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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 7 未亡の愛こそ青き愛

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災害は一つに

「死んだって……」

「え、え。何の……話?」

「じゃ、ジャックから通信があったんだ。その、俺の身体の中から―――そんな顔しないでくれ、俺もこの身体にならなかったら多分同じ顔してたけどさ」


<話が進まないから静かにしておいてくれ、と言え>


「……ジャックが、一々リアクション挟まれると時間かかるから静かにしろって。悪いけど俺の様子を見ててくれないか? おかしな事になるかもしれないし」

「……コーヒー」

「あ、それは貰うよ」

 引き続き棚を探し続けるヘレイヤをよそに、俺は改めて会話を試みた……体の中に流れる、血と。言いたい事は分かる。自分でも何をやっているのか。具体的には顔を何処に向けたらいいのだろう。人と話すときに目を向けるのは常識だと思うが、体内に目はついていない。


<では改めて。俺の身体は死んだ。これ以上の処置は無駄だ>


「……自分が死んだのにやけに冷静だな。透子に会えなくてもいいのかよ」


<会わせる顔がないと何処かで言ったと思うが。それに、身体が死んだから何だ? 本来、俺の能力を運用するのにジャックという体は不要だ。肉体は瓶に過ぎない。必要でない時は能力を保有するだけの入れ物だ>


「どういう事だよ」


<トウコと違って俺自身が無敵の肉体を持っている必要はないという意味だ。お前が望むなら復活してやってもいいがそれには意味がない。世界中に散った俺の肉片を再び集めている内にタイムリミットが来てしまうぞ>

<肉体を失ったのは痛いが、そう悲観する話でもない。 お前にはずっと言ってやりたい事があった>


「なんだよ?」


<弱い>


 ……自分の身体の中に自分じゃない人間が居て、そいつからダメ出しを貰った時の俺の気持ちについて、誰か答えてほしい。マイナスな感情なら殆ど正解だ。やっぱりジャックの事は好きになれない。俺の味方ではなくて透子の味方というのは実にしっくりくる表現だ。この一々癪に障る感じが、なんとも。


<お前の戦い方にはまるで芯が通っていない。重さが乗っていない。そんなだから簡単に攻撃を受け流されるんだ。力が強くても相手に充てられないのでは意味がない。キョウはまだ生きているぞ>


 それは分かる。骨を粉砕した感覚もなければ肉を削いだ感覚もない。ただただ硬い物を蹴って吹き飛ばしただけ。だから追撃をしに行こうかと思って―――止められた。

 話しているとヘレイヤがコーヒーを淹れ終えていた。一口飲んで思考を落ち着かせる。


<身体が死んだ今となっては、次に接敵した時にお前がしてやられる未来しか見えないな。だが俺がここに居れば制限を外せる。トウコの血と俺の血が混ざったその身体は、スペックだけで評価すれば俺以上だ。抑制は俺に任せろ。解放はお前がすればいい>


「何を言ってるんだ? もしかして俺の身体を操るつもりか?」


<お望みならそうしてやるぞ。こうしてお前の身体に居ると、制御がどれだけ下手かを理解したよ。気づいているか? 俺が制御しているからお前はカップの取っ手を掴めているんだ。お前一人ではもう、引き千切ってしまう>


 カップを机の上に戻し、自分の手を眺める。指を動かした感じ、違和感はない。ないが、机に向かって軽く指を押すと罅が入った。自覚出来ていないだけで確かに、力が入りすぎている。


<そこで気が付いた。トウコは脳代わりのAIに力を制御させている。同じ事をすればいい。お前はただ解放を覚えろ、それ以外の全ては俺が代わる。それでお前はようやく、名実ともに二代目の災害になれる筈だ>


「…………それをすれば、キョウに勝てる?」


<間違いなくな。メーアに会いに行け。事情を説明しろ>

 

 多重人格―――厳密には他人が中に入っているだけだが、複数人格のある人間は鬱陶しく思わないのだろうか。もうなんか、元々好きじゃないのにジャックの声が鬱陶しい。うざったい。気持ち悪い。頭の中で声がするのに、自分じゃない事が明らかなのが受け付けない。

