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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 7 未亡の愛こそ青き愛

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実らぬ種は摘まねばならぬ

 キョウ。それがかばね連合を率いるリーダーの名前。しかしその顔は何処からどう見ても兄ちゃんが付き合っていた響生という女性だ。直接面識はないが兄ちゃんの話を適当に思い出す限りでは包容力のある人なのだと思う。華弥子の一件があった手前好き放題言うのも憚られるが、好きな人に対する印象は客観的な印象と比べれば酷く歪むものだ。

 だからってここまで対極の人物像を見せられると、頭の中がどうかしてしまう。同姓同名の別人だった方がまだマシで、その顔は何処からどう見ても別人とは呼べない。


 ―――いや。


「まさか整形!?」

「はい?」

「お前は……兄ちゃんの恋人の響生じゃないだろ! どっからどう見ても同じ顔だけど、整形して似せたのか!?」

「……成程。私の顔を勇人君に見せてもらってたんだ。それなら大分失礼だけど、弟としてどうなの?」

「知り合いなんですか?」

「知り合いじゃないけど、俺の兄ちゃんの彼女だった人ですよ。ていうか……」

 勇人君って。

 じゃあやっぱり、目の前の女性は。

「……嘘だ。あり得ない。聞いてた話と全然違う! 誰だお前は、誰なんだ!?」

「あー……じゃあ少しだけ貴方のお兄さんが知ってる顔で話してあげるけど、整形なんてしてないよ。私は勇人君と交際していた響生という女性で、今はキョウとしてかばね連合をまとめあげてる最中なの。はあ、もうこのキャラ作り疲れるんだからやらせないでよ。猫被るのも楽じゃないんだわ」

「は、え、は、猫?」

「勇人君の事なんて好きでも何でもないのに何年も交際しなきゃいけなかった身にもなってって言ってます。何の収穫もないまま無為にろくでなしの世話させられる身にもなってほしいですよね」

 キョウの表情は冷たく、能面のようだ。兄ちゃんと仲睦まじく交際していたと思っていたが、そんな恋人をここまで明け透けに悪く言えるなんて、とてもとても恋人だったとは思えない。

「兄ちゃんと別れたのもそれが理由か? よくわからないけど、本性がバレたとか?」

「おや、どうして別れたと?」

「交際していたって過去形だったから。あんまり人の感性を悪く言いたくないけど、兄ちゃんと別れるなんて見る目がないんだな。アンタにぞっこんだったのに!」

「そうそう、ゾッコンでしたね。全く気持ち悪いのなんの……私から告白なんてするべきじゃありませんでしたね。必要経費にもならない無駄な時間でした。一心博士は殺してしまうし、貴方の情報は何も得られないし……とんだ貧乏くじじゃないですか」

「……何を、言ってるんだ?」

「元から私の世界はこちら側だと言っています。夏目十朗君、貴方も二代目人間災害ならその意味は分かるでしょう」

 


「―――避けて!」



 体に張り付いたティルナさんがにわかに叫び、条件反射でとびずさる。何事か理解するよりも早く、ただ本能が危険だと悟り回避行動をしていた。直前まで体のあった位置に槍の穂先が突きつけられている。動かなければ、あれが身体を貫いていた。

「おや、ロシアの……成程、独り言かと思ったら二人で組んでお喋りしてたんだ。せっかく油断させたと思ったのに、これじゃあ不意打ちは無駄みたい」

「ティルナさん!」

「色々積もる話はあるかもだけど、忘れないでよお兄さん! 目の前に居る人はキョウ! 連合のリーダーで、私達の敵でしょ!」

「っ!」

「昔話に花を咲かせてる内に川箕燕は死んじゃうかもよ!」

 祀火透子。

 川箕燕。

 その二人の名前は俺にとってエンジンであり、ある種のスイッチだ。平和を捨て、平穏が崩れ、秩序すら揺蕩うようになった今、夏目十朗のままで居られるのはその二人の前だけ。今の俺はジュードで、ジュードは裏社会の人間で。

 『夏目十朗』を守る為なら、人も殺せる。

「兄ちゃんと別れたのは……悪手だったな。殺す躊躇いが生まれたかもしれないのに」

 自分の中でどうしても納得のいく理屈が生まれなくて過負荷のかかっていた脳みそがクリアに整理されていく。大切なのは問答じゃない。かばね町で優先されるのは過去でも未来でもなく現在この瞬間。

 二代目人間災害と連合のリーダーが遭ってしまった。理由はそれで十分だった。

「はっ!」

 武術の心得などないが、身体スペックに物を言わせた暴力的な加速、その流れに乗せられた拳は弾丸よりも早く、大砲のように破壊する。あらゆる攻撃を受け流せる達人も、重機が扱う鉄球やシュトルムボックを受け流す事は出来ない。人間災害の一撃はそれ以上の威力で以て木っ端微塵に粉砕する。

