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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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捨てる■あれば拾う■あり

 傷が治るまでは無理をせず、内職じみた川箕の仕事の手伝いをした。外の世界という物が大きく遠ざかった以上隠す意味もなくなったとの事で、ついでに彼女の本来の仕事を教えられた。修復屋だとか。

「持ち込まれた物を修理する商売だよ。話がややこしくなっちゃうから詳しい事は省くけど、家族で全員個人的に職を持ってるんだ。そうしておけば離散した時でも生きていけるからって」

「具体的には何を直すんだ?」

「殆ど何でも。私が引き受けられる範囲で、例えば夏目がそこで直してるぬいぐるみもそうだし、壊れた陶器とか、パソコンとか、車とか、後は他に専門店があるからあんまり来ないけど、銃もそうだね」

「じゃあ俺が前にぬいぐるみを縫ってた時、お前は反対側でそういうのを直してたのか」

「あの時は携帯を直してたかな。と言ってもまずは故障原因を調べてたんだけど。もっと大型の物を直したり、直す過程で新しく作らなきゃいけない時は地下から旋盤を引っ張ってくるんだ。あ、旋盤って分からない? えっとね―――」

「目が回ってるみたいだからそこまでにしておいて。それと川箕さん。夏目って外で読んじゃ駄目よ。ジュードだから」

「あ……ごめんっ! もう、夏目って呼ぶの慣れちゃってさーっ。さ、三人しか居ないから大丈夫だよね?」

「……本当に大丈夫なのか?」

 そうやって状況毎に使い分けようとすると何処かで頭がこんがらがりそうだ。偽名なら猶更、俺だって『川箕』と『燕』を呼び分けないといけなくなったら何処かで間違える自信がある。

「仕事の話が出来る人って限られるからついついテンション上がっちゃって……でも話しかけてるのによく針に当たったりしないね。凄いじゃん!」

「まあこういうのは無心でやるものだからさ。ただ、本当は調査をやりたい気持ちもあるよ。一週間で状況が変わるとも思えないけど、ほったらかしにしときたくない」

 というのは何も楽観的な予測ではない。あの噂はかばね町を席巻する規模ではなく、細々と語られていた情報だ。常駐している筈のティルナさんが数回しか聞いた事がなく、マーケットの人間の耳には入ってすらいなかった。それを語るアカウントもごく僅か、つまり多少期間を置いた所でどうにかなる案件ではないと考えられる。

 勿論この『置かれた期間』というのは人間災害による壊滅的な攻撃を受けての物だから、単なる時間経過と同列に捉えるのは微妙だが、攻撃による影響が未知数である以上、今はこう考えるしかない。

「君が起きてからもう二日……実を言えば調査再開に備えてある程度情報を集めてきたけど、聞きたい?」

「え?」

「私がバイトしてる場所を何処だと思っているの? 接客するのよ、嫌でも情報くらい手に入るわ」

「じゃあまたノート持ってくるよっ。丁度昼休憩にしようと思ってたし、ご飯も持ってくるね!」

 川箕がそう言い残して家に戻っていく。待つ事十五分。ノートを脇に抱えながらおぼんを持って彼女が戻ってきた。

「ごめんごめん。あんまり時間かけたくなかったから出して焼くぐらいしか出来なかったよ~」

「鮭を焼いてたのか? 川箕ってこう、食事は素早く済ませられたらそれでいいのかと思ってたよ」

「お、それは当たりだよっ。普段はコンビニのお弁当で済ませちゃうしね。ただ今はほら、外が外だから買いに行こうとしても何処も品切れっていうか、品薄すぎて倉庫の襲撃まで起きてるから、自分で作った方が安全なんだよ」

 ままならない事情を聞いて納得せざるを得ない。この町で生きる以上、生きる為の行為に文句などつけよう筈もないが、奇跡的に持ち家のある彼女の所で働けて良かったと思った。

「で、透子ちゃんの情報なんだけど」

「何処から話せばいいか分からないけど。ティルナがあの話を何処で耳にしたのかから言うわね。龍仁一家がケツモチになってるお店の人らしいわ」

「ケツモチ?」

「あー、後ろに居るって意味だよ」

「外をぶらぶら歩いてた時に聞いたかも、とは。小耳に挟んだ程度なのは変わらないらしいけど、そこまで深刻そうには聞こえなかったとも言ってたわね」

「それは……変だな。仕事を頼んだ相手が死んでたらもう少し慌てそうな物だけどな。かといって遠回しに殺す意味とかもなさそうだし」

「誰かのせいにしたい割には噂が全然広まってないしねっ」

「…………」

 不自然な流れで、透子が発言を止めた。情報をまとめていた川箕がいち早く気づいて顔を上げる。

「どうかした?」

「その…………噂が広まってないって部分なんだけど。ある場所から恐ろしい話を聞いたのよ」

「噂が広まってない事にそんな意味ありげな事ある? マーケットの人も知らなかったんでしょ?」




「その噂を広めようとした人は、全員死んだみたいなの」




















 噂を広めようとした人間は、全員死んだ。

 この事が意味する方向性は即ちお化けだ。与太話か尾ひれがついただけと思っていた所に綺麗なカウンターパンチが炸裂している。頭がこんがらがって、一旦話は止めてもらった。

