詭術の屍
「……………………満足したか?」
マシンガンの弾が尽きるまで打ち込まれた。まともな人間ならとっくに死んでいる中でこの身体は生きたまま蜂の巣にされる感覚を味わい、それでも生きている。傷の直りが遅いのは騎士団や真司が用いた素材を使っているからだろうが。
それでも生きている。
エリちゃんと呼ばれた学生が俺の処刑係を任されたのだろう、気が付けばキョウの姿が消えている。そして周囲の……刑務所の外から夥しい数の足音も聞こえてくる。一体何が起きたのかは知る由もない。聴覚は銃声に暫く封じ込められていた。
「……な、何で!? 響生さんは……こ、これで殺せるって言ったのに! 仇を、取れるって!」
「ありがとう、回復の時間が取れて助かった。エリちゃんだっけ。感謝しないとな」
「え、え、え……!?」
なの子の残骸は放置されている。再生の気配もなければ回収にも来ていない。やはりそうか、と心の中で確信を得た。ノットは……なの子の再生機能を隠しているのだと。彼女は決して完全に壊れていない。 何故ならそのナノロボットは、俺の身体の中で活動し、身体の再生を手伝ってくれているから。
ナノロボットが活動したのは正に俺が蜂の巣にされた直後だ。対抗素材を用いて再生を止めにきたにも拘らず俺が生きている大半の理由はそこに集約されているとして―――今にして思うと、違和感はあった。ナノロボットが集まってなの子は成人女性の大きさにまで成長した訳だが、それと再生能力の消滅に関係があるような気がしない。これは専門的な知識がなくても抱ける疑問だ。活動リソースの消費が大きくなるからというような理由なら、この目にはエネルギーの減少が見えていた筈。
次にジャックの無力化に対しては搦め手を用いたのに俺に対しては正面切っての攻略しか選ばなかったという点。武器を作って振るくらいしかしなかったのは妙だ。呼気から水銀蒸気を出せるなら鍔迫り合いのような形になった時にするだけでもうまともに接近すら出来ないのにそれをしなかった。俺は本気で遊びたいと挑発したが、なの子自身が本気で戦ったかは怪しい。デストロイモードは単なる形態変化というだけで、そこから本気を出すのは彼女の意思―――或いはノットの意思が関与する。
だがノットはそもそも俺と戦いたがっていなかったから除外出来る。なの子の意思は……既に挙げたように、どんな手段を使ってでも殺しに来たという感じはしなかった。
「いや、来ないで! 化け物!」
そうなると考えられるのは、ノットとキョウの関係はそれほど良くなかったという可能性だ。なの子のスペックを詳細に教えない理由なんてそれくらいしかない。再生しないのもその機能を教えていない、もしくはモードチェンジに伴い失われると虚偽の説明をしているから。
―――引き入れられる可能性は、まだ残されてそうだな。
キョウはなの子を処分しようとしていた。理由は本人も言っていたが透子に首輪をつけるまで最も危険性が高い存在がなの子だからだ。例えばノットにそれを事前に話し、処分を求めた事で関係性が悪化していたならこうなったのも頷ける。
「私も殺すの!? 勇人さんみたいに!」
「……ごめん。さっきから何言ってるんだ?」
思考の邪魔にはなっているが、この子には何の興味も関心もない。俺を殺す力もなければ周囲の騒がしさにも関与していなさそうだし。
「俺は一歩も動いてないし、殺そうとも思ってない。とりあえず周囲も危なそうだからどっかに隠れてたらどうだ?」
「…………なんで? なんでよ! 私、貴方を殺そうとしたのに! 殺そうとした人が怖くないの!?」
「そんな些細な事を気にしてる場合じゃないだけだ。それよりキョウは何処に行った? 教えてくれると助かるんだけど」
「―――お、教える訳ないでしょ! 響生さんを殺すんでしょっ?」
「まあ。そっちは」
「だったら教えない!」
「そっか」
手間が省けるだけで口を割らなかったら特定出来ない訳でもない。周囲の騒音を細分化すると銃声・爆発音・断末魔。それらと無縁な場所は刑務所内の建物のみだ。なの子と俺の戦いの痕跡は中庭を飛び越えて外にまで及んでいるが、彼女は決して建物めがけて攻撃をしなかった。キョウが居るとすればそれら安全地帯の何処かだ。
