災害の加護
「ヒルダ、裏の厨房も駄目だった?」
「うん。当然だけどね。冷蔵庫なら一応、原型自体は留めてるから保管自体は出来るけど」
ニーナの脳内マップをティカに書き起こしてもらっている間に、姉妹は店が無事に機能するかどうかを改めて調べている様子。それもこれも俺とニーナで周囲の音を探り、尾行はないと結論付けられたお陰だ。
―――わざわざ廃墟に用事があるって時点で怪しいもんだけどな。
その怪しさもかばね町に居続けると今更という訳だろうか。実際問題、透子の起こした暴走による被害は計り知れない。廃墟なんてその辺に幾らでもあるし、死体は元からその辺に転がっている。俺が自分達を目立つと思い込んでいるのは客観的に要素を並べた結果だと思い込んでいたが、単なる自意識過剰だったのかも。
「……」
「ジュードさん、考え事してるなんて暇っスか?」
「暇で悪かったな」
「嫌味じゃないッス。書き起こしてるだけなのもなんかつまんないんで、何考えてるか話してくださいよ」
「……マーケットの本部に行った時の事を考えてたんだ。あの時、俺はニーナと再会できたし川箕とも話せたけど。確か協力者が居たよなって」
あれはそう。ジャックがひょんな事から身動きが取れなくなり本部に突入出来なくなった時、代わりに俺が行く事になった。本部前にはニーナが居て、彼女は俺に同伴するように川箕から聞かされていたのだ。その川箕はまた別の人物から俺の支援をするように頼まれていて―――保護してくれた勢力というのが正にかばね連合なのだろう。
そのかばね連合が川箕を交渉材料に俺にコードを使わせるのではないか、メーアはそう見ていたが、これでは矛盾していると思わないだろうか。交渉材料にするという事は俺を脅しているという意味だ。彼女の存在は俺にとってたとえ気に食わない奴でも従わざるを得ないくらい大切であると―――傍からはそう見えている。勿論これは事実だが、それならなぜ最初に恩を売る必要があった? そうやって警戒心を解いて取り入るつもりなら、脅迫は逆効果だ。
ニーナ曰く、監禁されている事実はある。この事から察するに、連合とはまとまっているだけであって一枚岩ではない可能性が高い。つまりかばね町をかつての秩序レベルにまで戻すという目的こそ一致しているが、その手段ややり方では反りが合っていない。そう考える事は出来ないだろうか。
俺の推測をティカに話すと、彼女はうーんと眉を潜めて疑問を口にした。
「どうなんでしょうかね? 方針が後から変わった可能性もありますよ。最初は懐柔するつもりだったとか」
「い、いえ。それはないです! 私の聞いていた話では、最初からジュード様に協力を仰ぐ形になるという事で……お姉様は素直に言う事を聞いてくれなかった時の最終手段というような言い方は、耳にしました」
「あちゃー純粋なのも考え物ッスね。協力を仰ぐ? んな建前今時信じる奴がいるなんて驚きッス。イジメ受けた事ないッスか? イジメられっ子が『いじめられてません。僕が望んでこうしてもらってるんです』って言うのと一緒ッスよ」
「そ、そんな……」
「にしてもだろ。ニーナが信じても川箕まで信じるとは思えない。アイツはあれでもこの町で育った奴だ。俺よりずっと警戒心が強い。詳しい事情が話せなかったとしても協力なんて言い方するかな……」
「随分信じてますね。透子さんも嫉妬しちゃうんじゃないんですか?」
「……どうだろうな。川箕とつるんでる時のアイツは、嫉妬よりも遥かに友達が出来て嬉しそうだったぞ」
俺のお陰とは言わないが、少なくとも俺を介する事で二人には何度も交流する時間が生まれた。だから正体を知っても川箕は透子を拒絶していない。俺達だけはどうあろうとも、祀火透子を何か災厄的な概念と同一視する事はあり得ない。
「どっちが大事なんだろうって俺も考えた事があるけど、それ自体が破綻してる前提なんだ。俺は選ぶ側の人間じゃない。この町に来たのだって成り行きだ。お前達と出会えたのも決して俺の意思が関わってた訳じゃない。上手く言い表せないけど、そうなったからそうなった。そのせいで色々な過去を切り捨てる事になったけど、惜しいとは思わないよ。幸せが欲しくて前に進んで、その過程で失うなら後悔するべきじゃない。勝手に切り捨てられるなら、俺の意思だけは何も捨てるべきじゃないって思うんだ」
「じゃあ川箕燕と透子さんどっちかしか助けられないって言われても?」
「ああ。どっちも助けるよ俺は。その為なら自分の何を懸けてもいい。丁度、今、この瞬間みたいに」
切り捨てる事でしかつり合いが取れないというなら、喜んで自分の命を懸けよう。死ぬ直前になればやっぱり死にたくないと思い直す程度には俺も小物だが、その直前まで躊躇いなく行える。割り切れないだけだ。そこはやっぱり、裏社会に生きる人間や人間災害と違って、俺は紛れもない一般人だったから。
「―――っと。話してる内にマップが出来ましたよ」
書き起こされたマップには現在のかばね町の細かな道が広がっている。飽くまでニーナが通ってきた道筋なので町の全体像を把握出来る訳じゃないが、『鴉』の拠点になった教会からこのカラオケまでの道のりと繋ぎ合わせれば、おのずとかばね連合が縄張りにしている場所も見えてくる。
「…………あーそこ、ホテル街になってた所じゃないですか?」
店内の調査を終えたティルナさんが一足先に戻ってきて地図を見下ろしながら呟いた。
「ホテルって言うと、やっぱり売春的な」
「まあ早い話がそういう意味ですね~。でもその性質を逆手に取って悪党どもの悪だくみの会場としても使われていたとかいないとか……大勢が潜伏するには丁度いい場所だと思いますよ? ホテルはホテルなんで、部屋は足りてますし。それよりお兄さんっ。相談なんですけど、暫くここを拠点にしませんか?」
「え?」
「『鴉』の拠点ってまだバレてないんですよね? だとしたら一々私達が戻るのはリスクがあるんじゃないんですか? もし『鴉』の中に裏切者が居た場合でも同じです。教会からつけ回されてしまいますよ」
俺達が何のために尾行確認を、と言いかけて口を止めた。それが問題だ。尾行を確認出来たからなんだ。撒けばいいとでも言うつもりか。慣れている訳でもないのにそれは難しいだろう。メーアは俺にだけ本来の作戦を伝えた……そう考えた場合、この場に居る人間以外に情報が漏洩するのは避けたい。
「安全なんですか?」
「匿名性はそこまで保証出来ませんけど、食べて寝て過ごすくらいなら問題ないですよー。今日中にホテル街に突撃するのも何だか無策すぎますし、向こうの出方を窺う為にも一旦、ここを拠点に生活しましょう?」
無策というのは的を射ている。かばね連合の思惑が読めないままに行動するのはアドリブばかり求められて危険だ。『鴉』の表向きの作戦にどう反応するのか、そして俺に対するスタンスをハッキリさせてからでも遅くはない。
「…………とりあえずメーアにお伺いを立ててみるか? 一応正式なメンバーになったし、弁えないとな」
「ジュードさんに忠誠心とかあったんスね! ウケる!」
「いや全くないけど……アイツが透子を信仰してるのは伝わってるし、信仰だけは裏切らないようにも思えるんだ。多分、昔の名残で」
敬虔なる信徒。何を信じていたかは分からないが、神は変われど祈りは絶えず。その純粋さを何より信じている。




