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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

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かばねの流儀

 トラップハウスというだけあって、部屋の一区画には目に見えるような赤外線のレーザーや艶消しの塗ってあるワイヤーまで様々な仕掛けが施してあり、なんとしてでも部屋の奥には行かせまいとする覚悟を感じた。これに加えて普段は武装した男達が控えているのだろう。今は龍仁一家に対する城攻めの真っ只中、人がまるで居ないのはやりすぎと思う反面、切り札たる二代目『人間災害』は向こうの手中だ。総力を以て取り返す判断は一概に間違っているとも言い難い。


 ―――やっぱ真司に後任を任せるのは無理がないか?


 ผีはマーケットの頭領であり、リーダーの素質を何より問われるのは本人の実力よりも統率力や指揮能力だろう。無敵の透子に一泡吹かせる為だったら何でもよかったのかもしれないが、真司はそのような教育など受けておらず、その求心力は殆ど外付けの力によるところが大きい。或いはผีが今後担ぎ上げるように遺したのかもしれないが、本部がこの様子ではやはり代わりなど務まっているとは言い難い。漁夫の利を狙う輩なんて俺達に限らず幾らでもいるだろうに。


『大体この機械って何なんだ? やってる事が非現実的すぎるぞ』

『一度でも侵入した事のあるシステムに対して特殊なバックドアを設置しておく事でいつでもシステムに干渉出来るんだよ。特殊っていうのは、透子ちゃんの血が関係してるから、生体が機械に干渉してるって意味で特殊』

『ロジック・コードは?』

『それは私にも詳しい説明がなかったけど、透子ちゃんの頭の中にある人工知能に外から干渉出来る唯一の手段だよ。知ってると思うけど、物理的に開頭なんて出来っこないからね』


 本部に仕掛けられた防衛機構はドラッグされた範囲内のシステムを全てロックする機能により完全に無力化された。何の緊張感もない。特別難しい事もしていないのでニーナに任せようとも思ったが、彼女は目が見えないのだった。

 そうして全ての防御を止めて丸裸にした先には、なんと地下へと続く梯子が隠されていた。そう、隠されていたのだ。

「ここに空洞があります!」

 なんて、ニーナが教えてくれたから直ぐに見破れただけ。バイザーは失った視覚を他の感覚で補完させるような仕組みになっているそうだが、それだけで隠れた入り口を見つけられるとも思えない。

「ニーナ。君は俺と別れてからの三か月に何をしたんだ?」

「はい! お姉様に改造してもらって、視界以外の感覚も鋭くなったんです! その……その為に実は、身体の中に色々入れる事になってしまったのですが。そこに穴があると分かったのは、床の強度が視覚化されているので」

「はあ!?」


『―――責めていいよ夏目。でもニーナちゃんは責めないで、私を責めて。その子はもし夏目が生きてたら助ける為にどんな事でもしたいって言って聞かないから。私だって一か月は説得したつもりだけど、全然聞かなくて』


「……」

 地下へ行く前にその場で片膝を立てると、ニーナに目線を合わせて正面から抱きしめた。

「ひゃっ、じゅ、ジュード様……?」

「迷惑かけてすまない、ニーナ。俺は二人共責めたりしないよ。流石にびっくりしたけど、でも二人の事は……変わらず大好きだから」

「……ああ、ジュード様。私、どのような姿になっても変わらず貴方をお慕いしております……!」

「灯りなんて持ってないし、案内を頼むよ。頼らせてほしい」

「お任せ下さい! 必ずジュード様を導いて見せますね!」

 唯一危惧していた事は、そのバイザーのせいで俺の余命を見抜かれる事だったが、入り口を透視出来たからと言って俺の体内で何が起きているかを知る事は出来ない……のだろうか。まあとにかく、良かった。たとえ最終的に死んだとしても透子を助ける事を目標に俺は命を燃やしている。それを知ったら二人はきっと、止めにかかるだろうから。


『なんでニーナが必要だって思ったんだ? 地下室なんて透子が度々起こす地震のせいで半端なクオリティだと潰れるだけだろうに』

『だからこそ、だよ。透子ちゃんが居なくなったなら地下が安全になる。マーケットには沢山の人員も居るし、闇市での取引で上手く労働力も確保出来れば地下室の一個くらい何とかなるよ。実際、そういう動きがあったのは知ってたんだ。だから』

