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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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幸せをつくろう

 違法性はないと聞いたが、この町だ。違法じゃない事の方がむしろ少ないと思っていたから、沢山のぬいぐるみを出された時、どういう反応をすればいいか分からなかった。

「……え、これは?」

「見ての通りぬいぐるみ。ところどころ壊れてるでしょ? 裁縫セット用意したから直してよ。まだ初日だし、夏目にはこれくらいしか任せられないな~」

「や、仕事に文句はないんだけど、違法性は?」

「ないってば」

「あ、このぬいぐるみの中に爆弾を入れるとか」

「ないってば! しつこいよ!」

 本当に?

 本当の本当に?

 この町でぬいぐるみを直すだけの仕事が本当に仕事になり得るのだろうか。透子の方に視線をやると、彼女は呆れたように目を瞑った。

「……夏目君。確かにこの町は君の言う通り、日本とは思えない治安の悪さよ。でも日本なの。だからちゃんと仕事になってる。確かに依頼者は川箕さんにもっと別の物を依頼していて、それは物のついでなのかもしれないけど。君は見習いなんだから大人しく取り組んだ方がいいわよ」

「それとも裁縫が出来ないとか?」

「出来るよ! 裁縫くらい……練習したさ」

 どうやら俺が過剰に治安の悪さを感じ取っていただけなようだ。海外に行った事がないのに海外の治安を知った風に語る、そんな間抜けだったと思い知らされて内心忸怩たるものがあった。恥ずかしいったらない。想像だけで語るなんて、それも実際の住人に。

 そんな間抜け男かもしれないが、裁縫は本当に出来る。まずは針の穴に糸を通す所からだ。先がほつれていると通らないので指でくるくる転がして固めてから穴に通した。

「お、出来るのは本当だ。意外かも」

「授業でやった事あるだろ? まあちょろっとやったくらいじゃ覚えてないだろって言われたら言い返せないよ。家で練習したんだ。両親に褒めてもらいたくてさ」

「……裁縫で?」

「何でも兄ちゃんと比較させられてさ、とにかく兄ちゃんがやった事ある物は全部そうなるんだ。実際上手かったかどうかなんて関係なくて、両親の間では兄ちゃんが一番で俺が二番。ま、兄ちゃんもそれで調子づいてたけどさ。それが嫌で、兄ちゃんのやってない事に手を出したんだ」

 動機が不純と言われたらそれまでだが、裁縫は確かにやっていなかったし、わざわざ俺に嫌がらせをするほど兄ちゃんも暇じゃない。だから頑張った。比較しようがない時はちゃんと褒めてくれるだろうと。褒めてほしいと思って。

 このぬいぐるみは手足が千切れかけていたよう。勿論この程度は何でもない。糸の色を合わせて不自然にならないように繋ぐだけだ。

「お、上手上手! うん。この様子だったら私が見てなくてもいいね! じゃあ私は車の反対側で作業してるから、後はよろしくね! 今日はその箱に入ってる分だけでいいから!」

「分かった」

 セーターを腰巻に、Tシャツ一枚の後ろ姿はとてもじゃないが冬とは思えない。寒くないのだろうかと心配になる反面、手先を使った作業ならそりゃ腕は動きやすい方がいいかと一人で納得する。

 俺も作業に集中しようか。

「さっきの続きを聞かせてくれる?」

「暇人だな」

「ええ。君の事を全部知りたいの」

「…………裁縫は御覧の通り結構出来るよ。ただな、お父さんに見せたら『そんな下らない事で褒める筈がない』って言われて、母さんに見せたら『お兄ちゃんの方がやったら上手そう』なんて言うんだ。兄ちゃんは勿論興味なし、挙句の果てには『多分それで俺に勝っても褒められないと思うぞ』って嫌味だよ。だから、やらなくなったんだ」

「…………良かったじゃない。この町に来てスキルが活かされるなら良い事だわ」

「そう、かな」

 このぬいぐるみは修復というか、中の綿が抜けているだけだ。傷口は首に出来ており、下手に縫合すると首が引っ張られてぬいぐるみとして歪になってしまう。慎重に、あくまで自然体に。

「正直に言うとね、私は君には来てほしくなかった。私の中では日常っていう言葉が少し特別で、輝いていたから」

「…………こんな危険な町に同級生を呼ぶなんてどうかしてるからな。別に不思議な価値観ではないよ。それで責めたりもしない。俺でもそう思うからな」

「けど君にとって日常は…………あまり輝いてなかったみたい。抑圧され、比較され、貴方だけを見ようとする人が居なかった。それこそ、華弥子さんくらいしか居なかったのでしょうね」

「…………ああ」

 このぬいぐるみは目が落ちたらしい。元の目が良く分からないけど、携帯で検索すれば一発だ。赤色か……ウサギの目って元々赤いんだっけ?

