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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 7 未亡の愛こそ青き愛

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なの子デストロイ

 ティカのお陰で位置を把握する手間が省けたのでジャックの能力は偵察に生かされる事となった。俺の決断を尊重し、且つ作戦を最大限成功させるには彼の能力はどの道有効活用しなければならない。

「<俺の意識が入った蟻は回収されたぞ。刑務所に潜入した>」

「ご苦労、ジャック! さて、私達もそろそろ準備をしなければな」

 刑務所に連れられて行ったのは飽くまでティカが遠目に見た情報だ。潜入して得た情報でもなければ今この瞬間の現在地を示す物でもない。警備体制や要注意戦力なども含めると、蟻を一匹紛れ込ませる作戦が最もローリスクなのは言うまでもない。何か問題があれば別途報告をしてくれる手筈だ。

 メーアの手配した車に乗せられ何処かへ連れられる中、ジャックの情報が集まるのを二人で待つ。作戦に参加するのは俺とメーアとジャックとティルナさんの四名のみ。後は「鴉」の後方支援……俺には関係ない話……だけだ。隠れてる人や物をリアルタイムで探したり、暗所を歩く訳じゃないからニーナはお留守番になった。幾らバイザーがあっても戦力にはなれない。むしろ俺が全力を出す邪魔になるだけだ。

「さっきの訓練だけど、本当に何か変わったのかな。お前達に翻弄された記憶しかなくて自信がない」

「<あれは俺の制御を慣れさせる為と、信頼関係の構築をするべく行ったものだ。お前は遠慮なく力を出せばいい。到底今のスペックでは無理だが、この国を海の底に沈める勢いでな>」

「同じ口から二人が喋るとは実に愉快だな! 全くその通りだが、一つ付け加えよう。うちの艇を壊されたら私も含め殆どが死んでいた。壊れていない時点で制御は信用に値する」

 それはそうかもしれないが、やっぱり個人的には納得がいかない。幾ら力を制御出来ても結局戦うのは俺の肉体だ。大丈夫大丈夫って、一番大事な俺の意思が全く大丈夫じゃない。

 この選択が正しいかは俺にも分からないが、決断したのだ。俺はこの町で生きる屍であり、第二の人生を歩む謎の男ジュード。死体は等しく悪党であり、選択は決して保証されない。だからこそ、自分の意思は何においても貫かないと。何度折れそうになったか分からない。殺されかけて、死にかけて、全く消息が掴めなくて。でも、結果はどうだ。俺はまだ諦めてない。

 色んな人に助けられてまだそのレールに立っている。もうすぐだ。タイムリミットよりも早く、好きな人へ会いに行く。

「……ティルナさんは何をしてるんですか?」

「あれは……機を待っている」

「機?」

「身体が液体となっている間、他の液体が混ざってしまう特性は十分に有効活用出来る。何、運が悪くなければいいのさ。今宵は実に、私達の勝利を願うように丁度いい。それよりもそろそろ到着だ。降りる準備をしろ」

 言う通りに車が停まったが、路上のど真ん中だ。交通ルールを守る気など端からないらしい。扉を下りるべく後部座席のドアを開けたところでようやく出発前との変化に気が付いた。


 雨が、降っている。


 それも無視していい量じゃない。中々激しい雨だ。濡れるのが平気な人でも傘を差さなくてはいけないような、水の帳。

「……まさか、これ?」

「ああ! 天気予報はばっちり的中した、文字通り天が我らに味方した訳だ!」

 メーアは正面に聳えたビルにぐんぐん進んでいく。背中を追って、見失わないように。透子の暴走による被害を免れたビルは住居の亡くなった者のたまり場になっているようで、何処か目的地を持って歩く俺達を好奇の目が追い立てた。でも目立っているのは俺じゃなくて、目の前の長身だ。

「ここに何の用事だ?」

「……」

 黙って階段を上るメーア。それ以上は会話も続かず、長い階段を終わりまで上り切った。そこは屋上であり、雨に打たれてすっかり冷え切ったコンクリートが広がっていた。そう高いビルではないが、近くから刑務所が一望出来る。

「ヘリを用意してやりたいが、あの兵器が徘徊している以上は撃ち落されるのが関の山だ。少年、悪いがここから跳んで中庭に直接飛んではくれないか」

「……」

「一応確認しよう。なの子とキョウを殺害し、その他大勢を吸収する。その決断に間違いはないな?」

「…………策があるから、その方が確実だと思った。俺なら……いや、俺が倒さないといけないんだ。真司を除けば、俺が殺してきた奴は知り合いでも何でもなかった。だから、人間じゃないと思えば―――いや、違うな。ジャックの血が混じった時から、人の死が軽い物になってた。この血に理性が侵される毎に、まるで気づかず虫を踏み潰すような感覚に陥っていたんだ。もういい人じゃない。善人なんてとても名乗れない。けどその残滓が気にかけている。なの子の事を。そして罪を犯した事を悔いて、その償い方も分からずなの子の為に生きようとする男を」