 不死身でなければ受け止められない渾身の一撃。キョウは穂先でそれを軽く逸らし、ホテルの壁に拳を押し付けた。

「強いのは自分だけとでも? 私はずっと人間災害を、ひいてはその研究成果を回収するべく活動していたんだぞ。貴方のお父さんは決して隙を見せなかったけど」

 拳を引き戻して裏拳を振り抜いた。最大風速にして文字通り台風にも並ぶ突風が周辺の建物を吹き崩し、周囲の人々も舞い上がらせる。迷惑は最小限にするつもりだったが、目の前の相手にそれは出来ないと悟ってしまった。

 蹴りが、突きが、全ていなされる。どれだけ力を解放してもまるでその身体には届かない。

「はぁ、はぁ…………はぁ」

「お兄さん、無理しないで!」

「分かってる! 分かってるよ、分かってるけど……」

 災害の力を何度も受け流して尚、槍には歪み一つ見当たらない。キョウは体の周囲で槍を回し、脇の下に挟んで持ち方を変えた。どうして追い詰められているのは俺の方なのかさっぱり分からない。単純な実力で圧倒しているのはこちらだろう。それは周囲の被害状況を見ても明らかだ。

 加減無しに暴れたせいでパトカーの音が近づいてくるのも分かる。それどころかもう既に包囲網の中だ。連合が警察と繋がっている以上自然な流れだが―――ここで俺が捕まれば、コードが向こうの手に渡ってしまう。

「落ち着いて! 防戦一方なのは間違いないから焦っちゃ駄目。お兄さんが攻撃出来ないように、あの人もお兄さんに攻撃は出来てないから」

「…………そ、そうだな」

「いい? 確認するね? 攻撃は不意打ちの一回だけで、後はずっと凌いでる。猛獣を相手にしてるような感覚だと思う。お兄さんの体力切れを待ってるんだ。だから一旦さ、息を整えて」

「……ああ、分かった。うん。オーケー」

「ちょっと、心拍が上がり続けてるじゃん! 全然休めてない!」

「ああ、うん。その…………ああ。えっと。無理なんだ。透子の血が活発になってると、制御出来ない」

「はあ!?」

 ジャックの方は遠隔で彼が抑えてくれているのでまだ何とかなっているが問題は透子の血。理屈で言えば彼女が無事なら同じように抑えられると思うが干渉されていない時点で透子には現在自由意志がない状態という事が分かる。するともう、制御出来ない。

 地面に突いていただけの手が気が付けばコンクリートの中に沈んでいた。駄目だ、どうしても力を抑え込めない。そのくせ解放したら高波のように抑え込めるだけの範囲が削られ、後戻りがきかなくなる。

「コードを渡してくれたら、見逃してもいいけど」

「こ、コード? さあ、何の話かな」

「そういうのはいいからさ、とっとと渡してよ。川箕燕を助けたいんじゃないの? もうそろ、死んじゃうぞ」




「残念だがそいつはコードを持ってないぞ。持っているのは俺だ」




 虚空に響く低い声。果たしてそれは崩れかかったホテルの屋上から聞こえていた。二人して見上げると、殆ど同時にそいつは降りてきて―――俺を守るように前に出て、仁王立ちをした。

「ジャック!」

「そしてコードを渡す気は更々ない。お帰りいただこうか」

「おや、貴方は…………」

「やはりボスも見立てが甘い。お前は俺の正体を知っているな女。そうでなきゃ、誰が俺にジメチル水銀なんぞ吸入させる」

「す、水銀? もしかしてなの子から出てたのって」

「ああ、水銀蒸気だな。ただの人間にはあまりに致命的な毒で、俺にとっては明確な弱点だ。今の俺は、災害と呼ぶには程遠いよ。感謝しろよ、アンタが吸わずに済むように俺が全部吸入してやったんだからな」

 ……つまりジャックは、最初から気づいた上で。

「被検体番号J-34398。水銀に曝露されている以上、貴方は単なる人間と変わりない。どうしてわざわざ死にに来たの?」

「死にに来た? 殺しに来てやったの間違いだ。ジュード、手を貸せ。タッグマッチでアイツを殺すぞ」

 背中側に向けられた手を取って、肩を並べる。体の中枢が麻痺しているのだろう、尋常でないほど手が震えている。俺のサポートを必要とする程ジャックは弱っている。

「ああ、やろう」

「足を引っ張るなよ」

 視界の外から聞こえた確かな信頼。たった一言の笑い声に応えるように、俺は体内の力を解放した。

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