昨日の友より今日の利益
「こういう出張作業って想定してたのか?」
「してる訳ないんだけど、道具貰っちゃったらやるよ。何で用意がいいんだろ」
ぼやきつつも、川箕は修理をするようだ。本来は原因の特定からするらしいのだが、案内されてすぐそれは終わった。というのも自分に工具箱を渡すくらいだから配線関係なのではと道中予想されていたのだ。それが当たって、俺は暇を持て余してしまう。
「足りない道具なんかあるか?」
「見たところ十分すぎるくらい足りてるんだよね。作業着が足りないくらいで……危ないけどこれくらいなら別に大丈夫。ジュードはそこで待っててよ」
「一応俺も修理屋扱いだから、それをするとサボりみたいになるよな?」
「じゃあ終わったら労ってっ。それだけで十分だから!」
窓際に追いやられたような寂しさは感じるが、知識のない人間に配線を弄らせても危ないだけなのは分かっている。だがレインは……恐らく監視役だ。見ず知らずの人間に照明を弄らせて後は放置なんて警戒心がなさすぎる。その監視下で自由に過ごすのも変だと思い直し、俺は譲るのをやめた。
「せめて工具は俺が取るよ。お前は作業に集中してくれたらいいから」
「え、名前分かるの?」
「……形を言ってくれたら分かる」
横目に見るレインについては全くの未知数だ。案内するだけしたら役目を終えたように壁に凭れてそのまま動かないでいる。背中から電池を抜いた人形、或いは店頭に並べられた熊ぬいぐるみのように足を伸ばして。監視をしているのかそれとも寝ているのか……不気味だ。
「ジュード、ストリッパー取って。ニッパーみたいな奴」
「ニッパーみたいな奴? 色々入ってるけど透子も分かんないから適当に入れただろこれ。うーん……じゃあこのいかにも最新型って感じの奴」
「いかにもって何? ああ、機械式の事か。うん、ありがとっ」
「直りそうか?」
「ぶっちゃけ断線してるだけだし、問題ないよこのくらい。修理の過程で必要になったら物を製作する事もあるって言わなかったっけ? こんな簡単な事も出来ないんじゃそれも無理だし! 川箕さんに任せなさい!」
「暇なら私と話すか?」
振り返る。壁にレインの姿はなく、彼女は俺の背後を取るように立っていた。ぎょっとして大きく後ろに下がりたかったが、作業中の川箕を思い出し踏み止まる。
「私も暇をしていた。寝るのも飽きた。話すぞ」
「ご、強引だな。まあいいけど」
「話すのはいいけど、作業は手伝ってねっ」
「任せとけって」
「話に付き合ってくれるのか、親切だな」
今のはそういう意味で言ったんじゃないが……まあいいか。
「早速だがお前はこの町の住人じゃないな。本名を名乗れ」
―――あ、そういう尋問か。
世間話をしたいんじゃなくて探りを入れたいのか。それならむしろ話が早い。見ず知らずの人間を相手に話題を膨らませる話術を知らなかったから、俺の情報を引き合いに出来るなら実に好都合だった。
「……この町じゃ本名か偽名かなんてのは些細な問題だろ。そっちが呼んで俺が反応すればそれでいいんだ。大した問題じゃない」
「ほお」
「仕事に無関係な詮索は嫌われるんだ。確かに俺はこの町の住人じゃないけどそれくらいは知ってるよ」
ティルナさんに心の中で感謝を伝える。あの人が教えてくれた事は決して無駄にはしないし、こうも殺伐とした世界で生きていくとなると無償で教えてくれた事がどんなに慈悲深かったか。
「少しは弁えている…………ようだな。人間災害によって起こされた壊滅を逃れてやってきた難民ではないらしい」
「難民扱いはどうかと思うけど」
「そうかな。食うのも困る、寝るのも困る、住むのも困る。難民と何が違う? …………国は、助けなかったじゃないか」
「え?」
「人間災害の出現を受けて……何故無関係の人間を救助せず、隔離措置を取った? 奴らは国に捨てられた存在だ。法律など、紛争すら呑み込む災害の前では無力だったという事ではないのか?」
「……脱出出来る手筈が整ったなら迎えに来ると思ってるよ俺は。それまでにどれだけ生き残ってるかは分からないけど」
「ジュード~。はんだごて」
それは流石に存在を知っている。後ろ手に渡すと川箕は再度作業を開始した。
「……人間災害が何故この町に居るのか知っているか?」
「何?」
「知らないならいい。誰一人として答えられなかった事だ」
透子が何故この町に居るのか。
考えた事もなかったが、特別気にする様な事情ではないと思っていた。物事の全てには原因と結果があるかもしれないが、そこに何かと特別性を持たせる必要はない。例えば俺と透子が出会ったのは俺が泣いていたからだ。その声を聞かれてしまったからであった。普段有り得るシチュエーションではないが、泣かなければならない程だったかと言われたら怪しい。
