表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

155/185

君の生まれた日 僕が死ぬ日

 この部屋にある資料はどれも人に読ませるべくまとめられた物ではない。多くは単なるデータの表示にすぎないから、自分でそれぞれの資料を繋ぎ合わせて読み取らないといけない。

 

 ―――ここにあるのが、透子の全てだろう。


 一つ手に取ってみる。これは本人からも聞いていたように元々の計画書だろう。世界中で進行する少子化に向けて人工的に人類を生産する方法があった。専門用語の羅列やデータの見方はよくわからないが、少なくとも沢山の備考や何らかの基準値を下回るデータを見る限り上手く行かなかったのだろう。他の資料も合わせてみるとこの計画はアメリカに主導権があり、日本は研究者を派遣する形で協力していたらしい。計画の進行に対して物申す権利がなく、幾ら失敗する事になっても止まらなかったし、止められなかったし―――その結果生まれたのが、透子。

「何が書いてあるのですか?」

「……少子化問題を解決する為に機械の力で手っ取り早く遺伝子を交配させて子供を作っちゃおうっていう計画だよ。えっと……英語の略字だからざっくりしか分からないけど、多分生まれた人間のデータなのかな。これは筋力が足りな過ぎて死んじゃって……これは、知性が基準値未満だったのかな。赤ちゃん未満だから、処分した?」

 それら失敗作の果てに、透子が居る。その数値は殆どが赤文字……基準値すら満たせていない中で、記録を取る事が馬鹿らしくなるような上振れを見せた。その原因は普段の工程と違って研究員が数値を弄った事にあるようで、また別の資料には当該職員が処分を受けている記録も残っていた。

「……失敗してきた実験は全部普通の人間を作る用なんだ。だけど失敗続きのせいで研究員の人もおかしくなったのかな。普段と設定を変えて実験を行ったんだ。そしたら成功した挙句に…………数値の外れ過ぎた怪物が生まれたんだよ」

「それが透子様?」

「ああ。しかもデータを見た感じ普通の人間を作る事は何回やっても出来なかったのに、透子は一発で出来たみたいだな」

 そこから様子がおかしくなっていく。透子から聞いていた通り、彼女が生まれた事で研究の舵は少子化対策というよりは生体兵器の生産―――それによる抑止力で戦争を終結させる。だから人口を増やすのではなく減少を抑えるという形にアプローチを変えたようだ。

「これは当時の新聞のスクラップだな。幾つもあるのは……日付、か」

「日付?」

「…………世界情勢の変化を辿るなら、新聞を見るのが手っ取り早いって事だ」

 当然だが、このような研究は人倫に悖る。だから水面下での研究だったのは間違いない。スクラップを見て気づける事実はただ一つ。透子の存在が明るみに出る前はどちらかと言えば軍縮の風潮が広がっていた。世界中に広がる平和を訴える活動が身を結んだか、それとも各国の思惑が噛み合っのたのか、いずれにせよ争うのはもうこれっきりにしようという風潮がこの新聞では確かに報道されている。

 

 だがある時を境にその風潮はまるっきり対極に変化してしまった。


 平和とは大国の搾取の構造であるとし、それに抗うには武力が必要だと途上国の政府が反発。一転、世界に広がっていた平和を求めるムードは消え去ってしまった。正にその日付こそ、透子の存在が流出してしまった日なのだろう。研究所の日誌でもその旨が語られている。物理的にも電子的にも外部からの干渉を遮断した環境で、何者かがそれでも外にデータを流出させたのだと。

 それからは堰を切ったように幾つもの国が流出したデータを基に研究を開始した。世界中で透子が生産されるような事態になるかと思いきや、何故かそうはならず、各国はそれぞれコンセプトを変えるような形で研究を続けるようになった。だから例えばロシアなら、どのような場所にも潜入可能で、身体一つで要人暗殺を行える工作員―――つまり液体人間のティルナさんだ。この資料ではвчとして扱われている。

「透子が生まれてから世界はより強力な兵器を作り、自国の立場を固める事に執着するようになった。流出データがそれを可能にしたんだ。アメリカだけが保有する技術だった筈が、こうなった時点でどれだけの怪物を作れるかの作業になる……」

 だからそれ以降の資料では作った人間がどれだけ『普通』かではなく、どれだけ強いかで評価されている。透子以外の番号には恐らくジャックやクロウなんかも含まれているのだろう。だがどれだけ数が増えても透子を超える存在は現れなかった。環境適応のテスト、耐久力のテスト、破壊力のテスト。全て通過出来たのは透子だけだ。他の番号が生きているのは特殊能力のお陰だと思う。『クロウ』と思わしき番号には予知(prediction)に斜線が引かれて(Super)来視( Foresight)と書き直されていた。

 気になるのは約一名、あらゆる数値に黒塗りを受けた存在が居る事だが、世界情勢に影響はない。透子の存在一つで世界の在り方その物が変わってしまったという事実は捻じ曲げられないのだ。自分達が作った兵器のデータを取りたいのだろう、紛争はますます激化し、防衛力の十分でない国がいつも犠牲になっていた。だろうというのは思惑の予測であり、運用した国が居る事は事実だ。そのデータもここに残されている。

