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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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屍の声

「おはよう。なんだか顔が赤いみたいね。どうかしたの?」

「どうかしたっていうか……な、何でもないよ」

「そうそう! 何でもない何でもない……」

 翌日を迎えると家の前に透子が立っていた。昨夜の出来事については努めて忘れようとしたが悶々とした気持ちのせいで睡眠が邪魔されてあまり眠れなかった。だからか知らないがテンションは昨夜を引きずっているような状態だ。

「ちょっと、ごめんね」

「わ、わ!」

 透子は俺の後頭部を優しく抱えると、互いの額を突き合わせて熱を計る。こんなやり方、存在したのか。漫画の中だけだと思っていた。

「…………? どうして顔が赤いままなの?」

「だ、だから何でもないって! 暑かったんじゃないかな!」

「冬だけど……」

 至近距離で透子と話していると気を乱されてしょうがない。逃げるように離れると、後頭部を掴んでいた手が寂しそうに虚空を握った。

「大丈夫ならいいけど…………体調が悪いなら言ってね?」

「分かってるよ。傷も大丈夫だ。包帯も変えてもらったしさ」

「不思議なんだけど、傷の治りが早いんだよね。お医者さんじゃないから体感的な話だけど」

 そうだ。自分でも驚くくらい傷が早く塞がっている。今の包帯は念のために巻いているレベルで体を動かすにはなくてもいいレベルだ。俺自身も驚いている。違和感があるくらい治りが早い。まるで自分の身体じゃないみたいに。

「……そう。それなら今日も安心して出かけられるわね」

「死体を観に行くんだったよな? でも噂を聞いて死んだ奴の身体なんてよく保存してたよな。その辺で死んでたってくらい興味なさげだったのに」

「逆よ。同じような状況から死ぬんだから興味があって死体を回収していたんでしょう。そうでなかったら誰が火葬場に身元不明の死体を持って行くの? 見ず知らずの人間を火葬してほしいって持ち込む人間がどれくらい居るのかしら。少なくとも結構な善行、物好き、狂人として扱われるのは間違いないでしょうね」

 透子は持っていた日傘を俺に渡すと、川箕に目配せをした。

「準備は出来た? それとも食事がまだとか」

「そこは大丈夫っ。さっきもな……ジュードとご飯食べてたし!」

「……まだ慣れないか?」

「流石にね……気を抜いてたよ」

 それじゃあ、行きましょうかジュード君。朝が早い内にね」


 …………?


 また何かあったのか。 

 またというか、この町ではいつも何か起きている。何か起きすぎて多少の事は誰も気にしないくらいには事件ばかりだ。良識の中で生きていると信じられない行動ばかり目撃する。それは火葬場の反応であったり、昨夜の警察官の行動であったり、挙げようとすればキリがない。俺もいつか麻痺してしまうのだろうか。『今日もやってんのか』とか何とか言って。

「何か外であったのか?」

「どうもこの町に潜入捜査官が紛れ込んでいるみたい。犯罪組織の内情を調査してる人の事よ。それだけなら私達は無関係だけど、彼らはどうやら君の行方を捜してるみたい」

「何?」

「顔写真がないから欲しいんじゃないかしら。もしくはこっそり殺しに来たのか……いずれにせよ朝は人も少ないから怪しい人物は見分けられやすいわ。勿論、一刻も早く会いたかったのはあるけど」

 透子の発言には妙な心当たりがあった。分かるだろう、川箕が直してくれたテレビでの報道だ。真司の奴があんまり好き放題言ってくれたせいでそのような作戦が展開されたのでは? 

 確かアイツは俺がどこかしらの組織と手を組んでテロを起こしたなんて言っていたっけ。すると潜入捜査官が潜り込もうとするのは納得だ。きっといるなら三大組織の内の何処かだとして……迷惑をかけたら怒られるのは俺になるのか? そんな事にはならないでほしいが、

「……俺は自分で言うのもなんだけど何だか変な形で知名度を上げてるな。楽観的に考えてたのは馬鹿だったかもしれない」

「何事も使いようって言いたいけど、これは流石にだよね…………」

「潜入捜査官の顔は割れてるのか?」

「割れてないから潜入なんでしょ。どの組織も法組織の犬なんて殺したくて仕方ないわよ。見せしめの意味でもね……と思ったけど、日本の法組織は海外に比べたらそこまで徹底的ではないから、懐柔を試みる所もあるかも」

 またあの廃工場に向かうと、KIDが煙草をふかして俺達を待っていた。足元には大量の煙草が転がっておりずいぶん待たせたような雰囲気を感じる。

「随分安い煙草を吸っているのね」

「趣味じゃねえか? だが俺はこの安っぽさが好きだぜ。雑な風味を吸い込むと、自分が掃きだめに居る事を思い出させてくれる。見た目は小綺麗でも、俺達は同類だ。なあ? 祀火透子」

「言っている意味が分からないわね」

「生まれ変わろうとしても無駄だって言いてえんだよ。この町で賢く生きる奴らは殆ど血だまりに腰まで浸かっちまってる。今更まともになろうなんて無意味なんだ。いつかは必ず戻っちまう。望む望まないに拘らず」


