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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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人を呪わば穴二つ?

 ぐちゅ、ちゅぐ、ぶぐちゃ。

「透子ちゃん! もう少し静かに出来ない!?」

「私、医者じゃないから無理」

「俺達で自衛するしかないみたいだぞ。耳が気持ち悪いなあ……」

 学校に居た頃、好きなラブソングを聞いたり彼氏と寝落ち通話を連日していた女子が良く『耳が孕んだ』という表現を使っていた。あまりピンと来なかったが、この最悪な気分が反転したら同じ気持ちになるのだろう。音で凌辱されている気分だ。

 透子と違って内容物を漁る気にはなれないので川箕と頑張って死体の外観から発見を得ようと試行錯誤している。これら死体は死体なので当然動かないし喋りもしない。驚かせるなんてとんでもない。それなのにどうして俺達は肩を寄せ合って心霊スポットにやってきたように震えているのだろう。

 寒いからだったら、良かったのだが。

「見た感じ、どいつも綺麗だよな」

「擦り傷とか軽い切り傷はたまにあるけど、それが死因には見えない……うぷ。死体やだあ! もうお腹いっぱいだよ!」

「出来れば見たくないのは分かるけど……二人で頑張ろう。見落としがあったらもう一度見なきゃいけないんだぞ。そっちのが嫌だろ」

「うぅ…………」

 身体が冷たいのは腐敗が進まない為に冷やされているからで、凍死した訳じゃない。季節は冬だが、この国の気候的に全員が共通して凍死するなんてあり得ないだろう。

「透子。この町で一番よく見かける死因ってなんだ?」

「刺殺・銃殺・撲殺辺りかしら。危ない所には近寄らないのが一般人が生き抜く秘訣だから断言は出来ないけどね。刃物は特に色んな人が護身用武器として隠し持ってるくらいだから一番有り得ると思うけど」

「一つ仮説なんだけど、死体ってその辺に放置されてるんだよな。人の多い場所では見た事ないけど……それで衛生環境が悪くなって病気が蔓延ってるって線は?」

「だとしたら私もKIDも気づけるわね。ただ、人通りの多い場所や大きな組織の資金源に近い施設は流石に周辺が片付けられてるのと、一日二日で発症して即座に死ぬ病気があるならもっと有名になっていてもおかしくないっていう点から、その仮説はかなり可能性が低いと思う」

「ホテルとか、風俗とか、後はカジノの事だね。この国ってとにかく賭博禁止でしょ? だけどかばね町だけは取り締まれる状況にないから、賭博したいって人が外からこっそり入ってくるなんて事もあるらしいよ。聞いた話だけど」

「ここには動くお金に規制なんてかかってないから、人生一発逆転を懸けてやってくる人間は少なくないわよ。川箕さんが詳しいのも、誰かに聞かれたんでしょう? カジノは何処だって」

「まあ、ね。交番で聞けばって言って逃げたけど」

「でも賭博って胴元が儲かるように出来てる筈だよな……ああ、衛生は客足を遠のかせる要因にもなるから気を払うのか。納得した」

 

 その後も川箕と頑張って観察を続けたが、身体の表面に特徴的な症状が出ているとか、特定の場所に傷跡があるとか、そういった事は一切なく……導き出された結論は、恐らくKIDと相違ないモノだった。


 これらの死体に共通しているのは、原因不明の死という事だけだと。


 飽くまで素人の見解だ。病院に運べば或いはもっと詳しく分かるかもしれないが、透子曰く病院はあくどいらしいので取りやめになった。

「検死班の結果は?」

「ちょくちょく様子見てたけどあんまり手応えある感じには見えなかったよ」

「……結論から言うと収穫はあったけど、説明が難しいのよね」

「それは、なんだ? 専門用語が飛び交って俺らには訳分からないっていう?」

「いえ、言葉にするのが難しいっていう意味で。まず切り開かれた死体に共通している事は心臓が大きく縮んでいた事ね。潰されていたっていうべきかしら」

「KIDがうっかりで潰したんだろ」

「うっかりで潰して死因が分からないじゃ世話無いわ。確かに幾つかの死体の中にはメスが置き去りだったけど、それなら切り裂かれた結果縮んでないとおかしいのよ。私が見たところ、心臓はもっと握り潰すみたいに大きな力が加わっていたんじゃないかって。こう、両手で覆う感じでね」

 透子は説明に苦心している様子。上手く言語化出来ない証か、両手をわきわき動かしてどうしたものかと勝手に首を傾げている。

「――――――心臓は、血液を全身に送らせるポンプなのよ。これが止まると血液が行き渡らなくなって死ぬ。ここまではいいわね」

「授業で習ったよね」

「AEDの話な。そういえば救命講座みたいなのやったっけな」

「そのポンプは自発的に活動してるけど、外から大きな力が加わって、加わりすぎて意図的に動きを止められてるの。それで心臓が止まって、死んでる」

「……でも心臓に強い圧力をかけたような痕跡なんて何処にもなかったけどな」

「硬い棒みたいなので突いたとか? でもそれだと握り潰すって言わないか」

「痣、なかったろ」

 透子の歯切れが悪い理由が気になる。隠し事なんて今は特にする意味がない。俺達は部活の名目で首を突っ込んだだけだから当事者という事はないし、透子だって無関係だ。人間災害とこれが関係するとは思えない。

「どうしたんだ?」

「―――川箕さんは知ってると思うけど」

 近くに置いてあったバケツで軽く洗い、臭いが取れなかったようなので透子は服のポケットに手を突っ込んでしまう。俺達が散々死体で喚いたせいで気を遣わせたか。

「人間災害について有名な話を知ってる?」

「え?」

「え?」

 視線を、背後で気持ち悪そうにする同級生へと向ける。

「…………私でも知ってるレベルで言うと、『人間災害の殺し方』の話かな」

「殺し方?」

 殺し方なんてあったら、誰も彼も透子を殺さんと今頃躍起になっていると思うが。懸賞金もかかっていたくらいだし、誰か一人くらいは血眼になっていてもおかしくない。

 あるいはそれが、俺の父親だったり?

