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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 7 未亡の愛こそ青き愛

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人屍開闢

 KIDが使うくらいだからどんな怪しい飯屋かと思いきや、いたって普通のファミレスに案内された。看板こそチェーンストアだが、リスクを嫌うならこの町でまともに利益を出す事は非常に難しい。まして透子が居なく成った後なら猶更。営業こそしているが、料理人は明らかにカタギではないし、メニューにある料理と出せる料理が違うらしいが、何の冗談だ。ここは普通のお店ではないと言っているような物ではないか。

「ま、そう緊張するなよ。何処の勢力もこんなしょぼいレストラン一個に躍起になったりしねえさ。俺ぁオーナーとは知り合いだが、たまたま知り合いの小悪党だっただけで、陰謀めいたやり取りは存在しねえよ」

「……何だよ。周りの客は普通だろ。信じろって」

 確かに周りの客は普通だ。俺達の事なんて気にも留めていない。一々他人を気に留めていたら心が持たない状況故、まともな治安なら不自然だが今はかえってそれが自然だ。錯乱状態と言い換えてもいい。矛盾脱衣みたいな物だ。

「飯だ飯。何食べんだ?」

「……オムライスとかは出せるのか?」

「馬鹿にしてんだろ?」

「メニュー表が参考にならない店のが客を馬鹿にしてる。それで頼んだ。ニーナもそれでいいな」

「あ、はい……お願いします」

「……私は気にするな。食事は不要だ」

「私も、生憎と。腹に何か残っていると動きが鈍る故」

 それが許されるなら俺もお断りしたかったが、今更遅いか。KIDが店員を呼び出し注文を入れた。その店員はもう厨房の方へと行ってしまったので今更取り消しなんて無理か。

「……料理が来るまで話し合おうじゃねえか。だが何処から話したもんか。そうだな。さっきはあんな空気だったし、その警戒心を少し解いてやろう。俺達の事が知りたいんだろ?」

「俺の方から質問していいって事か?」

「ああ。俺の知ってる情報なら……教えてやるさ」

 真偽については気にするところではない。その裏取りは後々俺が勝手に行わなくてはいけない事だ。ここで保証すると言われても、その発言自体が信じられなかったら何の説得力もない。

「お前達かばね連合は、透子によってある種の均衡状態を保ってた時期に戻す事を目的にしてるって聞いたけど本当か?」

「連合? そんな風に呼ばれてんだなあ俺達は。まあ間違ってもいねえか。実際の所呼び名なんてのはないからな。目的については合ってるぜ。祀火透子によってどいつも本格的に行動を起こせなかったあの緊張状態が戻るのを望んでる。だが祀火透子をそのまま戻してもこの町が滅ぶだけ」

「暴走状態だからだな」

「ん? 死んでたんじゃねえのか? その通りだ、誰も消息を掴めてねえが掴んでたところで戻したくない。そこでアイツを制御出来るらしいなんか……コード? ってのを探さなきゃならないのが今だな。大方そっちは、消息さえ掴めれば後はどうにでもなるってところか?」

「誘導尋問はやめろ。俺はコードなんて知らないぞ」

「ふっ。ま、所在についちゃどうでもいいな。俺の目的はそっちじゃねえからよ」

「……は?」

 そっちじゃない?

 尋ねようとした直後、オムライスが運ばれてきてしまった。仕方なくニーナの分と一緒に受け取り、スプーンをカトラリーから出す。

「いただきます!」


 ―――話の続きは、聞いてもいいんだよな。


「かばね連合の目的は透子を制御して町を安定させる事なんじゃないのか?」

「そうやって俺達を名前で括るのは結構だが、一枚岩だと言った覚えはねえぞ。一丸となって平和のために取り組むなんてのは、俺達には似合わねえだろ。そっちの情報が言ってる思想は所謂旧体制派だな。キョウって女が掲げてる、因みに連合全体のリーダーもそいつだ。俺達はその逆、新体制を熱望してる。鍵となるのは……」

 KIDは俺をカトラリーに収まっていたナイフを俺に向けて小さく首を傾げた。

「話の肝は祀火透子の有無じゃねえ。要はシンボル、かばね町の象徴が居りゃいい話だ。おっと、丁度目の前に三代目の人間災害が居るじゃねえか」

「俺は透子より弱いんだろ。事実だけど、そんな奴が同じ役割を果たせるとは思えないな」

「祀火透子は正真正銘の怪物だ。あれに勝てる人類なんざいる訳ねえ。が、それはそれとしてあの怪物と会った事もない人間が大半だ。本人がマジで消えた今となっちゃその強さは神話になりつつある。いつだったか、俺がこの町に来たばかりの時酒場でこんな話をした奴が居た。人間災害なんてのはまやかしに過ぎない。この町を外から守るクズの悪知恵だと。無理もねえ、俺も最初はそう思ったさ。元々住んでた場所を襲われた訳でもない、この国じゃ対岸の火事って言うんだったか?」

