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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

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本当の家族

 透子に出血は意味を為さない。傷を負ったその瞬間から傷口は塞がり、たとえその一瞬が即死に繋がる傷だったとしても事実すらなくなったみたいに何の問題もない。大国から標的にされて事実上の白旗を挙げさせた生命力は伊達ではない……なら俺達も同様の生命力を?

 それは違う。俺はジャックの、真司は透子が漏らしたほんの僅かな血を。侵食具合とは無関係に、その血の比率が大きく違う。毒の正体は生物に対する拒絶反応だが、彼女があれだけ強大な力を内包している理由もまたこの血だ。この血が全身に満ちているから強い。俺達が受け継いだのはその一欠片。真の不死身には程遠い。

「お前の事は昔っから、一発ぶん殴ってやりたいと思ってたんだよ!」

 遠慮する事はない。相手は散々俺を陥れてくれた男だ。どちらがより多く相手の身体を欠損させられるか。この戦いはそれに終始する。最初から抵抗なんてない。


『トウコはお前に赦されたいんだ。だから…………頼むよ。お前までこっち側に来ないでくれ』


 俺を一度は守ってくれた男はここには来られない。一家とマーケットの抗争に巻き込まれる無害な民間人を逃がしているらしい。だからもう誰も俺を止められないし、止まる気もない。ここで俺が踏み止まれば確実にニーナは殺される。彼女を殺されるくらいなら、俺が殺してやろう。

 とはいえ身体能力の差は歴然。基本的に俺の視界に真司の身体が映る事はないし、映ったとすればそれは攻撃されている時だ。体の何処かが吹き飛んで初めて攻撃に気がつける。予備動作も取れていない。

 だがお互いに素人だ。より早く攻撃をし、どれだけ体を欠損させて侵食率を高めるかという条件にはアイツも気づいているだろう。だからこそ、俺の策に引っかかってくれる。目の前に突き出した腕が消し飛ばされた瞬間、目の前の虚空に向かって全力の正拳を放った。

「ぐお…………!?」

「お前のせいで俺の人生は滅茶苦茶だ! お前さえ居なきゃ、お前さえ居なきゃ俺はもっとまともに幸せだっただろうな!」

 動きが完全に止まり身体がくの字に曲がった真司に追撃の膝蹴り。今までの鬱憤を晴らすように力を込めて、その身体の悉くを破壊するように。大きく吹き飛ばされた真司は家屋を突き破って瓦礫と共に見えなくなる。再生した腕を再び突き出すと、また壊れた。

 やる事は同じ。そして今度は頭突き。

「ごばあえげ……! な、なんだ、お前、俺の動きが見えてないんじゃ!」

「嘘つきの癖に素直すぎんだよお前は! 俺がどれだけこの町で過ごしたと思ってる!」

 急所を攻撃する事が条件ではなく、とにかく体を破壊すればいいという条件なら、こうして攻撃しやすいように体を突き出せばアイツは必ずそこを攻撃する。しかも腕なら、まるで構えているようにも見えるから怪しまれない。


 ―――死にかけ具合で言えばお前の方が上だからな。


「……過ごした時間は短いけど、ここにはお前なんかよりよっぽど悪意ある奴や隠し事だらけの奴が沢山居るんだ。そいつらとの探り合いや騙し合いに比べたら、お前の動きなんて手に取るように分かる!」

 地面に転がし、胴体を力任せに蹴っ飛ばした。身体が真っ二つにへし折れ、末節の部位が回転する体に引きずられて景気よく千切れていく。死にかけで、それでも死ねない俺達の殺し合いはとっくに人間なんてやめていた。一秒でも早く死ねと念じながら、拳を振るい続ける。

「……後悔してるけど、友達だったからな」

「―――お前さえ居なきゃ、俺はもっとまともに幸せだったぁ? そんなの、そっくりそのまま返してやるよお!」

「させねえ!」

 カウンターを狙う戦法はニーナを狙われたら崩壊する。だからそんな事をさせない為にも、真司と密着すればいい。初速が見えなくても最初から身体を掴んでいればそんなの関係ない。

「てめえは俺だけを見ていろ! 他の奴に手なんか出させねえぞぉぐぉ」

 頭部が吹き飛ばされ、喋れなくなる。再生は一瞬だ、支障が出る程じゃない。脳の機能が消えても不思議と体は動き続けられる。絶え間なく、血が、人間災害の血が俺達を駆動させる。破滅の未来を確定させるために。

「十朗! お前が生まれたせいで俺は偽物だった! お前なんか生まれてこなきゃよかったんだ! お前が居なきゃよお……俺が、俺には家族が居たのに!」

「何言ってんだ!」

 ニーナに向かって投げた石礫を蹴りの風圧で逸らし、その腕を抑え込む。視界に難がある彼女にあれだけの速度の石が避けられるとは思えない。全身凶器はお互い様だが、だからこそ攻撃の手を緩めてはいけない。

 互いの拳が、肺を穿った。

「……ぐふ。夏目、一心。お前の父さんの名前、だな。でもそいつは、俺の、お父さんだ」

「―――ゴホ、ゴホ、ゴボ゙っ! 何…………言ってんだ?」


「…………なんも、知らねえんだな。なんもしらねえんだ! 知らねえでお前は、

俺の事を悪者扱いしやがるのかよお!」


「ぐお!」

 

 押しのけられたかと思えば、その力が強すぎて吹き飛ばされてしまった。「ジュード様!」と呼ぶ声が近い。近寄ってこないのはいいが、駄目だ。真司をフリーにしたら、ニーナが!