「人間災害は…………殺せない。たとえ岩を持ち上げられる怪力があっても、山を消せる爆弾があっても、高濃度の放射線があっても。人間災害を唯一殺せるのは空想の殺し方しかないって話。私はお父さんから聞いたし、お父さんは酒場で聞いたみたい。少し町で暮らしてたら嫌でも聞く事になる有名なジョークみたいな?」

「何がジョークなんだ?」

「殺し方を問われたのに空想の殺し方なら殺せると言われたら、それは殺し方なんてないと言っているような物だっていうつまらないジョークよ。問題は空想の殺し方。私達、当初は真偽不明の情報として一旦保留にしていた訳だけど、今回の検死をした結果としてある方向性を考えないといけなくなったわ」

「…………それって、まさか」



「お化けが、実在するって話か?」



 そんな馬鹿な話があっていいのか? だが外傷もなければ内部にダメージを与えたような痕跡もない。何故か心臓に圧力がかかったという死因には、お化けぐらいしか納得がいかない。 

 何処をどう見たら死体からそれを読み取れるのかは分からないが、透子のあの見た目からは想像もつかないような破壊力を知った今、有り得るかどうかなんて話をする気にはならない。あるものはある。ないものはない。

「お化けに呪い殺されたと考えるならこの不可解な心停止も納得が行くわ。そして心停止をした死体が増えているのもある意味筋が通る。人間災害に試す為だとしたら?」

「………………!」

「実際、人間災害に呪いなんて物があったとして通用するかはやってみるまで分からないでしょうね。けどやる価値があると判断したから犠牲者が増えているという見方も出来るわ」

「ま、待ってくれ。一回整理しよう」

「じゃあ、場所を変えましょうか」

















 地下室に引きこもっていたせいですっかり時間感覚を失っていたがもう昼になっていたとは。俺達は五時間以上あの死体とにらめっこしていた事になる。実はそろそろ我慢の限界だと思っていた。腐敗なのか何なのか、独特な匂いがあの地下室には充満していたのだ。

 透子に連れられやってきたのは彼女が働くカフェだ。今日も間接照明が数本ついているだけの夕暮れみたいな空間だが、それだけに落ち着く。視界が狭いと視線も気にしなくていいし、何より見える物を特に意識するから、川箕と透子の距離が普段以上に近く感じる。

「お化けの噂があるから調べようという話から始まって、龍仁一家が何か仕事を頼んだ日から花弁スタジオの社員が次々死んでいるらしいという怪事件に繋がったわね。ところがマーケットの掴んだ情報によると、特定の人物がスタジオに依頼をし続けているとも分かった。その人物はターゲットに闇市の存在を一々教えている。つまり龍仁一家ではないという事になる」

「闇市はそもそも町で暮らす人には有名だしな。そう考えると映像のターゲットは全員外の人間だった……って事になる。龍仁一家ならマーケットに流さないで利益を得るんだろうな」

「ええ。小難しい理屈は抜きにしても敵に塩を送るような真似はしない」

「でもスタジオの作品って、何だか作り方が変わってたよね。おかしくない? 依頼をし続けているっていうなら何件か同じ作りの作品がないと駄目なのに、一番最新の奴しかおかしくなかったよね」

「サイトウさんは金の流れを追っただけだ。依頼のお金が前払いで、ひょっとしたら完成してなかったのかもしれないな。世の中に出せなかった理由があるとか」

「…………あ、あのねっ」

 川箕が注文でもする気になったみたいに手を上げた。そのせいで店員が来てしまったので慌てて断りを入れる。

「どうした?」

「言い出したのは私だからさ……じ、実はこっそりダークウェブからあの映像をもう一度見直したの。透子ちゃんとジュードが二人で寝泊まりしてた頃くらいに」

「それは……」

 父親の待ち伏せを回避するかどうかという話をしていた時くらいか。

「そ、それでさ。撮影期間に空白がなかった話覚えてる? おかしいって話になったよねっ」

「撮影期間にインターバルがない話だな。それが?」



「あったの、インターバル!」



「「え?」」

 透子も、驚いたように目を見開き、髪を掻き分けた。

「あの時はパッケージの撮影日を見てたじゃんっ? でも映像の日付と違うの! 最新のは合ってるけど、それより前はズレてて、三か月くらい空いてるっぽいかなって!」

「ビデオ屋が騙したのか?」

「騙す理由がないでしょう。事実幾らか貸し出されていたのよ。あの猟奇的なビデオを娯楽目的で借りる分には誰も時系列なんて気にしないし、気にされない要素を騙す手間なんて誰がかけたいの? 何処かにまだビデオが残ってるって事よ。その穴を埋めるビデオが」 

 そしてそれは。

 或いは?


 透子の危惧する呪いの。呪いのビデオ?

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