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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

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156/185

『お前』が居たから

「よう…………夏目、十朗」

 本部を出て、川箕に合流しに行くかそれとも『鴉』の援護に戻るかを考えようとしたその時。対数時間前に聞いたばかりの声が立ち塞がった。

「…………真司」

 一之介にハメられそうになった所を脱出出来たのは彼のお陰だ。勿論感謝なんかしない。全ての始まりは、こいつが俺の元カノに泣き顔の事を教えたからだ。あれがなければ透子とは出会えなかったかもしれないが、だからと言ってそれで感謝する道理もないだろう。全ては結果論に過ぎない。結果だけで全てを語れるなら現状より最善は存在しない。

「この名前ぇ、呼ぶの。もう俺だけになっちまったか? なあ……ジュード。だっけ? ひでえ名前だな。親からもらった名前も名乗れないなんて」

「俺は気にしてない」

「人間災害のせいだ。そうだろ? お前があの時大人しく泣かされてりゃ、俺は、お前の味方だったんだぜ?」

 怒りは湧いてこない。

 真司の身体から、夥しい量の血が噴き出していた。目算でも一リットルは確実に出ているし、それは普通の人間にとって生命を脅かすデッドライン。にも拘らず彼は動いている。つまり彼を動かしている現在の動力は自分の血液というよりも―――透子の血液になりつつあるという事だ。


『ガソリンの代わりにはなるし、出力もガソリンとは比べ物にならなくなる。ただ確実にぶっ壊れるってだけだ。適合出来りゃ話は別だが、殆どの奴は適合する前に死ぬ。尤もそりゃ、直接血を入れたらの話だ。他の人間の血も一緒に輸血されてたら、その人間の血が汚染されるまでの間なら生きていられる。丁度、アンタみたいにな』


 出力が人間のそれではなくなる代わりに、確実に壊れる。二代目を名乗っていた災害の最期は近い。タイムリミットが存在するのは同じだが、俺が相対的に無事でいられるのはやはりジャックだからか。

 何にせよ、放置すれば間もなく死んでしまうような人間に一々怒りはぶつけられない。ただ、憐れみを感じていた。

「……真司。俺は、中にある物を観たぞ。マーケットは、透子が生まれてから何が起きたのか、その全てを知っていたんだな」

「……なら、俺の言いたい事は分かんだろ。もうこれ以上、あの女を追うな。お前が壊れちまう。俺には分かる。だろ? 目の前に死にかけの野郎が見えてんなら、そっくりそのまま俺から見えてるお前だ。止まれ。止まれるんだよまだ。この町に居ろ」

「居ても居なくても、俺の命は残り少ないんだ。止まる理由がない。やれる事はやらないと」

「えっ……ジュード、様」


『…………嘘』


 二人には黙っていたかったけど、真司が目の前に居るなら時間の問題だ。こいつはバラす。バラされるくらいなら、自分から言う。どんな顔をして会えば分からないし、今日は『鴉』の所に戻ろう。

「俺はよお、お前を止める為に色々手を尽くしたんだぜ? お前に戻ってほしくて、お前の両親の遺言は、お前が災害と無縁になる事なんだぞ。だから、お前の為に俺は、悪党になることも厭わなかったんだ!」

「……ニーナ!」

 真司の初動を捉える事は殆ど出来なかった。ただ友達だった時の感覚として、俺を精神的に折りたいなら知り合いを―――つまりこの場に居るニーナを殺すだろうと思って身体が動いた。

 実際それは正解で、彼女がさっきまで立っていた位置が跡形もなく消し飛ばされた。後ろに聳えていた本部諸共、まるで巨大な刃物が天から振り下ろされたように叩き切られている。

 ニーナはこの件に無関係だから逃がしてやりたいが、狙わないという保証は何処にもない。それに、死にかけという事は全身が侵食されるのも時間の問題という訳だ。つまり透子のフルスペックに近くなっているという事。だから動きが見えなかった。

「あ、あ…………」

「あの女とは利害の一致で組んだんだ! 災害が力を抑え込めなくなれば必ずお前の傍から離れる! そうしたらお前は、元に戻れると思った!」

 今度は動きを認識出来ず、気が付けば鎖骨から腹部にかけて一切の肉体を吹き飛ばされている。滂沱の血が後ろで怯えていたニーナにかかり、甲高い声が響き渡る。

「い、いやああああああああああ!」

「お前が死んでも、蘇らせられるんだって! 俺にやったのと同じように、あの女の血を渡せばって!」

「……ゴホ。そりゃ、随分軽率に騙されてくれたな。俺は、透子の血なんて一滴も貰ってない」

「ああ!?」

「俺が受け継いだのは―――」

 顔半分を木っ端微塵に砕かれるのと引き換えに真司の脇腹に手刀を刺してそのまま明後日の方向に投げ飛ばす。ロジック・コードを破壊されたら大変だから、ニーナの足元に転がしておいた。

