屍を超えて生きる
「場所が分かった!?」
「ほ、本当ですか!?」
直前まで俺が暴れていたお陰で盗み聞きの心配はない。お店の外で息を潜めていても今の俺達なら問題なく気づけるだろう。
「俺がどうしていずれの作戦にも加わらず単独行動を取っていたと思う? それは『鴉』の中で俺が一番モノ探しに向いてるからだ」
「……特殊能力か?」
「ああ」
マーケット本部で見た資料には沢山の実験体のデータが残っていた。その中には幾人も特殊能力を持っている存在が記載されていたが、クロウの話を聞いていたからあの時は能力から逆算出来たが、ジャックの能力は?
「……あの女には口止めされているがまあいいか。俺の能力は意識の寄生だ。体の一部を摂取した生物の意識を全て乗っ取る。乗っ取った生物の感覚器官は考慮されない」
「どういう事だよ」
「……モグラなんかは地中に潜っているから目が退化しているだろう。俺が乗っ取った場合はその制限を受けないと言えば分かるか? 動物の感覚器官を使えないのは時にデメリットだが、それくらいはな」
「……あっ」
「どうしましたか?」
「こいつ。あ、えっと。透子の友達なんだけど。喧嘩した時に身体を擦り潰されて海に投棄されてるんだ。だから……つまり、魚の意識を片っ端から乗っ取って無理やり世界中を捜索したって事でいいんだよな」
ニーナに両目があれば、きっととんでもない物を見る目で彼を見ていただろう。バイザーがあってはたとえ青ざめていても何となくしか分からない。ただ口は呆けているので、俺の発言と目の前の景色が一致しなくて混乱しているのかも。
「お察しの通り、何百何万の魚を介して捜索した。時に大型の魚に食われ、時に釣られ、時に鳥に食われ……寄生先を広げた。その果てにようやく見つけたんだ。アイツはハーデス海洋研究所の下層……俺達が暮らした場所に居る」
「……やっぱりそうなのか」
「やっぱり?」
「いや、本部で資料を見つけてさ。透子のこれまでの事……全部。行くとすればあそこなのかなとも思ったんだ。ただアメリカが監視してるって言うから、確信が生まれない限り生きたくないとも思ってた。確信出来たなら良かったよ」
「……確信というよりは消去法に近いだけだ。直接姿は目にしていない。俺はただ……いや、この話はいいか。アメリカの監視は戯言だぞ。奴らは今も研究所のセキュリティを突破しようと試行錯誤しているだけだ。下層は今、外界から完全に隔絶されている。そこに残る研究データを回収しようとしてるのさ」
「透子様の場所が分かったらすぐに行きませんと! このような場所で話していないで!」
ニーナは決定的な情報を得られた事で舞い上がっているが、話はそう単純じゃない。監視どころか積極的に侵入しようとしているなら、そこに向かう俺達は必然敵対しなければならない。
災害の力を僅かに継承した俺と元災害のジャックなら負ける事はないと言いたいが、騎士団の一件然り、向こう側に対抗策がないと考えるのは楽観的だ。特にハーデス海洋研究所ではアメリカが計画の主導者、日本は協力という形で携わった。透子には通用しなくても透子以下の存在に有効な対抗策はあってもおかしくない。
仮にそれすらなかったとして、だ。ジャックはまだしも俺にはタイムリミットがある。一人で千人殺せても、向こうが一万人連れてきていた場合の事を考えればとてもとても時間が足りない……いや、それすら楽観的だ。俺の寿命が千人殺すまで持つのか?
「その子はああ言っているが、突撃するか?」
「……勝てる気がしないからやめとく。メーアに協力を頼んでからだな。ていうかそうだ、お前、その話はメーアにしたのか? なんて言ってた?」
「早とちりするな。今、最初に話した」
ジャックは腕を組むと、少し疲れたかのように店のカウンターへ腰を下ろした。
「俺の能力を聞いただろ。お前に血を分けたのは打算だ。トウコを助けたいと思わず、それ以外の行動をしたいなどとほざいた日にはお前を殺し、俺が代わりにお前となって生きるつもりだった」
「……まあ、お前もトウコの事は大好きだもんな」
「だが恋人じゃない。透子は俺の事なんて好きじゃない。だからお前がその気になってくれた時は…………少しホッとした。負い目がある奴を一生騙し続けるなんて、シンプルにしんどくてな。だからこの情報は真っ先にお前に伝えるべきだと思った。ボスに伝えるか?」
「勿論だ。国と争うかもしれないのに四の五の言ってられない。『鴉』本部から兵士を送ってもらって対抗しよう。それなら俺も命を削らず中に入れる気がする」
「……すぐは、行かないのですね。何とも、もどかしい」
「気持ちは分かるし、俺も同じだ。だけど……すぐ行ったら、目の前で俺が死にそうだからさ。透子がもし俺が来るのを待ってるとするなら、そんなのって嫌がらせだろ?」
「ほう。我が神は水底の牢獄に帰郷していると」
文字通りひとっ跳びで本部に帰還した俺達は早速ジャックの情報をメーアへと共有した。俺ももう『鴉』の一員だ。独断専行よりは一度ボスに指示を仰いだ方が組織人っぽい。
「『鴉』から兵士を呼び込めるか? 出来れば精鋭が欲しい」
「彼らの武装レベルは?」
「推測も混じるが、恐らくトウコが人間災害として有名になってから奴らはずっと下層へ突入しようと試行錯誤している。邪魔されたくないんだろうな、軍船が動き回ってるだけでも近寄りがたいのに、これから戦争でも始めようかって程の重武装だ」
「……研究所の扉、固くないか? むしろ透子はどうやって入ったんだ?」
「…………お前には話したと思うが、トウコは人間とAIのハーフだ。デジタル化された遺伝子情報と人の手が加わらなかったプログラムによって生まれた。可能性があるとすれば……そのAIが再起動したかもな」
感覚を研ぎ澄ませ、盗聴を確認する。周囲に人はおらず、機器類の反応もない。 思い立ったが吉日とばかりに急行したが、何気に最重要機密事項だ。この事を知る人間は限られないといけない。
「管理AI『マツリビ』。俺の脱走は計画的だったが、同時に偶然にも助けられた。停電だ。それによってセキュリティが緩んだお陰で楽々と突破する事が出来た。あれは言うなればトウコの母親だ。何が出来て何が出来ないのか俺にも検討がつかないが、アメリカだってデータの破損は避けたい筈だ。やってるのは恐らくセキュリティの突破だから、そこでマツリビが抵抗してるんだろうな。いつから攻防が始まってるかはともかく、時間は有限だ。行くなら早いに越した事はない」
「勝手に話を進めるな。偉大なる私の判断はまだ下されていないぞ。結論から言えば不可能だ。要請はしてみるが、結果は見えているな。貴様らは何か勘違いをしている様だが、我が神は飽くまで我が神なのであって組織全体の信仰ではない。助けに向かう? そのような目的では呼べそうもないな」
「建前を変えるのはどうだ? 助けるという言い方じゃなくて……トウコを手に入れる為、とか」
「片道切符な発言だな。私は組織を裏切る事になる。それ自体は構わないが対抗策がないぞ。……それよりもっと現実的な案がある。私の仕入れた情報によると連合はキョウという女をリーダーにこの町をあるべき姿に戻すべく行動しているそうだ。今や混沌と化した町に秩序をもたらそうとするその動き、悪くない。我々が乗っ取るべきだ」
メーアの視線が俺の方に向けられる。
「命ずる。ジュード。キョウを殺し連合を乗っ取れ。それが全面戦争における最低限の準備だ!」