 コーヒーを飲み終えてから自分の部屋に戻ると、メーアはまだ残っていた。俺も何で彼女が残っているのかは分からない。ただ何となく、部屋に戻っていなかったら他をみてまわるつもりだった。

「おや、どうかしたか?」

 事情を説明すると、彼女は首をかしげてから……大きく伸びをして、また首を傾げた。パキパキと首の骨か何かが鳴っている所を見るに、首が痛かっただけらしい。

「貴様を介すのも面倒だな。直接話せるか?」

「<勿論だ>」

 主導権を一瞬にして取られてしまった。意識はまだ俺のままだが、口はもうジャックの考えている事しか話せない。

「ジャック。我が神の想い人に寄生したのはいいが、何か策でもあるのか?」

「<その前に幾らか確認させてほしい。お前も聞いていろよ。この身体には液体女の一部分が付着していた筈だが、それは何処へ行った?>」

「海に攫われたようだ。もしくは何処かで分離し、本来の身体へと戻ったか。何の不都合がある?」

「<向こうと連携を取りたいだけだ。状況確認をしたい。上手く行けば最低でもかばね連合は排除出来る。頭を失った連合が一家とマーケットを相手に出来る道理はないからな>」

「それならば連絡を取ってみようか。ほとぼりが冷めるまで潜水しているつもりだったが、秘密の港に止まろうじゃないか。まさか配っていた無線機がこのような形で役に立つとはな」

「<川箕燕の方はどうだ?>」

「そちらもついでに確認するさ。貴様……いや、ややこしいな。少年のモチベに関わる事だ、吉報を期待するとしよう。それでジャック、具体的な作戦を聞かせてもらおうか。俺の言う通りにすれば勝てるなど、カジノで素寒貧になった愚かな者にも言えるからな」

 俺の口から俺の知らない作戦が語られるのは嫌だが、確かに気になる。ここからどうやって状況を好転させるのか。『鴉』が弱小勢力になったせいで局面に表立った干渉は難しい。川箕を奪還して交渉の線が無くなった以上、向こうも力ずくで俺からコードを奪うしかない。俺達は俺達で研究所への突入戦力が欲しいが、連合と同調する余地がいまのところないので、見えているのは全面的な戦争一つだ。

 俺の口を使って、ジャックは得意げに言った。

「<とても簡単な話だ。銃殺してくれたお陰で俺は多量の血を周辺生物にぶちまけられた。蟻んこ一匹の視界なんぞで出来る捜索には限りがあるが、先んじて避難した奴等の力も借りればキョウが何処に移動したか、そして何を企んでいるかを把握出来る。液体女達には俺が寄生した蟻を確保してもらい、拠点を割り出した後に放ってもらう>」


 そんな事出来るなら最初からやれよ!


「……何処に誰の目があるのか分からない以上、血をところかまわずぶちまけるのは悪手なんだ少年! 偉大なる私の目を介さずとも、それがたとえ凡人の感性であろうとも怪しむには十分すぎる」

「<あ?>」

「どうやら操っているのは口だけか。表情が不服そうだ。最初からやれよこの甲斐性なしの片思い野郎と言われているぞ!」

「<……死にたいらしいな>」

 言ってない言ってない言ってない言ってない言ってない言ってない!

「<実際その通りだ。俺の弱点をキョウは知っていた。俺のデータを持っているなら当然能力への対処も怠っていないだろう。だから出来なかった。俺が生きている間はな>」

「しかしジャックの肉体は死んだ。それをキョウは警察を通して知る事になる筈だ! 水銀が不死性を消すと分かっているなら何も知らない者より遥かに納得してしまうな! そこに付け入る隙があると……そう言いたいのだな?」

「<俺にとって肉体が重要ではなく、研究所で求められていたのは能力の方だという事実はいずれの記録にも残されていないからな。想定されていた運用は終ぞ行われなかった。だから、今は対処も行われていないと見ている>

 彼の見えている世界にはいまいちピンと来ていないが、状況は好転していると思っていいらしい。それなら俺も、やる気を出さないと。いつまでも辛気臭い顔なんてしていられない。やるべきをやる。出来る事をする。それがこの命の、使い方だ。





「<話は終わりだ。ボス、出来るだけ広い場所に案内してくれ。こいつに災害の何たるかを教えてやらないとな>」

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