「お前は恵まれてるのに! 何も事情を知らねえまま育って、何でお前みたいな奴が生まれちまったんだろうな! 死ね! 死ね! 死ねエええええ!」

杭撃ちのように拳が顔に叩きこまれる。何度も何度も何度も。床が割れ、地面が沈み、周囲を断続的に揺らしてもまだ終わらない。受け止めようとしたらら腕が壊れた。額で受けたら頭部が破裂した。止められない。終わらない。

「せめてお前の友達として生きたかったのに! お前はそれすらもしてくれない! 何で華弥子なんかに傾倒しちまった! 俺が居ただろ! 俺は、どんな時でもお前の味方だったのに!」

「……ッ! ぁ、ぅ、く……!」

「俺が華弥子にお前の泣き顔なんか教えたのはよお、お前がそれで全部失えば、また俺んとこに戻ってくるって信じてたからだ! だが透子が! あの女が全部無駄に下! 俺だけが味方で良かったのに、お前はアイツに助けを求めやがった!」


 ―――確かに考えた事はあった。


 もしもあの時、透子が表れなかったらどうなっていたか。俺は華弥子の策にハマって全てを喪っていた事は想像に難くない。残されるのは真司だけで、そうなったら真司に依存する事でしか学校生活は送れなかったかもしれない。

「お前は俺だ、十朗! お前は俺がなる筈だった存在だ、だからお前は、俺以外の味方なんて求めちゃ駄目なんだ! それをお前は、お前はあああああああああああああああ!」

「……」

 大穴の中に二人きり。あらゆる防御が意味を為さない。文字通り詰んでしまった事を体に覚えさせられていたその時、真司に異変が起こった。更なる追撃を止めたかと思うと自身の身体を掻き毟るように触りだし、叫び始めたのだ。

「うあああああ! うあわああああああああががあががががあああ! くそ、や、やめろ。まだ、俺は……ぐうううううう!」

 再生が、追いついた。

「……本音を語ってくれてありがとよ。でもなあ」

 穴から勢いよく飛び出すと、真司の顔を掴んだままコンクリートに叩きつける。何度も何度も何度も。それから壁をおろし金に見立て、全速力で引きずり回した。

「ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶっぶ!」

「俺にはお前がなにいってっか全然分かんねえ! お前の言いたい事、恨み、何も分からん! 親はなんもおしえてくんなかった! 知ったこっちゃねえんだよそんなのは! 恨みが正当化されたら大人しく受け入れなくちゃならねえのか!? 俺を不幸にしたのはお前の癖に、俺だけが味方で居たかったってそんな馬鹿な話があるかよ!」

 崩れ落ちた家屋の中で包丁を見つけたので力任せに一刺し。一瞬で柄は壊れたが構わず刃の部分を握りしめて喉元を切り裂いた。

「透子を頼って当たり前だ! お前より強い! お前より優しい! 俺に正体を隠してたかもしれないけど、俺の味方っていう点においては遥かに……誠実だった!」

 体内を巡る力が最高潮に達している。即ちそれはタイムリミットが近づいているという事だ。体の異変、真司の目の反射を通して見えている。俺の身体の至る所から血が噴き出しているのはそのせいだ。再生しても止まらない。傷が塞がる度に広がっていく。目も耳も、血液で満たされて何も見えない。混じる臭いは全て俺と真司の血が由来。

「恨むのは勝手だ、けどお前に慈悲をかけられようと殺されかけようと俺はお前の事なんか興味ない。透子を助けなきゃ、いけないんだ」

「……お、お前は失敗作だ。俺から席を奪ったのに、おま、お前は父親の望む人間にならなかった。ゴボっ! 幸せになんか、させねえ。お前はここで俺と、死ね」

 刹那、俺の心臓めがけてグサリと刃物が突き立てられる。

「…………ぇ」

 普通の刃物なら何て事はない。俺が包丁で喉を切り裂いたのと変わらないだろう。だが刺されて直ぐに異変に気付いた。血の活性が……落ち着いていく事に。

 それは俺が怪物から人間に戻されるという意味でもあって。

「こ、れ…………は」

「あの女がぶ、ぶち殺した騎士の剣をなな、ナイフにした……へ。血が、ちょっとしか混じってねえなら……こうか、て、き、きめんだぜ……!」

「て、め……」

 駄目だ。再生任せで戦ってきたばかりに身体がもう、動かない。心臓が止まれば普通の人間は死ぬ。俺は今普通の人間に戻りつつある。完全に戻ったその時は。

 


 その時は。


「…………お前は、お、お、俺が、つれて、い、いく。おまえ、おれ。俺だ。お前は、俺なんだか、ら……ジュードじゃねえ。十朗。お前は、幸せに、させねえ」

「……………………」

 死にたくない。

 死ぬ事が決まっていても、まだやるべき使命が終わっていない。約束を果たせていない。こんな形で終わるのは嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

「……さい、っこうの、泣き顔、だ、だな。っぱ……お前が不幸なの見る、と。俺ゃ、幸せになれる……………………な。はは。ははは。はは…………は」

 助けて。

















 誰か。

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