逆転の選択
「三人共、随分楽しそうだな」
「お兄さん、生きてて何よりですねー。ニーナちゃんもヒルダも心配してましたよ」
「貴方は知ってたでしょうに……」
男としての威厳という曖昧な物言いで直前に降ろしてもらったが、本当はまだ抱えられていた方がマシなくらい身体が重い。それくらいボロボロに打ちのめされた。主に自信が。
「あの時身体から離れたって事はティルナさんの一部は波に攫われたって事ですよね。回収は出来たん……ですよね。今は喋れてるし」
「身体が液体の人間に一般的な常識なんて当てはめちゃ駄目ですよお兄さんっ。あんなの、身体で言えば擦り傷くらいの割合です。私の分離は不純物が混ざりすぎると繋がりを失ってしまうので気にしないで下さい。あれは海水の一部となり、私も無事環境汚染の主犯格です♪」
「……回収してないけど問題ないって意味でいいですか?」
「大体そんな感じで。献血みたいなもんですからね」
「ジュード様、疲れておられますね。よ、よろしければ私がマッサージいたしますよっ! ヒルダ様が、教えて下さったので!」
「…………甲板でやるのは、嫌かもな」
三人が無事で良かった。一先ずそれを確認出来ただけでも何かが報われたような気がしている。状況は特別好転していないというのに。
「再会を喜ぶのは構わんが、間もなくこちらのターンがやってくる。気を抜くべきではないな! マッサージをしている暇などないぞ」
タイミングを見計らってメーアが姿を現した。ついさっきまで俺を抱えていたくらいだ、タイミングよく現れたように見えるだけで今までのやり取りは全部把握している。ここが割り込みどころだと確信したのだろう。
彼女は無線機の電源を入れて声をかけると、知り合いに良く似た声が聞こえてきた。
『は~い。貴方の為の殺戮後輩、先輩だけのお世話係で~す♪』
「ティカ。貴様と少年が直で連絡を取れる状況は存在しない。私にその前向上は困るぞ」
電話越しに聞こえる声は厳密には本人ではない―――以前は言われてみればそうかも程度だったが鋭敏になった聴覚が殆ど別人だと受け取った。だがこの喋り方とおふざけ具合は間違いなくティカだ。
「だが私の偉大さに免じて許そう。そちらの状況について説明しろ」
『状況つっても、サツを撒いたところッスよ。全くもう最近どうもツイてなくて困っちゃうッスね。こっちはノリと勢いでダンスしてただけなのに、キョウは乗り込んでくるわ外で地震は起きるわサツとちんけな武装でやらされるわで最悪ッス。ジュードさんは無事逃げ切れましたか? 途中までは見てたんスけどね、ちょっともうそんな余裕なくて』
「問題ない、こちらで回収した」
『それは良かったッス! あーで、状況でしたっけ。後は……警察と連合が組んでるっぽいんでパトカー追跡して、拠点を割り出しました。キョウの奴はパトカーに連れられて刑務所に行きましたよ』
「パトカー? 逮捕されたのか?」
「単なる足だろう! それに刑務所は以前から畑として使われていた。そこを拠点にしているなら連合の勢力が散らないのもある意味納得だな!」
「はい?」
「どれだけ使い潰しても減らない兵力を畑から取っているという表現をするだろう? 悪党も同じだ、刑務所を介せば誰でも悪党に早変わりする」
「翻訳すると、一般市民を捕まえてムショにぶちこんだら適当な理由をつけて恩を着せるだけで悪党その一の誕生って言いたいんですよ」
「……かばね町は悪党と普通の人が上手く共存してる町だって勝手に思ってた時期もあるんだけどな」
「そりゃ本当に勝手ってもんですよお兄さん。悪党にとって一般人なんて搾取の対象でしかない。ケツの毛までムシり取ったら後は用済みってな具合に」
川箕が搾取される側だったら俺もそう思っていただろうが、アイツは上手く付き合いを続けていた。生存者バイアスみたいなもので、上手く付き合っていられる人間ばかり見ているからそういう先入観が生まれていたのだと思う。
―――あ。
「そうだ、川箕! メーア、川箕は大丈夫なのか? 何処にいる!?」
「クハハハハ! ようやくその言葉が聞けたか。聞かれなければ黙っているつもりだったぞ。面会謝絶だ。どうしても会いたければこの作戦を終えてからにしろ」
「……そんな、危なかったのか」
どうしても会いたいなんて言うつもりはない。命が助かっただけ過ぎた幸運だ。顔くらいは見たかったなんて……これも欲張りか。
『続き話しますね。刑務所つっても完全に掌握されてるんで迎撃準備がされてる気がします。さっきまでジュードさんと様子見てた時に居た奴らもまとめてそっちいったんで、いよいよ少なくとも今日攻め込まれる訳にはいかないって空気を感じます。なの子をムショの庭に放ってんのがもう、鉄壁ッスよ』
「……キョウは無傷だったか?」
『や、それは確認出来てねーっス。ジュードさんの蹴りを食らったんなら無傷って事もないでしょう。無傷なら郎党引き連れる必要もないどころか、自分は人間型災害に蹴られても無傷だって証明をした方が求心力になります。それが出来ないなら、まあ無事じゃないんでしょ』
「……よし。状況は大体把握したな。少年、聞いての通り、この瞬間こそ我々が求めていた唯一の好機だ。貴様に与えた目標は連合の乗っ取り、最低でもノット達の引き抜きだ。私達にはきっと二つの選択肢がある。ノットとキョウを殺して大多数の連合戦力をこちらに引き入れるか。ノットだけでも説得し、連合を滅ぼすか」
「でも、ノットが抜けるメリットをまだ用意出来てないぞ。どうするつもりだ?」
「簡単な話だ。メリットが用意出来ないなら比較対象を消してしまえばいい。つまり、連合自体を潰せば入らない理由がないだろう! いずれにしても選べ。此度の作戦、私が直々に指揮を執るが、貴様に求めるのはここでした決断の遂行たった一つ! 後は好きにすればいい」
メーアにとって唯一の障害はなの子だけだ。どっちを選んでもなの子は排除され、後始末を行えるようになるらしい。後は俺の気持ち次第。研究所に向かう以上アメリカとの衝突は避けられず、数が必要だと思うなら大多数を。長時間戦闘出来る兵器が必要ならなの子を。
ジャックは発言を控えている。俺の意思を尊重しているのか、ここで話しかけるとややこしくなるからか。それは判然としないが、とにかく脳内会議は許されていない。俺の意思で決断しないと。
「…………一応聞きたいんだけど、殺す相手って選べないのか? レインとか、殺したくないんだけど」
「それは私達に言っているのか? 抵抗しなければ助かるかもな。もしくは逃げるなら……そいつまで追撃する余裕は私達にはない。要は研究所に貴様を送り届けるまでの犠牲が欲しいという話だ。遅かれ早かれ死んでしまうとは思わないか」
「…………!」
透子に俺を会わせるために、メーアは最大限努力をしてくれている。なのに俺は、まだ甘えるのか。これ以上ないくらい協力的で、透子への敬愛のみで無条件に助けてくれるこの親切な『鴉』を。
「……………………分かったよ」
メーア、ニーナ、ティカ、アーバー姉妹。全員に言い聞かせるように、或いは決断を認めてもらいたくて、見回した。正解か間違いかなんて誰にも分からない。分からないが……透子に会うと決めたなら。
「俺は―――!」