彼女は優しいから、きっと俺が落とし物をして困っていたくらいの状況でも駆けつけてくれただろう。関係性の変化はさておき。
「…………死体ばかりで息が詰まりそうだった。久しぶりに会話出来た事に感謝したい」
「ん?」
「お前達からは血の臭いがしてこない。その平和ボケした顔がいつまで持つか、見ものだな」
「…………」
どうしよう、ものすごくツッコミたい。ボケたんじゃなくて、いや、これがボケなら遠回しすぎるからどっちみち気を遣ってツッコむけど。他人事じゃ居られない。嫌な汗も搔いてきた。早く言おう。
「レイン。お前、あれだな」
「勝手に話が終わったと思っちゃうタイプだな?」
「………………」
己の後頭部を掴みながら申し訳なさそうに彼女の顔を見遣る。表情なんて分かる筈もないが、この瞬間だけはエスパーなので何を言いたいかは手に取るように理解出来る。
虚言癖の友人は嘘でも本当でもとにかく話せればいいという特殊な価値観を持っており、それにいつまでも付き合わされていたら俺も仲間入りしたという訳だ。その……前後の脈絡のなさ、会話の導線の作り方を忘れた。
悪気はなくて、話している側にとってその話は終わった物という認識だから、単に新しい話題を振るだけなのだが聞いている側は混乱するのだ。特にアイツは、口を開けば良く分からない事ばかり言うから嘘でも本当でも脈絡があってもなくても関係なくて、俺の受け答えが面白かったらそれでいいという人間だった。
そのせいで華弥子との初デートの時、会話を弾ませるのに苦労したのだ。あれは明らかに、華弥子を困惑させていたと思う。
「分かるよ。俺もそうなってた時期があるからな。だからこそ聞くに堪えないんだ」
「随分失礼な…………奴だな」
「昔の俺だったらその辺気にしてたんだろうけど、生まれ変わったもんで、そういう所は気にしないようにしたんだ。今は必要じゃなさそうだし、堅苦しいのは無しにしよう」
「会話…………忘れたんだ。死体は喋らないから」
「少なくとも話題を変えたいならその事を伝えるべきだと思うぞ。話は変わるけど、とかそういえば、とか。ころころ話が変わる奴だなって思われる事はあっても、何の話をしてるのか分かりにくいって事にはならない筈だ」
「そう……なのか」
「まあでも話題がころころ変わるのは見ず知らずの相手だと仕方ない部分もあるけどな。何に関心があるのか分からないし、数撃ちゃ当たるだろって気持ちも分かる。俺達の間に共通の話題でもあればいいけどな―――」
切れていた配線は無事繋ぎ直され、廃工場を汚れた照明が照らして暗闇を遠ざけた。下に戻ると透子が閉じた日傘を持って入り口に立っている。KIDの姿は何処にもなかった。
「お疲れ様。じゃあそろそろ帰りましょうか」
「私達を働かせてる間に何か聞いてたの?」
「噂を聞いて死んだ人間の遺体の所在をね。手続きに時間がかかるみたいだから日を改めてほしいって。ジュード君の身体も心配だし、大人しく出直すべきでしょう」
日傘を渡され、工場の外で開いた。薄暗い所にずっと居たからだろう、光がいつもより眩しく感じる。眩しいのは苦手だって、今なら言えるかもしれない。なんて。
「今日はありがとう修理屋」
見送りはレインだけだ。電気が点いて分かったが、彼女の上半身で唯一露出している左目は血の生気を爛々と輝かせていて少し怖い。カラーコンタクトならそれでいいが……少し苦手だ。
「また……時間があれば話そう。ずっとここには居ない。その内何処かで会える」
「お、おう」
「あの大きい男の人と煙草のおじさんは?」
「用事だ」
少し淡白な別れ方になったが、一先ず無事に帰路に着く事が出来ただけでも満足だ。暗所に引きこもっていて時間も忘れてしまっていたが、すっかり日が暮れてもうじき夜になろうとしている。早く帰ろう。トラブルにまきこ―――
「うびゃばばああああああああああああああ! 来るな、来るな来るな来るな! 俺に近寄るなああああああああ!」
トラブルに巻き込まれたくないって話をしたかったなあ!
牛刀を持った男がふらついた足取りと共に得物を振り回しながら暴れている。逃げ惑う周囲を敵とみなしているのか、人混みの流れに乗るように男が突っ込んできた。
「みんな、みんな罠だ! 俺が正しい、間違ってるのはお前らだあああああ!」
「――――――ああもう、二人共こっちだ!」
透子達の手を引っ張って、近くの住居に乗り込む。同時に川箕お手製のスタングレネードのピンを抜いて道路のド真ん中に投擲。耳を塞いだ。
「何でもう使うんだよ!」
「使ったの、ジュード!」
「二人共しず―――」
透子の制止よりも遥かに大きな爆音が周囲に響き、喧噪は静寂の帳に隠される。
世界から音が、消えた。