「……透子はこの町を壊しかけた。それを見てまだ同じことを言う奴が居るなら、目の前で見せても同じ事を言いそうだな」

「おいおい、あの破壊規模だぞ。目撃できる距離に居た奴は全員死んだ。俺達ぁ元々知ってるからこんな風に言ってるだけだ。津波が来るからと警告されても、人は直接その目で確かめてから逃げようとする。普通の人間ならその時点で手遅れなのにな。祀火透子の力は現実離れしているが、お前の力はまだ想像の範疇だ。しかも、二代目人間災害を殺害した実績がある。実際の力関係なんてどうでもいい。象徴には箔だけが求められるのさ」

 話していてうっすら気持ち悪いと思っていたが、その正体がようやく分かった。KIDは透子に対しても俺に対しても、飽くまで利用価値しか見ていないのだ。目の前に居て、同じ人間として扱っていない。透子より弱いと蔑みながら、同じ怪物としてそれとなく突き放している。

 初めて出会った時とあまりに反応が違うから、そりゃ気持ち悪い。

「でもお前達は、俺を殺せるらしいな。そんな弱い奴が象徴なんて誰が認めるんだ?」

「なんだ、馬鹿にされたのがそんなに効いたのか? くく、頭に血が上ってるなら水でもかけてやろうか? だからこそだろ。お前は俺達で殺せる程度の災害だ。だから担ぎ上げるリスクも最小限で俺達にとってはやりやすい。分かるか? 何処に居るかもよく分からん怪物を見つけ出す必要なんてないんだ。お前が居れば、後は俺達だけでこの町を守れる。わざわざ飯まで奢ってやった理由はそれだな」


 ―――KIDの態度には嘘を感じられない。


 そして言葉はきついが見下しているつもりもないのだろう。事実に基づかれている発言ばかりだ。全く癪に障るが、確かに侮られても仕方ないような攻防を見せてしまった。

「か、勝手にジュード様をシンボルにしないで下さいませ!」

 五人も居る中で、実質的に会話をしていたのは俺達だけだが、不意にニーナが声を上げて、精一杯の威嚇かスプーンを机の上に叩きつけた。

「ジュード様は……もうボロボロで、今にも倒れてしまいそうで……! 透子様の為にずっと、無理をしておられるのですよっ? それなのに貴方、貴方という人はまだ苦しめるのですか!?」

「…………なあ、KID。ここは」

「黙ってな。当然だろ嬢ちゃん、俺達ぁ悪ふざけで言ってんじゃねえぞお。この町は祀火透子の存在一つでギリギリのバランスを成立させてた。見ろ、今の様子を。何処もかしこも余裕がない。緊張感もない。まともに生きようとすりゃ災害の加護がなく、悪に生きりゃ恐怖がない。こんな町に魅力なんてあるかよ。だから、俺達の手で取り戻すのさ」

「ジュード様の事はどうでも良いと?」

「嬢ちゃん、この町じゃ偽名だろうが本名だろうがどうでもいいのさ。呼べれば何でもいい。同じさ。要は俺達の望みをかなえてくれる災害のポジションが欲しい。そいつの事なんて誰も考えねえよ」

 強気な態度を取られている理由は明白だ。俺の実力が低く見積もられている。そして見積もられている理由だが、体内の侵食を進めないようにしているからだ。血を躍動させれば、それだけ俺の力は透子に近づく。だがすればするほど命のタイムリミットは狭まっていく。

「…………悪くない提案だけど、そう簡単に頷きたくないな」

「へえ? お前なんて簡単に殺せるんだぞ? 二代目三代目とポンポン現れてくれたのもあるが、キョウが詳しいんだよな。祀火透子は規格外でもお前程度なら」

「その、さっきからずっと聞いてる。透子、透子。透子。お前は俺を当てにしてるのに、ずっと俺を引き合いに出して下げるよな」

「事実だろ?」

「事実でも、俺を当てにしてるならもっと過大評価してくれたっていいんだぞ。ムカつくんだよ、そういうの。さっきからずっと頭に来てた。俺を殺せる? 本当に殺せるのか?」

「イキがんな。隣にガキ抱えて俺達に勝てんのかよ?」

 KIDが手を上げると、店内の喧騒が一斉に止み、全ての人間が俺の方を見つめた。そして全員が隠し持っていた拳銃を構え、その銃口をこちらに向けてくる。



「…………ニーナ。その場から動くなよ」

 


 血が。








 










 熔ける。


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