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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 3 夕立の降る青春

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日常の夢

「なんか…………」

「ん?」

「いや……何でもない」

 こんな狭い部屋で二人きりの食事は、ドキドキする。なんて言える訳もない。変な誤解を生んでも困るし、何より広さを求めるなら候補に挙がる筈のガレージは、ドアを閉めないと無防備な様子を外に晒すのが困るという事で密室になる。

 その何が問題かと言われたら、臭いが問題だ。火薬っぽい臭いに鉄の臭い、油の臭い―――どれも食欲を掻き立てるには程遠い分類ばかり。だから美味しく食べるつもりならここで食べるしかない。

 分かっているのに、川箕との距離が近すぎて落ち着かない。これが透子に変わった所で結果は変わらないだろう。カラオケボックスもそうだが……可愛い女の子と二人きりの状況は、いつか間違いを起こすんじゃないかと不安になる。透子も川箕も、俺はそんな事をしないという信用があるからここまで無防備で居てくれるんだろうに。

「これ、自分で作ったのか?」

「まあね。でも簡単な物しか作れないし、上手いなんて言わないでよ? レシピとにらめっこしながら作ってんだからっ!」

「はは。確かにそれは、上手くないかもな」

「難しくってさあ、困っちゃうよねえ~あはは!」

 二人で取り留めのない話をしながらする朝食なんて、いつ以来だろう。なんとなく笑い合って、おかずは俺のだ私のだと箸で争いながら食べる……やった事がない。

 俺が起きる頃には良心は二人共働きに出て、ご飯を一緒に食べてくれるのは兄ちゃんだけだ。そこに不満があるとかではないが、やっぱり兄ちゃんと食べるよりも川箕と食べた方が美味しく感じてしまう。

「そうだ、夏目。仕事の話なんだけど、部活ってどれくらいで切り上げる予定?」

「調査は……進展によるぞ。空振りなら早く終わらせたいかも。そんな事にはならないといいけどさ。まあどんなに遅くても夜の八時には終わらせる。じゃないと俺も怖くて歩けないよこんな町」

「オッケー。じゃあそこからでいっか」

「働けるのか?」

「町の外と違って決まった勤務時間なんかないよ! 特にうちの仕事は……ね。大丈夫、手先がある程度器用なら問題ないからっ。時間をかけてやってこ!」

「…………あ、ああ」

 弾けるような笑顔を見て、俺は咄嗟に目を逸らしてしまった。


 眩しすぎて直視に堪えかねる。


 心の底から可愛いと言ってしまいたい衝動に駆られ、それでも何とか腹の中でやり過ごす。うるさい、俺はちょろい男だ。笑顔を見ただけでそれとなく異性を意識してしまうような惚れっぽい男だって! 

 あんな目に遭ってまだ恋が出来るのは……心が強い訳じゃない。透子もティルナさんもそうだったが、この町の人なら信じられると分かったからだ。みんな、俺を嗤わない。どうしようもなく情けない男を受け入れてくれる。

「か、川箕。俺はともかく、あれから仲直りのメッセージとか来たか?」

「へ? どうして?」

「…………暫くお前と接して分かったけど、やっぱり町に住んでるだけで排斥されるような奴じゃないって分かったからだよ。透子みたいに殆ど学校に来てなかったんだったら分かるけど、誰かしらは抜け駆けじゃないけど……言ってきたりするんじゃないか?」

「…………仮に居ても、私は仲直りなんかしないよ」

「例えばその人が……カッコいい人でも?」

「見た目が好きって事? だとしても私を見ないで住所だけで判断するような人なんてこっちからお断りっ! 抜け駆けとは言わないかもだけど、やりたい事が透けてない? 私が傷ついてると思って、依存させる為に声を掛けたに決まってるじゃんっ」

「そ、そうなのか?」

「この町じゃよくある事だよ……未成年をキャストにした違法風俗のキャッチの人とかが良く使う手口だし。夏目はさ、家族とあんまり関係良くないんでしょ? そういう人は珍しくないよ。ただ逃げ切る為だけに町の中に来る人は大勢いる」

 この町の暗部に足を踏み入れなくても分かるくらいには当たり前という事か。関西人は関西弁を関東の人間に使われてもすぐに判別できると言うし、同じように町の空気みたいな物があるのかもしれない。

 こいつは外様の人間だって。

「大抵、引っかかるんだ。親切な人がいれば止めに入るけど、止められた事なんて私が知る限り一回もないよ。みんな、気持ちいい言葉に騙されちゃうの」

「…………なんか、他人事の感じがしないな」

 この町が俺を受け入れてくれたのは、俺を沼に沈める為? もしもそうだとするなら……いや、だとしても。やっぱり俺はこの町から逃げたくない。危ないとしても、ここはどんな人間も受け入れてくれる最後の逃げ場所だ。家族が俺の人生に口を挟むならここで生活していくしかない。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」


 川箕はニコニコ笑って、大きく伸びをしながら立ち上がった。

「ん~! さぁ~て、私はちょっと仕事しないといけないから、夏目は先に行っててよ。朝なら比較的危険も少ないし、大通りを歩いてけば狙われる心配はないよっ」

「そ、そうか? じゃあお言葉に甘えるよ」

 少しよれついた制服を手に取って、気づいてしまう。洗濯や替えの制服について一切考えが及んでいなかった。家に帰れば何着かあるが……またこっそり、帰らないといけないか。