 つまりこの部屋にある資料は全て、誇張抜きに、透子という存在が生まれてから起きた全ての災厄なのだ。彼女が生まれなかった世界が本当に平和だったのかなんて誰にも分からないが、これだけ世界中の事件と各研究機関のデータを見て尚も透子に責任がないなんて、俺には言えない。生まれる事に罪はないとよく言われるが、これに限っては―――生まれた事自体が影響を及ぼし過ぎた。その事実が、流出したから。

「…………ジュード様? どうなさいましたか?」

「………………ニーナ」

 見れば見る程、その罪業が浮き彫りになる。透子は勿論悪くない。責任があるとすれば彼女が外に出てからの破壊行為くらいだが、それも恐らくジャックとの喧嘩の余波だろう。そんな物より遥かに、ただ生まれただけで起きた影響が膨大すぎる。

「俺は、どうして皆が透子を怪物とか化け物とか呼ぶ理由が分からなかった。そりゃ圧倒的に強いけど、でもそれだけでここまで拒絶する理由が分からなかったんだ。まあ殆どは、その強さを理由に怪物呼ばわりしてたんだろうけど……何となく合点がいったよ」

「な、何がですか?」

「この町に来たばかりの頃、透子はマーケットから立て続けに襲われてたらしい。最初は自分たちのシマを人間災害に荒されたくないからだとか考えてたけど、この資料を見つけた場所はここ、マーケットの本部だ。ผีが全てを懸けても殺したいと思える程恨んでたか、もしくはマーケット自体が透子に恨みを持っていたか。だから襲われたんだ」

 事の真偽はフェイさんに聞かないと分からないが、マーケットは透子と日本政府の間で交わされた約束を把握していた可能性もある。実はずっと引っかかっていたのだ。透子の弱点は文字通り致命的と呼べるような代物じゃない。単に力が抑えられなくなるだけで、殺そうとするなら勝手に難易度をあげるのに等しい。それなのにどうして実行したのか。それはエージェントが同様に接触、龍仁一家に向けられたのと同様の条件を呑み、この国で根を張ろうとしていたのではないか。丁度ニーナの国がマーケット絡みでややこしくなったように、国と手を組み裏社会を牛耳るつもりだったのではと。

 しかし透子が失踪した事で条件は白紙化され、政府は代わりに龍仁一家をアテにした、とか。全ては想像だ。フェイさんが映像を見せたかどうかによる。

「……透子の罪は分かったけど。でも居場所が分かるような物はないかもな。全部の資料、漁った訳じゃないけど……さ!」

「私には見えないのでよくわかりませんけど、透子様が元居た場所は候補に入らないのですか?」

「新聞曰く、その研究所は閉鎖されてアメリカが周辺海域を監視してるらしい。透子なら突破出来るだろうけど俺達が無理だ。確信もないのに行くような場所じゃない。それに、どうだろうな。今の透子は力を抑えられないみたいだし、人が居る場所に寄り付きそうもないけど」

「誰も居ないって分かってる場所に透子様は逃げ込んだと? でもそんな場所、存在するのでしょうか」


『えっと、そろそろ喋って大丈夫?』


 不意に無線機から川箕の声が聞こえてきて、驚いた。そういえば無線機を切った覚えがない。俺たちの会話もずっと聞こえていたのだろう。


『何だ?』

『確信とまでは行かないけど、絞り込めそうじゃない? 透子ちゃんが今行きそうな場所。一番仲の良かった私達が知らない時点で行先を完全に知ってる人なんかいないだろうし、候補に入れとこうよ。透子ちゃんは何処の研究所に居たの?』

『ハーデス海洋研究所だ。深海うん百メートルにも階層のある施設で、水面に近い方の階層では表向きの研究を、下では透子達の研究をしてたみたいだな……俺の説明を聞いて、川箕は嫌ったりしないんだな?』

『正体にはびっくりしちゃったけど、でも私も、そういうデータには乗らないような透子ちゃんの感情を沢山知ってるからさ。夏目と同じ異常者、女の子だって思ってるんだ! だから大丈夫、これで協力しないなんてありえっこないから!」


 その明るい声が聞こえるだけで俺はまだ頑張れる。仲間はここに居るのだ。俺と同じように、祀火透子という『人間』に触れた存在はここに。確かに。


『他に手がかりはある?』

『いや、なさそうだ。正直離れたい。ここの資料を見てると頭痛がしてくる。俺の好きになった人は生まれてくること自体が間違いだったって、色んな方面から責められてるみたいで』

『夏目……』

『いいんだ。そんな子を助けるのが間違いだって言われても俺はやる。それに、自分がするべき事もハッキリした。俺の口からきちんと言わなきゃな。生まれてきてくれてありがとうって、俺は透子が生まれてきてくれて良かったよって……いや、もっと色んな事言いたいな』

 どんな人間も、一々生きる意味なんて考えていない。そんな事を考えなくても生きていけるから。けれどここに、俺の生きる意味は見つかった。


 最初で最期の人生。好きな人と同じ力を手にし、好きな人の罪を知り。世界から拒絶され、望まれず、それでも自分から消え去る事すら許されない超常無敵の人間災害。












  祀火透子に希望を。意味を。俺の全てを。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