ジャックの反応がない以上、手当たり次第に探すしかないのでさしあたっては手近な建物に向けて歩き出すと、エリちゃんと呼ばれた子が目の前に立ちはだかった。
「駄目!」
「…………えっと、邪魔しないでほしいんだよ。時間かかるし、殺されたくないんだったら矛盾してる」
半泣きのまま、足を震わせ、それでも手を広げて壁になろうとしている。どんな事をされても殺す気にはならない。善人と言い張る事は出来なくても殺しなんて気分が悪いだけだ。一歩踏み出せば、一歩退く。だからそれの繰り返し。
「…………ッ! 駄目! 駄目! 行かないで!」
「……兄ちゃんはさ、あんまり俺と仲良くなかったんだ」
「へ?」
「君から見て仲良しに見えたかは分からないけど、仲良かったとか悪かったとかそういうレベルじゃなかった。頼むから俺の人生に関わらないでほしいってくらいには、反りが合わなかったよ」
「……だから、殺したの?」
「―――俺が望んだ訳じゃないけど、殺したっていう認識は間違ってないよ。俺には今でも分からない。俺はずっと拒絶してたし、俺の存在のせいで兄ちゃんには凄い迷惑が掛かってた。ほっときゃ死ぬなら死なせた方が兄ちゃんの人生は幸せだった筈なんだ」
死にたくなかったが、それは俺の勝手な都合。俺が透子に出会えなくても兄ちゃんには何のデメリットもない。
「兄弟だった筈なのに不思議だよな。血の繋がりがあっても分かり合えないなんて」
「え? 勇人さんは、血の繋がりがないって言ってたよ!」
「……初耳だな。でもそうだとするなら猶更分からない。俺を助けた意味が」
もしそれを知っている人間が居るとすれば『鴉』だろう。ジャックから経緯を聞いたお陰で思い当たる節が生まれた。だがそれを知りに行くのは今じゃない。俺がするべき事をやらないと。
「俺が死んだら、兄ちゃんが死んだ意味がなくなる。やり遂げないといけないんだ。そこをどいてくれ。どかないなら―――」
トン、と軽くステップを踏む。体は矢のように素早く吹っ飛び、建物の壁を前に停止した。エリちゃんは遥か後方。今から走っても追いつけない。
「―――なんてね」
「たのもー」
壁を蹴り崩して所内に侵入すると、無数の銃口が中距離から向けられる。同時に俺の口が聞き覚えのある口調で喋った。
「<ここにキョウはいないぞ>」
「……まだ喋れたのか」
「<奴は中央の管理エリアに居るぞ。ここを抜けても行けるが、銃弾はもう浴びたくないな>」
「そうか」
「「撃て!」」
撃ち出される弾は全てさっき撃ち込まれた物と同じ素材が混ぜられていそうだ。見た目は鉛合金だから知らなければ油断していただろう。全て壁に向かって打ち払い、ジャックの案内を受けて奥へと進んでいく。
飛んできた手榴弾は投げ返し。
投げ込まれたガスは壁を壊して通気性を確保する。進むのはゆっくりで構わない。ナノロボットが着実に体を回復してくれるから。
「で、何が起きてるんだ?」
「<お前がなの子を破壊した後、ボスの指示を受けて三大勢力がここに攻め込んだ。キョウの姿が見えないのはその指示に手一杯になったからだ。不意を突かれた連合はリーダーの指示があるまでに随分攻め込まれた。反対側が騒がしいのはそこが正に主戦場だからだ>」
「三大勢力っ? マーケットと龍仁一家の事、だよな? ちょっと待ってくれ。アイツらは内輪もめしてたり警察と揉めたせいで放っておいていいみたいな話をされてた気がするんだけど」
「<そこはボスの腕が良かったという事だ。三大勢力は現在、かばね連合を倒すべく共闘関係にある。この刑務所は完全に取り囲まれ、連合の支配下に入っていた組織も続々制圧されている筈だ。奴に逃げ場はない>」
「…………俺に出来る事は?」
「<キョウを殺す筈だろう? 最初にその話があったじゃないか。お前の仕事はそれだけだ>」
「もう俺が手を下さなくても殺せそうだけど」
「<手柄の話をしている訳ではないぞ。キョウはまだ何か切り札を隠している可能性もあるからな。雑魚を向かわせるよりはウチの切り札―――人間災害をぶつけた方がいいという戦略だ。残念ながら今の俺はカーナビだ。力は貸してやれないが……しくじるなよ。お膳立てしてやったんだから>」
「分かってるよ」
管理エリアに続く通路を抜けた直後、俺の両手は瞬く間に切り離された。