「ちょ、ちょっと! 私がまだ居るんだからまだ着替えないでよ!」

「え、あ。ごめん! 考え事してたよ」

 川箕は恥ずかしそうに頬を赤らめながら逃げるように部屋を出ていく。男兄弟しか居ない弊害か、この手の配慮は考えもしなかった。

「…………」

 なんとなしに携帯を見ると、家族から凄まじい量のメッセージが届いている。既読をつけないように覗いたが、見る価値もなかった。『帰ってこい』だの『話がある』だの『かばね町で暮らしていたら死ぬ』だの『お前は勇人と違って一人暮らしなんか出来っこない』だの『ころっと騙されて破滅するだけ』だの『あの女は化けの皮を被った怪物』だの――――――



 もうたくさんだ!


 

 耳障りのいい言葉を少しは言ってみたらいいのに。どうしてこう、家族の癖に俺を靡かせる気のない言葉ばかり選ぶのだろう。特に許せないのはまだ会ってもない癖に透子の事をバカにした事だ。怪物呼ばわりなんて、ただこの町に住んでいるだけなのにあんまりじゃないか。

 兄ちゃんも兄ちゃんだ。メッセージこそ少ないが『二人はお前を心配している』とか『一回だけでも話そう』とか、きな臭い言葉しか言ってこない。どうせ俺の気持ちなんて理解出来ないのに。兄ちゃんは……一人で何でも出来て、殆ど叱られもせず要領よくやってきたんだから。

 携帯の電源を切って、ベッドの隅っこに投げ捨てた。結末は分かっている。きっとその内携帯も止めてくるだろう。俺が不便を感じて戻ってくるのを待つ……兵糧攻めみたいなものだ。でも絶対、帰らない。


 透子と繋がる携帯以外、俺には要らない。




















「おはよう、夏目君」

「おはよう透子! 何でこんな所に立ってるんだ?」

 少し意外だったが、透子は町の内外を繋ぐ橋の上で俺を待っていた。校門で待ってるとばかり思っていたから呆気に取られて、声を掛けるだけなのになぜか様子を見てしまった。それくらい彼女の横顔は……見惚れる程綺麗だったから。

「昨日はよく眠れた? 川箕さんの所の寝床はホテルより良かった?」

「流石にホテルよりは……だけど、眠れたよ。危険もなさそうだ。ありがとな、気を遣ってくれて」

「友達にも気を遣えるのが正しい人間関係だって本で読んだわよ。君が大丈夫そうなら良かった。お金を工面しようか悩んでいた所なの。バイトでも増やして」

「そんなのいいよ! あのバイトだけ……っていうか、部活とバイト被ったりしないのか? 大丈夫か?」

「あのバイトは時間に融通が利くから問題ないわ。バイトを増やしたら君と会う時間が少なくなるから……出来れば避けたかったの」

 透子は日傘に俺を入れて、ぴったりと肩をくっつけた。



「最近、楽しいわ。君と過ごす時間が、全て」



「…………そ、それは。俺も…………」

「……ふふ。私達、気が合うのね」

「と、透子はさ。好きなタイプっているのか?」

「またやぶからぼうにどうしたの? 私は同級生と殆ど絡まないって話をしたと思うけど」

「でもタイプは居るだろ! かばね町の中でもテレビくらい見られるしさ、俳優の顔の感じでもいいんだけど……ないのか?」

「ん………………私に優しくしてくれる人」

「て、適当だな!」

「でも人間、そんな物じゃない? 自分の事が嫌いな人が好きなんて、もし居たら変わってるわね」

 確かにそうか。お互いの気持ちが通じ合っていないと恋愛は成立しない。相思相愛という程でなくてもいいから、最低でも『気になるあの子』くらいの認識は共通じゃないと。

「納得いく返答じゃなかったなら、代わりに悩みでも聞いてくれない?」

「悩み? 透子、悩んでるのか? 町の……事とか?」

「危ない町なのは今更だし、私が悩んでも仕方ない事ばかりでしょ。最近ね……フラストレーションが溜まっているの。手を出しちゃいけないのに、何もかも壊したくなる。全部壊して、私が何もかも遮断してしまえばいいんじゃないかって……でもそれは駄目なのよ。どうすればいいと思う?」

「えらく抽象的だけど…………そうだ。もっと一緒に過ごす時間を増やそう。それくらいしか思いつかないけど……た、楽しませられるように頑張るからさ」

 校門の前で透子が立ち止まる。日傘が目立って他の学生達の注目が集まる中、彼女はそっと俺に近づいて、ハグをした。

 こんな、大多数の前で。

「あ、え、ちょ………………」





「貴様、祀火透子! 俺の息子から離れろおおおおおおおお!」




 

 何が起こったか理解出来ないまま、俺の意識は点滅した。

 最後に覚えている光景は、俺の父さんがエンジンをふかしてフルスピードで校門に突っ込んできた事。そのあまりの騒音に周囲のクラスメイトは逃れたが。



 透子は俺と一緒に跳ね飛ばされた。



 それで、俺と離れたら何度も何度も轢き直して、何度も何度も、轢いて。車に火をつけて爆破させて――――――





 それで。

 

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