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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 7 未亡の愛こそ青き愛

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袖振り合うも他生の縁

「ふぁ…………ん……ジュード様、以前と比べてお早いお目覚めですね」

「ニーナが知ってる時っていうのは平和な時だったから、仕方ないな。隣に誰か居てくれるっていうのは、それだけで安心感があるっていうか」

「あたいがいつも隣に居るのに嫌味ッスか?」

 アーバー姉妹とニーナ、それに頼れる世話役を連れて町に繰り出したものの、まだ昨夜メーアと話した件については斬りだしていない。誰かに盗み聞きされたら困る話をどうして外でしようと思えるのか。だが拠点であってもスパイが居る可能性を考慮したら話せない。

 かといって彼女達に話さないのもそれはそれで違う筈だ。外部から来た人間である以上、スパイである可能性は限りなく低い。ティルナさんに至ってはほぼ成り行きでの加入だ。

「ふん、いいですよーだ。今度から冷水ぶっかけちゃうんで」

「……幾ら身体が頑丈でもやめてほしいな」

 取り留めのない事を離しながら町を歩いていると、朝という時間帯もあってか比較的治安の方は心配なさそうだ。度重なる抗争と外からの介入により無関係な人間は随分疲弊しているように見える。建物を利用している人間が例外なく近くに銃を用意しているのが正にその証拠だ。誰も彼も自分の身を護るために手段を厭わなくなってきている。安全に生活する上で仕方なく犯罪者に手を貸す時代は終わった。これからはそうでもしなければ生きられない真の無法だ。


 ―――安全な場所、なさそうだな。


「ティルナさん。貴方が経営してたカラオケってまだ使えますか?」

「お兄さん。あそこが使えるなら仮設住宅なんかに行く訳ないって思いませんか?」

「お店としては営業停止でしょうけど、単純に内緒話出来る場所としてですよ。お店として使えないなら周りに人が居ない可能性の方がありませんかね」

「……話したい事があるんですね。妹の安全が保障出来ないから近寄らないようにしてましたけど、どうでしょう。行ってみますか」

 感覚を研ぎ澄ませて尾行には極力気を付ける。俺達に追従する足音が聞こえればそれが怪しい筈だ。

「ジュード様。私もお手伝いします」

「へ?」

「周囲の音を聞いていらっしゃるのですよね。お姉様の傍でずっと練習していましたのっ。今の私には貴方様が耳を澄ませている事も分かりますよ?」

「……そ、そうか?」

 普通、他人が耳を澄ましているかどうかなんて他人には分からない。耳に手を添えているなら明らかだがそんな事はしていない。ただ聴覚に意識を向けて聞こえる音声を頭の中で仕分けしているだけだ。

「もしかして他の人の行動も分かるのか?」

「ティルナ様は体の構造が変わっておられるのでちょっと……他の方は集中させていただければ分かりますよ!」

「人とは違う世界に慣れてるとそんな事も出来るんだな……やっぱり連れてきて正解だったよ」

「お役に立ててますか!?」

「うん。とても」

 真司と戦った時から薄々気づいていたが、身体能力が劇的に強化されていても使い方が分からないと宝の持ち腐れだ。精神的な話に近いが、出来ると思えない事はいつまで経っても出来る気がしないし、一度でも出来ると思ったら大抵この身体は可能にしてしまう。

 そこはやはり、ついこの間まで普通の人間だった事が足を引っ張っている。もう随分時間が経っているが、その経過時間の殆どが瀕死の状態だった。早くにバイザーを手に入れ以降はずっとその視界だったニーナとは違う。川箕が傍にいた間はサポートもしてくれただろうし。

 姉妹の案内の下、かつて営業していた店舗の前までやってきた。見る影もないは言い過ぎだったが、至るところの壁は壊れ、売りだった匿名性は完全に崩壊している。災害の余波により二階は何とか外見を保っているだけでいつ崩れてもおかしくない、むしろ崩れていないだけ既に崩れているよりも危険な状態だ。これ以上ブロックを抜けないジェンガと言えば伝わるだろうか。次はお前の番だと渡されたら困る。

「うーん。やっぱりお店を営業するのは厳しいね~。自分で建てた訳じゃないから直せもしないし、このまま使うのは難しそうかな。機材はまあ、確認するまでもないか」

「で、どうすか? ジュードさん。誰かあたい等を尾行してます?」

「特に誰もついてきてない……と思うけど」

「私も同じ意見です! あんまり目立ってないみたいですね!」

 目立ってない……かどうかは議論の余地がある。だがニーナに鏡を見てから発言しろなんて言っても嫌味かどうかすら理解してもらえないだろう。彼女の視界は普通の視界とは似て非なる概念だ。鏡がある事は認識出来てもその反射は見えない……俺の知る限りでは。

