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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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バウンティハント

 車で大きく迂回した後、一目のつかない所に駐車。そして誰かの敷地の塀を落ちないように何とか歩き、側面からの侵入に成功した。裏門を選ばなかったのはやはり入り口とされている場所から不用意に入ると狙われる可能性があったから。お父さんが何処で待ち伏せしているかなんて分からない。飽くまでこの動きは全ての行動を加味した上で取っただけなのである。

 そもそも待ち伏せなんて杞憂だったらいいのに。あんな行動を見たらとてもじゃないがそんな楽観的な考えは持てない。壁に張り付いて移動し、昇降口が見えたら三人で猛ダッシュした。

 横から現れた俺達に驚く人間も居たが、人目を気にするフェーズはとっくに過ぎている。こっちは命がけだ。

「透子お前……こんな状況でも日傘を差すのか?」

「眩しいのは苦手なのよ。邪魔になった訳でもないしいいでしょ」

「そうだけど……」

 危機感があるのかないのか。一番狙われているのは透子なのに……だがここまでくれば流石に手出し出来まい。安心して靴を履き替え、廊下に足をつけた。

「はぁ~怖かった~。ここ本当に町の外だっけ? お店に見るからに犯罪者って感じの人が来た時くらい緊張したよっ」

「見てくれで判断するのは良くないんじゃないか?」

「見てくれで判断する事も出来ないなら生き残れないわよ。あの町で怪しまれる格好をするような人は、そんな恰好をする方が悪いんだから」

 例えばそれでうっかり刺されても自己責任よ、と透子は飽くまで冷たく言い放つ。人を見た目で判断するなというのは古くからの良識に基づいた発言だったが……こういうのも切り捨てて行かないといけないのか。

 階段を一旦上ると、D組の川箕は反対側なので別れる事に。後は先に透子がC組に、それから俺がB組に。

「帰る時もどうにか安全に変える方法を考えないとね」

「何で学校に通うだけなのにこんなリスクが発生してるんだよ……やれやれ。教室でくらいはゆっくりしたいよな」

 彼女の後姿を見送り、俺も自分の教室へ。居心地が悪いのは分かり切っているし、もうそれを直そうとも思えない。クラスの中に入ると、遅刻ギリギリの登校という事もあって朝練を終えたクラスメイトも含めて殆ど全員が俺の方を見た。


「十朗、テストどうだった?」

「っぱ赤点か!? 赤点だよな! 分かる、むずかったもんな!」

「おはよう、十朗君。なんか疲れてる?」


「ああ、うん……おはよう。疲れてるよ。色々あってさ」

 相手にするのも馬鹿馬鹿しい。彼らは自分の行いが許されていると本当に思っているのだろうか。もしそうだとしたら自覚のない悪意だ。赦す気は更々ない。

「よおよお犯罪者。お疲れなのは昨日随分ハッスルしたからか?」


 そして自覚のある悪意を振り回す人格破綻者は、もっと赦したくない。


「……真司。酷い言い草だな。その口はもう少しましな事を言えないのか?」

「お前こそ華弥子と別れてから随分生意気な口を利くようになったじゃないか。ま、それでこそ悪党だ。自覚してるか? ……お前の罪って奴をさ!」

 真司の話は聞くに値しない、論じる価値もない。だが彼には新聞部でイニシャルなら何を書いてもセーフと言わんばかりに好き放題やった前科がある。イニシャルJは俺しか居ない。あんなのは殆ど名指し。

「お前、あの新聞どういう意味だ? ちょっと前の、闇バイトって」

「おお、俺達の新聞を見てくれて何よりだ。親友のよしみで無料購読してもいいぞ? どうだ?」

「話を聞けよ!」

「……信頼出来る情報源だ、俺は嘘を吐かない。つーか記事に嘘は乗せられない。それがジャーナリズムって奴だ」

「だったらお前のジャーナリズムはとっくに腐ってるよ! 意見を誘導したいだけの中立を気取った馬鹿で愚かな情報媒体だ。紙の無駄遣いだ!」

 暖簾に腕押し、どれだけ怒っても人格破綻を自覚するこの男に俺の怒りは届かない。悍ましい話だが、こいつは何を言っても右から左に流して、最終的には俺が泣いてくれたらそれでいいとさえ思っている。そんな、人間の屑だ。


 キーンコーンカーンコーン。


 HRを告げる鐘。十朗は逃げる様に自分の席へ戻っていく。視線を下に落とすと、置手紙が残されていた。


 『話をしたけりゃ屋上に来い。次の休み時間だ』


 高校生の休み時間は十分間。それだけで何か話せるとはとても思えないが……行く必要がある。嘘にしろ本当にしろ、何故利害もなくあんな真似をしたのかが知りたい。




















「次にお前はこう言う―――あんな新聞はデマだとな」

「分かってるなら訂正記事でも出せよ。それが誠意ってもんじゃないのか?」

 言われた通り屋上にやってきた。余程秘密の話がしたいのかわざわざ扉を閉めろとまで言ってきて。いつもの真司らしくないと言えばらしくない。こいつは自分の発言に信憑性がない事を分かっているから、どんな場所でも空気を読まず自分の喋りたい事を喋るのだ。それが例えば相手にとって都合が悪い話でも関係ない。

