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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 7 未亡の愛こそ青き愛

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全てが偽りの平和

 目の前の事実に脳みその処理が追い付かないでいた。キョウ……確か響生ひびきという名前だったか。面識はないが、兄ちゃんと暮らしていたら恋人の顔くらい見せられる事もある。

 恋人に弟の顔を紹介するなんておかしいから、向こうは俺の事なんて最初から知らないかもしれない。俺も写真以外では知らないから厳密にはお互い他人だが、それでも驚きを隠せない。

 兄ちゃんは俺が透子と交流を持った時、『あの子はやめろ』と言った。自分も訳アリの女の子と交際してきたが、深入りするのは良くないのだと。父親から引き離してまで冷静に諭してきたくらいだ、当然今付き合っている女の子に曰くはないと勝手に思っていたのに。

 

 そんな人が、かばね連合のボス?


 そんな彼女に連れられている制服の女子高生は兄ちゃんが保護していた子だろう。名前は忘れた。覚えていない。というかそもそも名乗っていたっけ……兄ちゃんが保護していた子と、兄ちゃんが交際していた筈の人。兄ちゃんだけが何処にもいない。


 ―――別れた、のか?


 透子が暴走した後も兄ちゃんは生き残っていたし喧嘩した記憶もある。あんな別れ方をしたんじゃ仮に別れていても俺に伝える道理はない(そもそも連絡手段がない)が、別れたんだとしてもこの町から脱出出来ないなら互いの身の安全の為にも傍に居させた方がいいような。それとも別れたからには死ぬべき赤の他人であり、元恋人なんて傍にいるだけ不愉快なのでとっとと消えてほしいとでも?

「……な、なあティカ! は居なかったか……ティルナさん! 仮面になってくれませんか? ここから様子を見るだけじゃなくて、もっと近くに行きたいんです!」

「へ? それは流石にリスクが……」

「お願いします!」

 川箕の事を知りたいだけ。それだけならここから遠巻きに観察し、音を拾っていた方が確実だ。けどどうしても信じられない。兄ちゃんの恋人は曰くなんてない普通の人じゃなかったなんて。見間違いだと思いたい。どうしてもそんな、そんな馬鹿な話が。

 あったとするなら、兄ちゃんは何処に?

「一目見るだけなんです。近づいたらすぐに帰りますから」

 いつか見た悪夢を思い出す。確か兄ちゃんが俺を庇って、死んでしまったような夢だ。夢は所詮夢であり、あれが正夢になる事はなかった。だがここに兄ちゃんが居ないのはまるで、そういう。

「……ヒルダ、ここで待っててくれる? 私達はちょっと向こうに行くから」

「気を付けてね、おねえちゃん」

「戦闘能力があるのは私達だけですし、いいですよね?」

「はい。行きましょう」

 窓から直接飛び下りる方が早いとはいえ、目立つような真似は避けたい。顔を変えても一括りに怪しい人物と認定されたら銃撃される未来は変わらないのだから。

「とりあえずお兄さんのイメージからかけ離れた顔にしてますけど、文句はありませんよね?」

「ないですけど、これ他の人は顔どうしてたんですか? 呼吸、出来ないじゃないですか」

 変装の原理は単純で、液体化したティルナさんの身体を顔に貼り付けるだけだ。後は本人が勝手にカスタマイズしてくれるのだが……顔に張り付いているという状況は水たまりの中に顔を突っ込んでいるのと同じなので恐ろしく通気性が悪く呼吸が出来ない。

「流石に口元は開けますよ。お兄さんだって窒息死はしないかもですけど、喋れないってのはそれはそれで怪しいですからね。口元を縫われてるならまだしも。あ、でも観察するだけならそういう見た目にするのもありかもしれません」

「見た目が変わってると印象に残りそうだからやめときます」

 一階まで降りてからそれとなく中庭に足を運び、何気ない様子で合流を図る。人混みの端っこから混ざれば違和感はない。自分を心の底から連合の末端だと思い込み、それとなくキョウの顔がハッキリ見えるところまで近づく。この身体になってから視力に困った事はない。別に何処から見ても彼女の顔はハッキリ見える。ただ、信じたくないだけ。