 詳しい話は顔を売るついでに提供者の場所へ向かった方がいいと言われたので今は準備中だ。車を使ってもいいのかもしれないが運転手の川箕が『今は襲われるからやだ!』と言って反対を表明したので徒歩になった。

 

 ―――透子に戦ってもらう訳には行かないもんな。


 人間災害としての正体、その力を彼女は恐れている。俺の目の前で使う事を徹底的に躊躇っているから、謎の声に教えられるまで俺も気づかなかったのだ。『大丈夫、俺達には人間災害がついてるから』なんて言いたくない。彼女の尊厳を傷つける。透子は、普通の女の子なんだ。

「じゅ、ジュード。準備、大丈夫?」

「はははっ! 滅茶苦茶言いにくそうだな!」

「ば、馬鹿にしないでよっ! 頭の中で一旦夏目って呼んでから直してるんだからそりゃ慣れないよ。翻訳作業って大変だよね、何か国語も同時に喋れる人って頭の中どうなってんだろ……」

「俺の偽名と本名は翻訳レベルの話だったのか……?」

 いつぞやの時もそうだったがこの町を歩く以上護身道具は持っていないといけない。催涙スプレーなんて生易しい道具ではなく、川箕からはナイフとスタングレネードを渡された。

『スタングレネードは私の手作りだから大丈夫だよっ!』

 なんて、一体何をどのような根拠にしたら大丈夫なのか分からない。絶対に使いたくない物だ。

「少し出かけるだけだからあんまり重い物は持たない方が良いと思うけど、大丈夫? 傷はまだ塞がってないよね?」

「歩くくらいならだいじょ……うお、ちょ、さ、触るなって」

 女性に身体を触られる事がまだ恥ずかしいらしい。我ながら自分の純粋さにはほとほと呆れる。その癖自分から仕掛ける分には夢中になって恥じらいなど気づかないのだから……俺の理性とやらも都合が良い。

 自己弁護を試みるなら、そもそも他人に身体を触られるとくすぐったいという理由は挙げてもいい。しかしまだ怪我人だ、抵抗空しく、包帯の上から掌で触られる。

「痛い?」

「大丈夫だよ。強く押されたら痛いけど、それくらいなら全然」

「そっか…………あまり無理しないでよ? 私と透子ちゃんをまた心配させたら今度は怒るんだからねっ!」

「分かってる。傷を治して今度こそ、二人を守れるくらい立派な住人になるよ」

「そんな事言って格好つけちゃって……守られる程弱く見える?」

 帽子を被り、不機嫌そうに鍔の陰から口を尖らせる川箕。違うと頭を振って、彼女の両肩に手を置いた。

「守りたいんだよ。俺が」

「ひゃっ……! わ、分かった、分かったから……て、手ぇ、離さない?」

 恥ずかしがって逃げようたってそうはいかない。俺の決意を冗談のように受け取らないでほしい。本気だった。

「俺が情けないのは認めるよ。口ばっかり達者で何も出来ない奴なのは十分分かった。でもまだこれからがある。二人に頼りにしてもらえるような存在になる為に、変わるから。見ててくれ」

「あぁ…………ぅう。は、はいぃ。見てます、から。は、離そうよお……顔、近いから」



「はいはい、私が少し離れてる内にナンパなんていい度胸ね夏目君。川箕さんが押しに弱いからってそういうのは駄目だと思うわよ」



「と、透子!」

 邪な気持ちなんて一切なかったが、彼女に見られると途端に恥ずかしくなって手を引っ込めてしまった。透子は呆れた様子で肩の力を抜くと、俺の額に軽くデコピンを入れる。

「いてっ」

「一応、ちょっと前までは君の恋人だったのよ。あんまりそういう行動をされると……面白くないわ」

「や、違うんだよ透子。俺は単に決意表明をだな……!」

「―――どうせ口説くなら私も居る時に口説いてよ」

「あ、うん……………うん? え?」

 言葉の真意をはかりかねている内に、二人はガレージから外に出てしまった。後を追うと、扉を抜けた瞬間、透子が俺にある物を渡してきた。

 日傘だ。あの時彼女が差していた物と全く同じ。

「え?」

「正体を隠すんでしょう? ならその日傘は君が差すべきよ。日傘を差す奴なんて目立って仕方ないって言い出したい気持ちは分かるけど、大丈夫よ。大丈夫だから」

「…………」

 言われるがままに日傘を差すと、透子は音もなく横に並んで、少し傾けた頭を肩に添わせる。

「ほら、行きましょう。この町の特産品を一手に引き受ける場所に」

「特産品?」

「死体……つまり、火葬場の事ね」




「死体は特産品って言わないだろ!」


 

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