「とりあえず中に入ろう。そこで昨日聞いた事を共有する」




















「うわ……まあそうですよね。機材……うーん。はぁ。いや、分かってましたよ? 分かってましたけどね……」

「お、おねえちゃん! しょげないで!」

「―――はぁ。いや、もう全然割り切ってますし? 何でもないから。ほんと。感傷みたいな……はぁ。高かったのになあ」

 ティルナさんが立ち直るまでに十分ほどかかった。その間に他の人間はもう自分だけの寛ぎ方を見つけており、これはこれで休憩場所としての需要を見いだせる程リラックスしていた。

「サマンタ。机の上に足を伸ばすのは行儀が悪いからやめような」

「え? あの、だから本名教えてないんで言わないで下さいよ! 距離感弁えるッス!」

「でもティカとティルナってなんか似たような名前だし、しかもどっちも偽名なんだろ? じゃあもう何でもいいかなって」

「日の国ジャパーンは全国民が一ミリも名前が掠ってないんスね? それでいいんスね? これからジュードさんに名前掠ってる奴居たらぶっ殺していいですよね?」

「ごめんって」

 危うく動機が名前のとんでもないジェノサイダーが生まれるところだった。しかしティカは当初警戒心をもろに出していた人物でもありここまでティルナさんを警戒していない理由は……俺の知らないところにあるのだろうか。いや、警戒していない訳でもないかもしれないが……俺と冗談を言い合ってくれるのは、やっぱり彼女を敵視していないからな気がしている。


「で、ごめん。結論から言うんだけど、昨夜聞いた話と今朝聞いた話が全然食い違ってるんだ」


 川箕をかばね連合から救出するという話をされたのに、そのどちらのワードも出てこなかった事が引っかかる。その事を簡潔に共有してから、俺はニーナの方を見つめた。

「まず確認したいんだけど、川箕が捕まってるのは本当か?」

「……はい。事実です。お姉様は、ロジック・コードを使える人として捕まっています。私が知っている頃なら、コンテナに監禁されていました」

「メナシちゃんは捕まってなかったんスね?」

「お姉様に遠隔で電源を落とされて……それで暫くあちこちぶつからせてもらいました。そうしたら本当に目が見えないんだと信用してもらったので、自由に。お姉様と切り離したら遠くには行けないからと」

「…………」

 生体認証機能の話をした時に自分を除外したのはそういう意味だったのか。自分が使えてしまうと困るから、使えない事にした。その証明の為にもどうにかして俺に渡す……最低限手元から無くす必要があった。ニーナは単に危ないと思って逃がしたのだと思う。バイザーがなければ食べて寝る事も満足に出来ない少女を徹底的にマークする意味はない、そこも含めてメーアの予想は当たっていた。

「えっと。ニーナちゃん。し、し、質問いいかな? その、コードっていうのは結局何処に……」

「ついさっきジュード様に返しました。ですからジュード様をどうにかなさらないとコードは使えないのですが」

「コードの所在は現状、俺達しか知らない。連合も『鴉』も誰もコードの所在なんて詳しく分かってないんだ。何なら龍仁一家は川箕が持ってると思ってた」

「そのコードっていうのは、何なんスか?」

「透子を制御出来る唯一の方法らしい。俺も使い方は良く分からないけど、使うにしても本人が見つかってからだろ。だから黙ってたんだけど……ほら、食い違うだろ。俺には川箕を助けろって言って、今朝聞いた作戦じゃ……えっと」

「サツとその協力者を殲滅しろって作戦ッスね。その為に勢力争いなんかしてる場合じゃないから、協力するのかどうか……早い話が、町ん中であたいらの味方してくれる奴を探せって話ですよ。敵ならぶっ殺す。そんだけ」

「話が見えてきたんじゃない? お兄さん、いたいけな子供や私の可愛い妹を連れてきて正解だね。多分あの人はお兄さんを連合と接触させたいって思ってるんだよ」

 ティルナさんは机の上に自分の身体を液体化して広げると、『鴉』と『連合』で丁寧に色分けして、図を以て説明を始めた。

「お兄さんはついさっき『鴉』に入ったばっかりで忠誠心も何もないでしょ。過激な命令が下される一方でお兄さんが温和な動きを見せれば話し合いが出来る、もしくは言いくるめられる相手って思われるんじゃないかな。舐めてかかる相手なんて簡単に騙せるし、その流れで助けろって言いたいんじゃない?」

「―――俺を穏健派だと思ってくれるならいいけど、これでも真司を殺した男だぞ。アイツはあれでも二代目人間災害として威勢を張ってた奴だ。恐れないってのは無理があるんじゃ」





「ジュード様。だ、大丈夫です。ジュード様を知っておられる方が大勢向こうにはいらっしゃいますので……そうは、ならないかと」

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