「……生き残ったのはこれだけ? それとも単に集まりが悪いの?」

「リーダー、アンタの求心力は大したもんだが、世の中実力じゃ黙らない連中もいるって事だ。金か、或いは権力か。餌を与えなきゃついてこない奴も居るだろうよ」

 プロレスラーのような体格の黒人が軽口気味に意見する。リーダーとは呼ばれているものの畏怖されているとは言い難く、神輿として担がれているだけかもしれない。

 何で一般人を神輿にする必要があるのか。無理のある先入観は忽ち次の一言で断ち切られた。

「なら、この町で何処につくのか正解か教えないとね」

 発言が終わったと同時に、キョウは隠し持っていた拳銃を抜いて丁度俺の傍に居た男の頭部に発砲。変装がバレたのかと思ったが、その視線は一秒たりとも俺には向けられていない。

 非難の声はなかったが、剣呑な空気が周囲に立ち込めている。

「な、何を……して」

 声の方向に、銃口が移動した。

「何って、ウルテマ商会の舐めた態度に腹が立っただけ。貴方達みたいな下っ端だけよこして尻尾を振った気になるなんて、これまでどうやってこの町で生きてきたのか本気で疑問に思うんだけど」

「……そ、そんな理不尽だ! 俺達はこれまでアンタに顧客データを渡したじゃないか! この間マーケットの武器庫を制圧したのだって俺達の情報がなきゃ」

「本当にそう? 最初から私がその情報を知っていたという可能性は考慮した? 貴方達の忠誠心を確かめる為の試し行為だって……本当に思わなかったのならどうかしているわ。そうじゃなきゃ提供されてすぐに人を動かせる訳ないでしょ。あれだけの大人数を即座に動かせるなら、貴方達はもっと私に媚びている」

「ち、ちが! 待って! 違う! うちのボスと話をしてくれ! 決して舐めてるつもりはないんだ! ただ今日はどうしても外せない用事があるらしくて」

「それは?」

「…………」

 引き金に指がかかる。


「ま、まっ―――!」

 

 命乞いの甲斐もなく、死亡。

 やり取りを見ただけに過ぎないが、これが本当にキョウ―――兄ちゃんの付き合っていた響生だと言うのだろうか。まるで別人だ。こんな躊躇いなく銃を撃てるどころか、殆ど扱いに慣れていると言っても過言ではない。頭部なんてあんな小さいんだから当てようと思ったら相当使い慣れていないといけないだろう。最初の不意打ちはともかく、二発目の相手は逃げようともしていた。

「KID。アンサムの大事な用事って?」

「俺に聞くのか? 調べたところによると『Dolls Daughter』って店に行ってるな。アンタからの集合指示を無視してまで行くような場所ではねえよ」

「そう。じゃあ、殺しに行こっか。一家やマーケットにも恩を売ってるかもしれないスパイって可能性もあるし。予定が変わっちゃったけど、大事な話はその後で」

「ようリーダー! あの女はどうするんだい! あれだあれ、コンテナん中に閉じ込めてるアイツ! もう死んだんじゃねえのか?」

「 彼女の延命処置は私がする。コードが手に入るまではまだ生かしておかないと。二代目人間災害が私の飼い犬になってくれたらこんな面倒な事はしないで済むのにね」

「私達がこんな事してる間にその人間災害が助けちゃうかもしれないのに、様子を観に行かなくてもいいんですか?」

 同じように変装したティルナさんが会話に割り込みキョウに大事な質問をぶつけてくれた。そうだ、問題は居場所だ。ここに来たのは俺の我儘、本来は川箕の居場所を見つけ出す為の偵察に過ぎない。

 やはり怪しんだ様子などなく、キョウは淡々と頭を振った。

「幾ら不死身で強靭でも、場所を知らなければ助けには来られないだろうから気にしないで。もし死んだら死んだで……代理を立てて偽装しておけば暫くは誤魔化せるでしょ。私の知る限り二代目人間災害は、女性に免疫がないって聞いたし」

 その発言の、一体何にムカついたのかは自分でも分からなかった。怪しまれてはいけないという事も忘れ足を踏み出す。どんどんと距離を詰めていく。これ以上踏み込めば確実に目立つあと一歩のところで、後ろから手を掴まれた。


 レインに。


「………………」

 彼女は一言も喋らない。ただ行動を否定するように腕から手を離そうとしなかった。

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