「透子を誰よりも案じてた男の約束だ!」

 アイツが幸せになるなら何でもいい。その男は俺にそう言った。俺が生きているのはそんな男が託してくれたからだ。最初から俺に救わせる気がなかったのならたとえメーアの指示があっても従わなかっただろう。お前には救えないと言いながら、同じ男が確かに俺を助けてくれたのだ。

「俺は透子を助ける。もうとっくに人間として、俺は死んでるんだよ。生かされたのはまだやる事があるからだ。お前はどうだ、真司? その血を貰って、やりたい事が俺を止める事なのか?」

「ああそうだ! お前を止める。そんで、二人でまたやり直そう! 俺が何の為にお前の顔をニュースに出してねえと思ってんだ!」

「―――そうか。やっぱ、あの人は凄いな。透子に殺される事も分かった上で、最期まで悪意ある嘘を貫き通して、勝ち逃げかよ」

「……はあ?」

「透子の血を投与されたんだろ? あれは人体に毒らしいけど、毒物としての性質を持ってる訳じゃない。人間の身体に合わないからっていう理由だ。だから治療法なんてない。俺もお前も、この血を継いだ時からタイムリミットがつけられたんだよ」

「…………え」

 何をしたかったか、その真意についてはまだ分からないが利用出来るものは何でも利用し、平気で嘘を吐けてしまう辺りが実に悪党らしい。虚言癖だけなら真司も負けてないが、その男は自分が出鱈目ばかり口にする癖に他人に誠実さを求めてしまうどうしようもない男なので騙されてしまった。

 お互い、つけた傷はとっくに回復している。しかし真司は心臓に手を当てて、信じられないように自分の身体と俺を二度見した。

「……は?」

「俺を止めたとして、お前はどうする? 墓参りでもして、ついでに同じ墓に俺達が入ればいいのか? 透子から離れても俺が幸せに暮らすなんてこうなった時から無理な話だ。お前はあの人に利用されたんだよ。透子の自力制御を外す為に」

「な、ななな、なんだと? そんな、馬鹿な……」

「だから仮にお前の妄想が上手く行ったとしても、透子の血で蘇ったなら遅かれ早かれ俺は死ぬ。最初に襲われた時、俺から血を奪おうとしたな? そんな事しても手遅れだ。そんなことしても俺が死ぬか、お前が拒絶反応で死ぬか。変わらないんだよ真司。最終的に、俺達が死ぬって結末は」

 透子に一泡吹かせられるなら何でもよかった。一先ずそんな目的が全てだったとしてもあの人は徹底的だ。真司を利用し、俺が死んだとしても大丈夫なのだと信じ込ませた。実際、透子の血はおよそ常識の範疇を超えている。体に投与されて災害を名乗れる程の強さを得た彼なら、一度死んだ人間も蘇生できるくらいの事は信じてしまうだろう。

 何せその血が今、彼を不死身の怪物にしているのだから。

「悪党になれる? バカ言うなよ、お前も俺と同じ環境で生きてきた普通の人間だろ。俺が食い物にされると思ってたなら、お前も同じ目に遭う可能性も考慮しなくちゃな。ほんと、お前って奴はいつも自分が仕掛け人だと思いやがって」

「あり得ない。あの人が俺に嘘を吐く訳……理由がない!」

「嘘ばっかりつきすぎてそろそろ底を突いてきたか? お前が嘘つきなのになんで他人様が全部正直に話すなんて思ってやがる。最後にもう一度言うぞ。俺の事は止めるな。どうせ死ぬんだ、最後にやりたい事をやらせろよ」

「…………なあ、ここまでやったんだぞ。ここまで来てやめろって、そうはいかねえだろ? お前……じゃあお前! 夏目十朗! 猶更やめる訳にはいかねえ! 死ぬしかないのがお互い様なら、俺だって恨みを晴らしてやるよ!」

「ニーナ、俺の傍を離れるなよ。後その機械も、手放すな」

「………………」

「ニーナ!」

「は、はいぃ! い、いえ。はい。あの! わ、わかり……した」

 振り返っている余裕なんてない。この、内側からヤスリのついた風船が膨らんでいるような感覚はタイムリミット以外の何物でもない。真司の攻撃で俺の身体もいよいよ本格的に蝕まれる事になったようだ。もう、肌の感覚がない。

「お前を殺して! 証明してやる! 父さんは間違えたんだって!」

「……最初に殺すのがお前で良かったかもな。お陰で、俺も―――」









「―――ツケを返してやれるからな!」

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