「<おい、決意が鈍ったのか?>」

「違う。元善人は、ただ心の準備をしないといけないだけだ。じゃあ、後は任せたぞ。これが終われば……」

「研究所に突入だ。総力を以て貴様を送り届ける。此度の戦いでどれだけリミットが縮まるかは不明だ。余力を残せとは言わん。私も無理を言っている自覚はある」

「……いや、無理じゃないよ」

 自分を騙すみたいに、敢えて確信を持った。そうだ、この身体に不可能はない。だってこの身体は。



「人間災害だからな」



















 高く、高く。何処までも高く跳ぶ。雲の遥か先、雨を突き破り、ようやく上昇を停止した。

「<実際の勝算はどれくらいだ>」

「分からない。俺には自分の命の期限も分からないんだ。確定情報だけで動けるならその方がいいだろうな。でも今は分からないから動いたんだ」

「<……お前の身体の中に居ても思考が見える訳じゃない。信じていいんだな>」

「ジャック。俺とお前は多分相性が良くないよ。けど、透子の為という目的がある限り俺達は協力し合える。信じてくれ。俺もお前を信じる。なの子を倒す為には……お前の力が必要だ」

「<ふん。任せろ。災害の力には誰より精通しているつもりだ>」

 体は重力に従い落下する。目標地点は刑務所の中庭。自由落下によるブレを考慮してもこの身体が目的地より外に落ちたりはしない。普通の人間より遥かに体を制御出来る。例えば、その重力の流れさえも。

「……もし俺が透子に出会う前に死んだら、お前に後を頼んで良いか?」

「<なんだと?>」

「夏目十朗として振舞ってほしい。そうしたら透子は悲しまないだろ」

「<そんな発言は冗談で済ませておけ。好きな人を悲しませたくないならお前が生きろ。その為なら俺は幾らでも手伝ってやる>」

 風を纏い、災害の力を纏い、俺の身体は中庭に落下した。受け身なんて碌に考えなかったが、身体には傷一つない。なの子はびっくりしたように両手を挙げていた。

「お兄ちゃん! 何処から降ってきたの!?」

「なの子、また会ったな」

 間もなく、至るところに設置されたスピーカーが起動する。


『何故ここに来た? ジュード。僕に言わせれば、君はここにくるべきじゃない。何故なら僕達は敵対している筈だからな」


「……ノット。それは話の因果が違う。敵対してるから来たんだ。俺はなの子と遊びに来たんだよ」

「なの!? お兄ちゃん、また遊んでくれるの? 優しいの!」

「なの子。俺は前に会った時と比べると強くなったんだ。だから、君とは本気で遊びたい。デストロイモードで」

 なの子はびっくりして目をまんまるに開いたまま固まっている。返事はスピーカー越しにノットから届いた。


『正気か? 今の君には人間型災害の加護がない。死ぬぞ』

『いいじゃない。やれば?』


 半分被せて聞こえてきた声は、キョウの物だと思う。声だけでもノットが狼狽えているのが伝わってくる。


『デストロイモードは一度も起動した事がないんだ。最悪僕達も巻き添えだぞ』

『いいから、使ってよ。貴方、ただでさえ非協力的なんだからこういう時くらい私の指示に従え。敵が攻めてきたんだから。夏目十朗、私を殺しに来たの? それならいい事を教えてあげる。ロジック・コードを使えば、なの子は無力化出来る筈だよ。早く使わないと』


「そんな事はしない。俺はコードなんて持ってないし……お前達にはどうしても使わせたい意図があるみたいだからな。リレーアタックのノリで利用したいのか効力を見たいのか……わかんないけどさ。なの子はお前たちにとって最大戦力だから、理由がどうあれ戦わないといけないんだ」

「……なの。お父ちゃん! なの、遊びたいの! お兄ちゃんならきっと壊れないの!」


『…………なの子の遊び相手を減らしたくなかったんだが、仕方ないな。一秒でも長く耐えてくれ。君では決して耐えきれない』


 ノットの一言は、冷たく、暗く。まるで死刑宣告を下したみたいに重苦しい。











『デストロイモード起動』








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