんて名前は何処にでもいるかもしれないが、『人間災害』と関わっている夏目は流石に俺くらいだ。

「…………マジで何が完成するんだ?」


 部品を適当に眺めた感じは、どう組み合わせてもあまり大きい物体には変わらなそうに見える。するとある程度は持ち運びの出来る機械製品? 高校生の実力が及ぶ範囲の工作で絞り込むとちょっと想像がつかない。

 ある意味、楽しみだ。

「……サプライズっていいよなあ」

 枕を直しながら考えるような事ではないが、俺だって二人を驚かせたい気持ちがない訳じゃない。まだ計画すらなくて、ぼんやりと願望があるくらいだが考えておこう。

 この手のサプライズはある意味ギャンブルというか、相手にどれだけ悟られずに準備出来るかが大事なのに、悟られすぎないとそれはそれで相手の好みに沿った事が出来ない可能性もある。華弥子の時もやろうと思った事はあったが、理想の彼氏を演じられなくなりそうだったのでやめた。

 友達相手にはその辺りの敷居も下がっているから、気兼ねなく考えよう。時間はたっぷりある。もう学校には通えないし。

 


















「……こんな所か」

 一つ一つが大きくてかさばっていたからだろう、川箕が持ってきた量は全体のボリュームに比べて少なく、二人が帰ってくるまでに終わってしまった。ぬいぐるみはあれはあれで細々していたからやってもやっても終わらなかったのだが。これでいよいよ暇だ。

 身体的には全然疲れていないが、精神的には重苦しい疲労感がまとわりついている。固いコンクリートの上で寝転がるなんて体を痛めるだけだが、それでも寝転がった。

「ふう…………」

 電話もかかってこなければ川箕達も戻ってこない。テレビでも見ていれば時間を忘れられるだろうか。いいや、それよりも二人へのサプライズだ。よくよく考えてみれば俺は二人の事に詳しくない。


 透子が何をあげれば喜ぶのか、何が嫌いなのか。嫌いな物なんてないのか。

 川箕は何をあげれば喜ぶのか、何が嫌いなのか。そもそも用意出来るのか。


 それとなく聞き出すなんて高等テクニックに自信はない。他に二人を知る人間が居れば……話は早いのだが。俺達が一緒に居られるのは偏に三人が共通して個人だからだ。誰に聞けばなんて、横の繋がりが分からない以上、会話の中で見つけていくしかない。

 現時点で確かなのは透子が眩しいモノが苦手である事と、川箕が機械いじりで生計を立てている事くらい。これじゃ全然情報が足りない。

 ガレージの電気と向かい合って目を細めていると、視界の下からぬっと光を遮る顔が現れた。

「透子……」

「川箕さんの工作はかなり時間を要するみたいだから、完成品を期待しても今日明日じゃ無理よ」

「手伝いはもういいのか?」

「今日出来る事は一先ずね。電話はもう来た?」

「いや、もう少しかかるっていう電話だけ来た。だからもう少しかかるんじゃないかな」

 その割には俺も仕事が終わってしまったし、もう少しの尺度は人によりすぎるか。

「この事件だけは解決しないといけないけど、終わったらどうするつもり? 部活動は廃部かしら」

「…………いや、部活動って形はなくなると思うけど、続けるよ。かばね町の事を知るには丁度いい活動形態だし。俺はまだまだひよっこだ。誰かに守ってもらったり手加減してもらわないと生きていけない。一人前になる為にもこの町に詳しくならないと」

「頑張り屋さんなのね。私も応援……ううん、傍で支えるわ―――君を危ない目に遭わせてしまったのは間違いなく私のせいよ。それは許されるべきじゃないから、本当ならどんな理由があっても隣に居るべきなんだろうけど」

「そんな気負わないでくれよ! 透子にはもう十分すぎるくらい感謝してるんだ……でも、そうだな。もしどうしても負い目があるんだったらちょっと相談に乗ってくれよ。川箕が来ない内に」

「内緒話って事? 何かしら」

「―――――いや、その」

 相談相手を間違っている事くらい分かっているが、俺と透子の間には単なる友達では有り得ないような関係が続いている。幾ら傷心していたとはいえ、カラオケボックスの中で彼女の身体を好きに触らせてもらった一件は今でも強く記憶に残っている。あれのせいでむしろ、自分の中の邪な心を強く自覚するようになったというか。

 どんなに辛くても本能には抗えないんだなという虚しさまであった。

「俺は、男だ。透子も川箕も、女の子だ。だからその……一緒に過ごしてるとさ、楽しいんだけど、たまに良くない気持ちを抱きそうなんだ。両手に華って言えば聞こえはいいけど、まさかそれを堂々と言おうなんて思えないし、思わない」

「…………つまり私はどうすればいいの? 君に無抵抗で体を明け渡すって事かしら。それは、ちょっとケダモノが過ぎると思うけど」

「そこまでは言ってない! ただバイトがない日は…………一緒に寝てほしい、かなって」

「………………話が随分回りくどかったみたいだけど、言いたい事は分かったわ。大丈夫、私はどんな事があっても君の味方よ。ふふ……♪ 本当に駄目だと思ったなら、川箕さんを襲う前に私を襲ってね? どんな事されても、抵抗しないから」

「や、やめろって。冗談は」

「―――そうよね。君は男の子だから、私よりずっと力が強くて、身体が大きくて、私の抵抗なんて簡単に押し潰せちゃうわね。いつの日か川箕さんと一緒に力ずくで組み伏せられたりするのかしら」

「しないってば!」

「私達にとっての人間災害は夏目君だったってオチも、悪くないと思わない?」




「最悪だよ!」



 なんか、透子がご機嫌だ。

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