『……俺からすれば一瞬だったけど、本当に三か月って長かったんだな』

『え? ……どういう事?』

『まあ、怪我の療養だよ。前に一回あっただろ。学校が壊れた時だよ。あんな感じで……ほぼ意識を失ってたんだ。保護してもらわなかったら、そのまま死んでただろうな』


 まさか透子の幼馴染が『鴉』に居て、その血を貰い生き永らえたなんて事は死んでも言えない。もとはと言えばそれが、時限爆弾の始まりだ。それにジャックの存在は『鴉』的には隠匿しておきたい事実の気がしている。その証拠に、俺は自己申告されるまで気づかなかった。

 梯子を下り切ると、小さな手に引っ張られて真っ暗闇を移動する事に。幾ら身体能力が強化されても夜目までは習得しないのだろうか。それとも全く光がないから夜目なんてあろうがなかろうが関係ない、とか? いや、ここで自ら侵食率を上げて自由行動出来る可能性に懸けるよりはニーナを頼っていた方が健全だ。死ぬ覚悟委は出来ているが、自分から死にに行くつもりは毛頭ないのである。


『……そういえばニーナを向かわせたのは俺に同伴させる為みたいな事言ってたな。って事はこっちに狙撃してきたのはお前か?』

『私にそんな技術ないよっ。でも私が保護されてる所の勢力って言うのかな。そこの人がやったのは合ってる。夏目にさ、協力してほしいっていうか、協力してくれたらこの町の平和が戻るらしいから…………』

『……何だか、ハッキリしない言い方だな』

『…………』

『今はいいよ。それで、俺が必要な理由って?』

『ロジック・コードは生体認証機能を持ってて、扱える人が夏目だけなんだよ。透子ちゃんは夏目になら自分の頭を弄り回されてもいいって思ってたんだって事!』


 それは妙だ。だったら最初に渡されるべきは川箕じゃなくて俺になる。生体認証自体は存在するだろうが、川箕にもその権利がないと辻褄が合わない。そうじゃないと、自分が死んでも透子を助けられるなんて言い方はしないと思うから。

 やはり、何か隠している。言いたくないというより、言えない事情があるのか。

『えっと。そう。後はあれだね。真司と戦ったでしょ? だから危険地帯に向かわせても大丈夫だろうって事で、呼び寄せたの。真実を言っちゃうと、人手を減らしたくないってのがオチなんだけどさ』

『成程な。そこまで多くの人員を動かせないって事か。当然、この後は会わせてくれるんだろうな、そいつらと』

『勿論っ。……会ってくれると思うよ、協力してほしいだろうから』



「ジュード様! 広い部屋に出ましたよ!」



 声が一層響き渡り、目が見えなくともハッキリとそれだけは伝わってくる。何処かに灯りはないのだろうか。ニーナ曰く、存在しないらしい。それならこの地下室にはそもそも立ち入る事が想定されていないとか? それならさっさと埋めてしまえばいいだけの話で、噛み合わない。

「ジュード様、こっちに隠し扉が」

「え? また隠し扉?」

「正確には隠し扉というか、壁の先に部屋があります。埋め立てられてるみたいです」


『そこって光源が一切ないんだっけ? 仮にライトを持ち込んでても、結局ライトが照らす場所に意識って集中しちゃうからニーナちゃんみたいに特殊な目を持ってないと気づけないのかもね。 でもどうしよう。壊す道具が』

『いや、俺がやる』


 ニーナの手を沿って指定の壁に掌を置いた。この先に部屋があるらしいが触っても分からない。二重に入り口を隠すくらいだ、成果なしではティカも浮かばれない。何か持って帰らないと。

 ガッ。

「え!?」

「殴って壊したら、向こうに破片が入るからな。壁は、引きはがすに限る!」

 ニーナの困惑をよそに、コンクリートに指を突っ込んでは発泡スチロールよろしく周囲に破片を散らしながら剥がしていく。どれだけこの壁が強固だろうと関係ない。俺には、無意味だ。

 そうして三十センチは掘っただろうか。壁の向こうから光が差し込んできたところで手を止めた。残りを慎重に掘っていくと、小さな部屋が姿を現わした。光源の正体はLEDランタンだ。天井を突き破って吊るされているので電力は地上から供給されているのだろうか。本部の電力は全て俺が止めた筈なので、それでも生きているならこのランタンは別電源から電気を貰っている。

 それはどうでもいい。問題は部屋から溢れんばかりに積み上げられた多くの資料だ。軽く目を通しただけでも分かる。これら全てに記されているのは―――祀火透子について。

 そしてその存在が流出した事で起きた、全ての悲劇について。机の上に遺されていた資料の中の一言に、どうしても視線が行ってしまった。












『祀火透子は、産まれるべきではなかった』


 

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