「お前と透子を一緒にするな!」


 我慢できずに割り込んでしまった。透子が言い返さない事は何となく分かっていたから。

「透子は優しいんだよ。優しすぎるくらいなんだ。この町で生きてて多少汚れてるからなんだよ、どんな人間も変われる。少なくとも死なない限りは」

「ジュード君……」

「庇うねえ。いやはや、お熱な理由はそんなとこかい。少し様子を見てやりゃ神話よろしく嵐の中からガキでも生まれそうじゃねえの。なら修理屋のジュード、先達からアドバイスだ。女ってのはヤれるかどうかだ。危ないなら手を引けよ?」

「…………黙れよ」

「―――世間話はこの辺りで終わらせとくか。死体はこの先だ」

 KIDが一足先に工場の奥へと入っていく。俺達も後へ続こうとすると、透子は俺の手を握りしめて日傘の中に身体を入れる。それから、心底嬉しそうに笑った。


「――――――ありがとね」


「お、おう」

「やっぱり、君に会えて良かった。君に会いたかった気持ちは、間違いなんかじゃないわね」

「透子ちゃん? どうかしたの?」

「何でもないわ……行きましょうか」

 ここには危険な事など何もない。この町で数少ない安心出来る時間とも言えるだろう。彼女の正体を知っているなら猶更心理的には安心していい。そのような現実的な事情とは無関係に、心拍は今にも破裂しそうな程跳ね上がっていた。やっぱり俺は、透子の笑顔が好きだ。本当に許されるなら、一日中その顔を眺めていたい。この町で生きていけば大なり小なり擦れていくだろうし、彼女も例外ではない。どこか他人事と割り切って異常事態を受け入れているような素振りばかり見せる。けどそんな彼女も、笑うと子供みたいに無邪気で、本当に愛くるしいのだ。

 これはもしかすると、反動。 

 それでも構わない気がした。そもそも俺は、両親の前ではあまり笑えなかったのだ。テレビにまだ未練があった頃は面白い番組を見たらそりゃ笑えていたけど、いつだったか……テストでまずい点数を取った時だった。それとは無関係に頑張っていたのに、へらへらしてる所を見ると怒りたくなるなんて言われて。

 華弥子と付き合えてウキウキしていた時も言われたが、気にならなかった。色々自分の欲求を出せず理想の彼氏を演じていたんだとしても、その時だけは俺も笑えたから。

 真司だってそう。あんな泣き顔が好きなイカレ男でも、俺が笑う事自体を咎めたりはしなかった。

「そういえば、どうして死体を集めたりしたんだ? その辺で死んでたんだろ」

「そりゃあ気になるからだ。それ以外に何がある? 進んで身内でもない奴の死体なんざ処理する奴は物好きだが、裏を返せば自由に引き取れるって事さ。何か厄介事の種が眠ってる気もするが、死人に口なし、終わったらそれきりなんて考える奴も多い。比較的火中の栗拾いだな」

 工場の奥には地下へ続く階段があり、俺達はそこを通過した。人間災害による壊滅的な被害が度々起きる中で地下に設備を作るなんてどうかしているとしか思えないが、命が軽いからこそ思い切りがいいのだろうか。

「普段はこんな場所に置いてかねえ。一応火葬場なんでな、ちゃんとした仕事なら安置してやるよ。俺は公私混同が嫌いなのさ」

 壁のスイッチを押すと雑につながった導線から白熱電球に電力が行き渡り周囲を明るく照らす。同時に並べられた死体とも直面する事に、川箕は早速えずいていた。

「うぇ…………!」

「…………っ」

「てめえらが死人かっつうくらい青ざめてどうすんだ? 検死を代わりにやってやったんだからんな顔するこたあねえだろ」

 死人に共通点があるとすれば全員男性というくらいだろうか。だが年も髪型も服装もバラバラだ。大枠の中から無理やり共通点を絞ったに過ぎない。ドラマで見るような演者による綺麗な死体だったら俺達もまだ耐えられたと思うが、実際は全体の三割程に死者への尊厳など欠片もなくぐちゃぐちゃに切り開かれた痕跡が残っている。それがきつかった。

「結果はどうだったの?」

「死因が良く分からん。俺は葬儀屋だから医者じゃねえからな。外傷がありゃ幾らか特定出来るが誰一人として外傷なしだ。それじゃあ全員持病でもあったのかっつうとそれもねえわな。解剖した奴には見当たらなかった。俺は出てくからそっちでも好きなだけ死体を見るといい。ま、結論は変わらんと思うがね」

 話だけ聞くならわざわざ現場に来る必要はないと思っていたが、俺達にも触らせてくれるようだ。


 いや、触りたくないけど。


 ただKIDが嘘を言っていない保証が彼自身にも出来ないから、代わりの誠意という事だろう。

「ジュード君、解剖の心得はあるかしら」

「ある訳ないだろ! うちは医者の家計でもないし、授業でもやった事ないよ! なんだ、まさか全員解剖するのか? 魚を捌くのとは訳が違うんだぞ……」

「既に解剖済みの方は私が改めて調べてみるわ。二人はまだ身綺麗な死体を観察して何か見つけてみて。もしかしたらKIDが見落としてる情報もあるかもしれないから」

「…………か、川箕。出来るか?」

「無理無理無理無理無理! ていうかここ寒くない!? 何で!?」

「死体が腐敗しちゃうからだろ……はあ、俺も気が乗らないな。でもやるしかないんだよな……」



「死体の顔はなるべく見ないでね。目に焼き付いて離れなくなっても、私は助けてあげられないから」

「……ごめん透子。滅茶苦茶一言余計だぞ」

「え?」

 親切心から言ってくれたのは分かるが。





 そういう事を言われると猶更意識してしまうのは俺だけか?

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