「家族も、私にとっては特別な響きなの。君との出会いは私に不可逆の変化をもたらしてくれた。親は子を愛する義務があると思ったのに、それすら守られないなんて」

「仕方ないよ。親子でも相性があるんだから。恨んでないって言ったら嘘になるけど、結果的にお前達と過ごす時間が増えたし……今は憎んでるような時間もないかな。楽しいしさ」

 少なくともこの町において、俺は一人の人間だ。夏目十朗であり、その比較対象は何処にもない。控えめに言っても最低最悪の町だけど、だからこそ個人の責任が重要だ。俺の行動は全て俺の評価につながる。俺が起こした問題は全て俺が解決しないといけない。兄ちゃんなんて居ない。守ってくれる家族も居ない。誰も嗤わないし、そこまで他人に興味がない。

「……おかしな話ね。この町は国の怠慢……或いは工作活動によって生まれた治外法権の町よ。なのに日常から生まれた君がこの町での暮らしを楽しめるなんて。それこそ普通は有り得ない。だって君はそんな普通から生まれた人間なんだから」

「……普通だからこそ楽しめるんだろ。なんて格好つけたかったけど、俺が気分よく過ごせてるのはお前のお陰だよ透子。お前が俺にこの町を教えてくれた。お前にそんなつもりがないのは聞いたけど、お前に会いたくて、この町に何度も通う様になった」

 まるで彼女に守られているみたいに。丁度、日傘の中で肩を並べるように。

「―――恥ずかしいけど、お前や川箕の方がよっぽど家族みたいだよ。居心地がさ、ちゃんと俺を見てくれるし。子供っぽいかな」

「……いいんじゃない? 君が心地いいならそれで。人は居心地のいい場所に居たいと願うものよ。私もそうだけど」








――――――――――――――――――――――









「うわあ! ここが新しいお家なんだ! 勇人君、すっごーい。よくこんな物件見つけられたね?」

「キョウちゃんとの愛の巣になるんだから、ちょっとくらい真面目に探したって罰は当たらないだろ?」

「うーん。ごめん。その言い方は気持ち悪いかな……」

 俺の弟が本気で家を出たその日の内に俺も家を飛び出した。二人の隠し事には付き合いきれない。『育てた恩』とか何とか言っていたけど、それで死んだら元も子もない。

 いつかは一人暮らしをするつもりだったのが早まっただけ、と言い聞かせる。心残りはやっぱり、あの泣きそうな顔くらいで……

「いつか二人で暮らそうとは言ったけど、何で急に? 何かあった?」

「…………俺の弟が恋人を、あ、いや友達を作ったせいで家庭が崩壊したって所かな」

「え?」

「…………局地指定災害、祀火透子。唯一個人で災害と認定された『人間災害』って奴だよ。よりにもよってそんな子と友達になるなんてな。はあ」

 人間災害の悪評は少し調べるだけでもキリがない。その多くはかばね町に由来しているが、あれがあの町に定着するまでは日本各地で被害が報告されていた。それより前は、海外にもあったとか。そっちの情報は、全然見つからなかったが。

「その子、悪いの?」

「………………両親は絶対に関わりたくないって感じだったけどさ。俺にはどうもそんな悪い子には見えなかったよ。会った事があるんだ。なんか、普通の女の子って感じでさ。『人間災害』って言われないと気づかないくらいだ。けど二人のあの態度からデマ情報とも思えない。実際、俺の弟はずっとその子を庇ってた」

「うーん……? 勇人君がそれに巻き込まれた理由が見えてこないんだけど……?」

「二人は祀火透子に攻撃を仕掛けた。しかも、あの子が俺の弟に肩入れしてるのを知った上で、どうせ守ると確信した上で十朗ごと狙ったんだ。あんな家に居たら俺もついでに殺されちまうよ。だから、逃げた訳だ」

 新居にはまだ家具が到着していない。これから山ほどの段ボールが届いて開封作業に入るだろう。作業に追われたら、こんな鬱屈とした気持ちも晴れるのだろうか。

「何だか、勇人君の御両親は『人間災害』について詳しいみたい。あ、詳しいから勇人君は知ってるんだ」

 あの車での突撃は祀火透子を殺せると思って行った訳じゃない。目の前で彼女の耐久力を見せれば十朗も考えを改めると思っての事だったそうな。

 曰く、あれは決して殺せない。

 曰く、傷を負うか分からない。

 負ったとして、それに気づくよりも早く治っている。

 彼女を普通の人間と思い込んでいる(つまり祀火透子は自分の正体を隠している)十朗には刺激が強すぎるくらいのショック療法のつもりだったらしい。結果は―――運か、それとも狙ったのか。十朗が気絶して失敗だ。

「何でその子が勇人君の弟と仲良しなのかな? 勇人君と同じくらい魅力的だから、コロっと惚れちゃったって事?」

「…………さあな。アイツにそんな魅力があったかは良く分からない。俺に語る資格なんてないさ。あの二人に恩があって……褒められたら何となく嬉しくてついつい調子に乗ってた俺なんか、アイツの兄を名乗る資格もない。もっと早く気づいてやれば良かった。見た目以上にずっと、俺のせいでアイツは苦しんでたんだ」

 大切な彼女を抱きしめて、俺はその場に寝転んだ。何もかも過ぎた事。あの町で弟は生きていけるのだろうか。

「…………俺は、『人間災害』を悪い奴とは思わない。少なくとも十朗に対しては良い奴だと思う。いや、違うな。こんなのは正当化だ。今更兄貴面なんて無理だ」

「勇人君…………」

「やっぱ血が繋がってないと駄目なんだろうな。本当の兄貴じゃないからこんな事になるんだ。血の繋がってる兄ならきっと……もっと、助けようとした筈だ」

 夢の中で、いつも鏡を見る。







 その鏡に映っているのは俺じゃない。あれが本当の兄貴だ。もしくは、俺がなりたかった理想の兄。

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