「……ま、少し真面目に話すか。なあ? 親父さんから聞いたぞ。お前、家に帰ってきたかと思えば誘拐されたんだってな」

「移住だよ。俺はあの町で生きていくんだ」

「良いように言うなよ。未成年略取って知ってるか? お前が望んでいようが保護するのは犯罪なんだ。それに移住ってお前、衣食住はどうする? 学校に通う学費は? 戸籍は移動させたのか? 一人で生きてくなんつって、お前はまだ親の庇護下にあるんだ。かっこつけんなよ、子供なんだよ俺達は。親が見捨てたらお前は学校を去らないといけないんじゃないのか?」

「…………そうだとしても俺の考えは変わらないよ。学校に通いたくてかばね町に行ったんじゃない。たとえ危なくても自由に生きる為に行ったんだ」

 屍の町で、生きる為に。

 たとえ間近に死が迫っていようと、全てが得られ、全てが失われる世界。日本という庇護下にありながら、まるでその平和を拒絶するかのように生まれたもう一つの国。

「見捨ててくれるならその方が俺も有難いよ。色々、悩まないで済むから」

 簡単な話だ。両親が俺の事をすっかり忘れて生きてくれたらそれでいい。夏目十朗という子供はいなかった。それだけで俺も、恨みを忘れよう。憎しみを捨てよう。本当に、ただそれだけでいい。

「……なあ十朗。俺はさ、これでもお前を友達だと思ってんだ。どんなにお前を困らせてやれたらいいか常日頃考えてたまである。だけどよ、それはお前が善良だったから面白かったんだぞ? 誰が悪党になれって言ったんだ? 人生を棒に振って何がしたい?」

「お前にはもう俺が悪党に見えるのか? だったらクラス全員そうだろ。いじめを見て見ぬふりしたやつがどんだけ居るんだ。それでお前は、人を悪党呼ばわり出来るほど高潔だったのかよ」



「ああ。俺は高潔な男さ。何せ道を踏み外した親友の為に、手段を選ばないでいられるからな」



 悩んだ様子もなく、真司が即答する。説得力など端から期待せず、ただ思いのままを口にした。

「今朝の新聞は読んだか?」

「俺は読者じゃないから見ねえよ!」

「そうか。じゃあ直々に教えてやるよ。感謝しろよな?」

 真司は屋上の入り口に移動し、扉を背に一息。更にもう一息。何度も何度も深く息を吸って、大袈裟に告げた。



「実はお前の親父さんからうちのクラス全員に相談があったんだ。あの日傘を差した子―――祀火透子と、あーD組の燕ちゃんを殺したら一億円を支払うってな。お前達が登校する結構前だ」




「…………………は、は?」

「あの二人が元凶なんだろ? だったらあの二人が死ねばお前は町の外に帰ってこないといけないよな? まあ俺はパスだ。人を殺すなんて御免だね。他の奴がどう思うかは知らんが……これから行われるのは先生達の目を盗んだ総員暗殺計画さ」

 何を、言ってる?

 透子。

 燕―――川箕。

 暗殺?

 しょう、きん?

 理解はしているつもりでも現実が追い付かない。ただ頭が整理されるよりも早く体は動いていた。二人を守らないといけない一心で。殆ど脊髄反射だった。まさかそのせいで真司のスタンガンを浴びる事になるとも知らずに。

「がうああああああああああああああ!?」

「屋上に来てくれてせんきゅ。これでお前は隔離出来たし、全員心置きなく動けるよ」

「ふざ…………け」 

 震える視界の中で、真司が注射器を手にしている。何だ、それは。俺に刺すつもりか? 何の、薬が。

「目が覚めたら二人共死んでるかもな。そうなったらおかえり、だ。安心しろ、お前の事は俺が守ってやるよ。人を殺すなんて見るのも御免だからな。金の問題じゃない。ま、何だ。二人が死んだらお前のせいだな。お前がかばね町の中で生きて行こうとなんてするから親父さんが怒ったんだろ」

「て、めぇ…………! ころ、ころし……て……や……!」



「俺から逃げようとするなよ十朗! お前はこっち側の人間なんだからさあ!」



 プスっ。









「…………はあ、そんな役回りだなあ嘘つきって。まあこの件は同罪だ。一緒に罪を背負ってやるよ十朗。人間災害には誰も勝てないんだろ。だったら俺も人を殺すようなもんだ。何人死ぬのか分からねえけど……家族はお前を心配してんだぞ」


「―――家族より大切な存在なんて、居る筈ないもんな」


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